お転婆王女様(8歳)の大冒険
@sisikurayuki
1章城を抜け出せ!
第1話
王都アルメリアの朝は、いつも鐘の音から始まる。
澄んだ音が空に広がり、城下ではパン屋が窯を開き、人々が笑いながら通りを行き交う。
だがその音を聞きながら――城の塔の一室で、ひとりの少女は大きなため息をついた。
「また鐘よ。どうせ今日も授業ばっかり……」
金色の髪を二つに結んだ少女は、豪華なカーテンをめくり、窓の外をじっと見つめた。
外はまぶしいほど青く、遠くには白い屋根が並んでいる。
そこに広がる“自由な世界”は、エリザベートにとって手の届かない夢のようだった。
「今日の予定は?」
「午前は礼儀作法、午後は歴史の勉強、夕方からピアノの練習でございます」
侍女ソフィーの穏やかな声が返る。
「……また同じじゃない!」
「王女として必要なことばかりですよ」
「でも、退屈なの! ねぇソフィー、わたし、外の世界を見てみたいの」
ソフィーは困ったように目を伏せた。
彼女は幼い頃からエリザベートの世話をしている。わがままも冒険心もよく知っている。
「外は危険です。王女様が城を出れば、民が混乱します」
「でも、見たいの。パンを焼く人、道を掃く人、歌をうたう人。
みんながどんな顔をして生きてるのか知りたい!」
その声には、子ども特有のまっすぐな熱があった。
ソフィーは小さくため息をつくと、そっとティーカップを差し出す。
「姫様、まずはお紅茶を」
「……はぁ、もう、わたしの話聞いてないでしょ」
エリザベートは口を尖らせ、椅子に腰を下ろす。
窓から差し込む陽光が、彼女の金の髪を柔らかく照らした。
城の中はいつも静かだ。
笑い声も喧騒もない。ただ、礼儀と規律が支配している。
少しでも声を上げれば「王女としてふさわしくありません」と注意される。
食事中も姿勢を正し、歩くときも音を立ててはいけない。
――そんな毎日が、八歳の少女には息苦しかった。
ふと、窓の下に目をやると、庭師の爺やが見える。
土まみれの手で花を植え、子猫が足元をくるくる回っていた。
その姿に、エリザベートの瞳がきらきらと輝く。
「ソフィー、あの花、きれいね」
「庭師が植えた新しいチューリップでございます」
「触ってみたい! におい嗅いでみたい!」
「姫様、外に出るのは――」
「だめ、なのね。もう知ってる」
少女は小さく肩を落とし、テーブルの上で指をくるくる回した。
ほんの少しでも風に触れたい、土の匂いを嗅ぎたい。
それすら許されない生活。
だけど――そのとき、彼女の胸にぽっと火がともる。
退屈を打ち破るための、小さな勇気の火。
「……そうだわ。出られないなら、出る方法を探せばいいのよ」
エリザベートはにやりと笑った。
その笑顔を見て、ソフィーは背筋に冷たい予感を感じる。
「姫様? 今、何か悪いことを考えておられませんか?」
「いいえ~? 全然~?」
口ではそう言いながら、瞳はもう何かを企んでいる。
外の世界――それは、彼女にとって遠い憧れでもあり、近づけば燃えるような夢でもある。
城下から聞こえてくる賑やかな音が、窓越しに広がっていく。
人々の笑い声、馬車の音、呼び込みの声。
エリザベートは目を細め、手を胸の前でぎゅっと握った。
「次は……あの音の中に、わたしも混ざってみせる!」
その小さな拳を握る姿は、まるで戦場に立つ勇者のようだった。
まだ誰も知らない。
この日の王女の決意が、やがて王国全体を揺るがす“最初の一歩”になることを――。
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