CUT「MOTHER」(1 to 8)

ナカメグミ

CUT「MOTHER」(1 to 8)

 日常生活の断片に、ほんの少しのユーモアを(視聴条件・親の終活にまつわるすべてのことをジョークとして笑いとばせる方、または笑いとばしたい方へ)


①TO RUNAWAY(逃亡者のみなさんへ)

 今、断然オススメする場所は、高齢者を主な患者層とする大病院。競馬場、競艇場、パチンコ店は「見当り」の捜査員が潜入して目を光らせている。目の前の賭け事についつい夢中になり、気づけば周りを取り囲まれていることも。

 平日の朝早くから、受付前のスペースや診察室、検査の待合室は、高齢者とその付き添いの家族、親族、孫と思われる方がたくさん。年齢層も実にさまざま。病院の住所地によっては、金髪や茶髪、ピアス、中にはタトゥーをしている方も(おそらく高齢者の年金など家族の経済事情が複雑に絡み合っているため)。賭け事の会場よりも雑踏ではないため、捜査員へのアンテナを張りやすい。ぜひおためしを(冗談です)。


②Mr.ドクター(男性・61歳)(その1)

→「血圧の下がりが悪いんだよね」

→「娘さんが薬の飲む管理、ちゃんとしないと。うちも娘とか義理の娘も、きちんとやってるから」

→「いずれあなたも通る道なんだから」。 

わかってまーす。でも3つだけ、私にも言わせてください。

→「告げ口でーす。この母親、いつのまにか医師免許取ってて、2錠の薬を勝手に1錠に減らしてましたー!」

→「ドクター。私、あなたの娘や義理の娘にならなくて、ほんとーによかった!」

→「こんな醜い道なら、通る気ねえから!」

   お世話になっているので、決して口には出しませんけれど。


③Mr.ドクター(その2)

ドクター「お母さんの病院、神経内科はそのままうちでいいけど、循環器内科は小さなところ、探してもらえる?心臓、元気だし。不整脈とか高血圧だけでずっと診るのは難しいかな。うちは基幹病院だから」。

私「わかりました。次までにかかりつけの循環器内科のクリニック、決めておきます。紹介状だけお願いします」 

母「2つ病院通うのは面倒だし。ここ近いから。私はこの病院のままでいいと思うんだけどね」

 母よ。ちゃぶ台返しはやめてくれ。今のあなたには、なんの決定権もない。つか、判断力ないだろ(ごめん)。お口はチャック、手はお膝。習ったろ。


④LOOP(TEARS)

 50代は涙もろい。老いた母と病院にいると更にもろい。かつては二人三脚だった人のほうけた顔。エンドレスな会話。

 でも診察室で泣くと「メンヘラ娘」認定される。避けたい。こらえる。そして母を病院に待たせて、離れた院外薬局に行く。そこで気を緩めると、1人涙ぐみながら大量の薬を受け取る「メンヘラおばさん」認定を受ける。結局どこで泣こうが、あまり大差はない。

●教訓1)若いうちにたくさん泣こう。おばさんになると泣けなくなる場面が多い。

●教訓2)おばさんになったら泣く場所を選ぼう。オススメは、マスクをつけて歩きながら。ポケットテイッシュの代わりにマスクが涙を吸収する。または公園のベンチ。顔を上向きにすると、空模様や紅葉を愛でる風流なおばさんになれる。

(注意点・人生経験によっては、幼い子どもや無邪気な散歩中の犬が目に入り、涙が嗚咽に変わって要注意人物になるおそれも)。


⑤EXAMINATION(INSTRUCTIONS)

 いわゆる「病名」がつくまでに、大病院で受ける検査の数は膨大。検査着の母にカーディガンを羽織らせ、検査室の地図を片手に迷路を進む。途中、トイレに寄ると2人で迷子になりやすいので慎重に。

 検査室の前のベンチで待つ。ふと思う。今受けている検査の詳しい内容説明書を置いておいてくれたら、待つ間に読めるのに。

 あっと、思い直す。私のような面倒くさい付添人が医師へ質問をし始めたら、診察の進み具合が滞る。病院は正しい。「餅は餅屋」。ドクター、あとはよろしく。 


⑥BIRTHDAY(JUST A DAY)

 「今月お誕生日!おめでとう!」。いいよ、母。そんな形だけのしらじらしい言葉。つか何年か前から、あんた私の誕生日と自殺した親父の命日、間違えてるし。4日

ちがいだけど、それってひどくないか?

 生まれてきたことが幸せだったのか。もう確信が持てない。無駄に考えることをやめない脳みそを持つ人間ではなく、次は単純にがむしゃらに生きる動物、もしくは虫に生まれ変わりたい。

●教訓)たまたま生まれた日を過度に重視することはやめましょう。もっと美しい、自分で記憶に刻める日がほかにあるはず。


⑦RECORD(ENDLESS)

 子どものころ、レコードに針を落とす瞬間、本当にわくわくしました。ジャケット写真を細部までじっくり見る。傷をつけないようにアナログ盤を出す。針を落とす。ようやく音にたどり着く。両サイドの小さなスピーカーの片方に耳を近づけて、演奏、歌声を味わう。意識的に耳を使う幸せ。

 今、目の前のレコードは、針を落とさなくても勝手に音を出す。メロディーも意味もない、不快でエンドレスな日本語。「さっきも聞いた」。口にすると、「1人暮らしでたまにしか話さないんだから!黙ってききなさい!」とボリュームが上がる。

 母よ。だからもっと前に言ったろう。近くに引っ越して来いと。今更そんなこと、言うなよ。私、運転できないんだから。

 古い荷物を片付けながら、今、私がエンドレスなのは、ほこりアレルギーのクシャミと鼻水。

●教訓1)実家の片付けの際は、耳栓の持参が断然オススメ。日本語のスルー力が下がっているとき、作業が円滑に進む。たまに大きく頷けば、レコードは納得する。


⑧SUBWAY(ON THE WAY HOME)

 母が住む実家から、今住む家への帰途。暗い考えが止まらない。母、怖いな。いろいろ1人で、できるかな。逃げたいな。地下鉄に電気自動柵が付いていてよかった。マイナスに傾いた感情を、即刻プラスに戻したい。皮膚に爪を立てる。痛みで生を実感する。タトゥーを入れたら強くなれるかな。

 地下鉄に乗る。乗り換えとバス、徒歩含めて1時間超。感情のバランスをとるのに失敗した時は、トリップ。脳みその中にBL(ボーイズラブ)の名シーンを広げる。蓮の花をテーマにした傑作で有名な先生の作品。ユーカリを食べる動物がペンネームの先生の、哲学書をモチーフにした作品。天気予報にまつわる作品。色が浮かぶ名シーンを、ひたすら脳内再生。脳みそのありがたみを感じる、数少ない瞬間。

●教訓)同じ状況下でタブーなのは、「実録犯罪もの」のドキュメンタリーや深刻なニュース、新聞の脳内再生。実行動に移るハードルが下がる可能性あり。


 6歳から1人で育ててくれた人の死を願う。私は正真正銘、人間のクズです。

みなさん、下には下がいます。クズの私がいます。ご安心を!。


END







 



 

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