第14話 ヴィオル、リリとの暮らし
そして――一ヶ月後。
リリ特製の栄養たっぷりの食事を毎日口にしているおかげで、ヴィオルの肌はすっかり色艶を取り戻し、バサバサだった髪も艶やかな黒髪へと変わった。
彼女の作る料理には、心身の回復を促す不思議な力が宿っている。
酒浸りで不健康だった俺の身体もすっかりデトックスされて、今では健康そのものだ。
「ミリ・フレム!」
「みり・ふれむ!」
リリが炎の魔術の呪文を唱えると、目の前の落ち葉の山に火がついた。
ヴィオルがリリの真似をして呪文を唱えると……。
ボォォォォォォォ!
小さな炎だったはずが、火柱と化す。
さすが小説の主要人物だけのことはある。
まだ五歳なのに、魔術でこれほどの火を起こせるとは。
ただ、魔力の調整ができていないため、本人が想定していたよりも大きな炎になってしまったようだ。
「ヴィオル様、小さな炎を心の中で思い描いてみてください」
「うん」
ヴィオルは目を閉じて、両手を前に出す。
「みり・ふれむ!」
呪文を唱えた瞬間、もう一つの落ち葉の山に小さな火がついた。
今度はうまくいったようだ。
小説では、リリは主のレドークに内緒でヴィオルに魔術を教えていた。けれど、この世界では違う。
ヴィオルに魔術を教えるように、俺自身がリリに頼んだ。
将来黒の騎士になるかもしれない……そういった懸念はないことはないが、だからといって、せっかく魔術の才能があるのにそれを生かさないのは勿体ない。
それに魔物が当たり前のように存在するこの世界で生き残るには、戦う術が一つでも多くあった方がいい。
だから、俺もヴィオルに剣技を教えることにした。もちろん、最初は素振りから。
本格的な鍛錬はもう少し身体が成長してからの方がいいだろう。
今の段階では、軽い運動の一環として稽古をつけることにしている。
魔術の授業が終わった後は、庭園のガゼボで昼食だ。
リリが作ってくれた軽食――新鮮な野菜とハムを挟んだサンドイッチだ。この世界ではサンドイッチじゃなく、単なる携帯食って呼ばれているけどな。
それから摘みたてのベリーで作ったタルト、飲み物は冷たいオレンジジュースが置かれている。
異世界とはいえ、元々は小説の世界。
前世の読者でも想像しやすいよう、食べ物の内容は日本で食べている軽食とそんなに変わらないのがありがたい。
それにしても、リリが作ってくれる料理は本当に絶品なんだよなぁ。
ヴィオルも美味しそうにサンドイッチを頬張っている。
「お外でご飯を食べるのって楽しいね」
嬉しそうに笑うヴィオルに、俺とリリの表情も思わず綻ぶ。
暖かい日は、時々外で食べるのもいいかもしれないな。
◇◆◇
夜――
「カラスは男の子に宝箱のありかを教えてくれたのです。男の子はお金持ちになって、家族と一緒に幸せに暮らしました……おしまい」
ベッドの傍らで、俺はヴィオルに読み聞かせをしていた。
絵本のタイトルは『少年とカラス』。
罠から助けたカラスが、少年に宝箱の隠し場所を教えてくれるという話だ。
鶴の恩返しとか、笠地蔵とか、そういった類の話を彷彿させる。
貧しい少年がお金持ちになる話は、貴族の子供に共感してもらえるか少し心配だったが、ヴィオルは気に入っているようで、寝る前は必ずこの絵本を読むようになっていた。
貴族の少年とはいっても、ヴィオルは下手をすれば平民よりも貧しい生活を強いられていた。
だからこそ、主人公に共感できたのかもしれない。
いつもなら本を読み終えると眠そうにしているヴィオルだけど、今日はなぜか恥ずかしそうに掛け布で顔半分を隠していた。
「どうした……?」
「あのね……僕……一緒に寝たい」
ああ、そっか。
まだ五歳だし、今まで実の親から愛情をもらっていない子だ。一人で寝るのが寂しい時もあるのだろう。
「いいよ、今日は一緒に寝ようか」
ベッドはキングサイズだから十分なスペースがある。
俺はヴィオルと添い寝することにした。
そこへ様子を見に来たリリが部屋に入ってくる。
彼女はカーテンを閉め、暗くなった時に足元を照らすランプをつけた。
「さぁ、ヴィオル様、お休みをしましょう」
「う、うん……あの……リリも一緒に寝ない?」
「え!?」
リリは驚いたように目を瞠り、俺の方を見る。
俺もどうリアクションしていいか分からず、石のように固まってしまった。
やばい……顔が焼け石のように熱くなってきた。
「リリは一緒に寝るの、嫌……?」
目を潤ませて、不安そうに尋ねてくるヴィオルに、石のように固まっていた俺はハッと我に返る。
恥ずかしがっている場合じゃない。
俺はリリの方を見て、一つ頷いた。
ここはヴィオルのために、一緒に寝てほしいという合図だ。
リリもヴィオルの気持ちを汲み取ったのか、小さく頷いてから、優しい笑顔をヴィオルに向けた。
「では休む準備ができましたら、ここに来ますね」
「うん、僕、待ってるね」
ぱぁぁぁっと嬉しそうな笑みを浮かべるヴィオル。
俺もまた、そんなヴィオルの笑顔を見て嬉しくなった。
前世ではずっと仕事、仕事で、結局恋愛も結婚も、子供もいなかったからよく分からないけれど、父親になる喜びって、こういう感じなのかな?
俺はそんなことを思いながら、目を擦り始めたヴィオルの胸をトントンと叩いた。
その時、そっと扉を開ける音がした。
「お、お待たせしました……」
「――!?」
うわ、寝間着姿のリリだ。
真っ白なネグリジェ……何だか天使みたいだ。
「リリ……天使みたい」
俺が心の中で思っていたことを代弁するかのように、ヴィオルが言った。
リリは小さな声で「失礼します」と言ってから、ベッドの中へ。
俺、ヴィオル、リリは川の字の状態でベッドの上に寝ることになった。
急いでシャワーを浴びて、身体も乾かしたのだろう。
リリの身体からは、ほんのり石鹸の香りがする。
「おやすみ……」
満足そうに目を閉じるヴィオル。
これからもヴィオルが寂しい時は、一緒に寝てあげたいと思う。
……しかし、ヴィオルを挟んでリリが眠っていると思うと、心が落ち着かなくなる。
リリは、本当に優秀なメイドだ。
俺が荒れていた時も、ずっと献身的に支えてくれていた。
ヴィオルのことも、母親のように優しく、それでいて主の息子として丁寧に接してくれている。
いつも栄養満点の美味しいごはんを作ってくれるし、気づけば温かい湯を沸かしてくれていて、いつでも風呂に入れるようにしてくれる。
この古びた屋敷が居心地よく感じるのは、間違いなくリリのおかげだ。
こんな完璧な女性、なかなかいない。
好きになるな、という方が無理というものだ。
好きになってしまうに決まっているだろう!?
だけど、リリにとってはそんなの迷惑この上ないと思う。
特に、記憶を思い出す前の仕打ちを思い出すと……そう簡単に「好きだ」なんて言えない。
とにかく今は、ヴィオルが安心して眠れるようにするのが第一だ。
俺はヴィオルの胸をトントンと叩いた。
やがてヴィオルが寝息を立て始めると、俺もだんだん眠くなってきた。
「お休みなさいませ、レドーク様」
意識が遠のく中、リリの優しい声が聞こえたような気がした。
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