雨宿りはいつもここ!
七乃はふと
いつも扉は開いている
不意打ちで雨が降って来た。傘を持たないオイラの体はあっという間にずぶ濡れ、濡れ鼠になってしまったので、食事を中断し、いつもの雨宿り出来る場所へ走り出す。
途中、側を通る車が思いっきり水をかけて来て、余計に全身が重くなる。
「バカヤロー。どこに目をつけてるんだ!」
声をあげても、車はどこ吹く風といった様子で悠々と走り去ってしまった。
全く運転所は何考えてるんだ。自分達が簡単にオイラ達を轢き殺せる物を事を忘れるなってんだ。
クシュン。いけね。余計な考え事してたら、体が冷えてきた。早いところ向かわないと。
その家は二階建てで、いつものように黒い門番が立ち塞がるが、隙間を抜けて玄関に近づくと、いつものように扉が開いた。
中に入って体についた水滴をふるい落とす。他の家でこれをやると怒られるのだが、ここの夫婦は違う。玄関の一角にはタオルが置かれており、自由に使っていいのだ。
ある程度水分を拭き取って中に進むと、リビングで物音がしたので見てみると、ばあちゃんがキッチンとダイニングのテーブルを行ったり来たりしていた。
テーブルには蝋燭がささったケーキ。表面には二つの耳に髭を生やした生き物が描かれている。
オイラをモデルにすれば良かったのに。
いつものように二階の階段を登り、お気に入りの部屋へ。
「じいちゃん。オイラだ。開けてくれよ」
いつもなら、声をかけている途中で開くのだが、今日は中々開かない。もう一度声をかけようとすると、ゆっくりと扉が開いた。
定位置の壁際のじいちゃんに変わった様子は見られない。けれどいつも笑顔で出迎えてくれるのに、今日は一階の方にしきりに目線を向けている。
「こんちは、じいちゃん」
「ああ、お前か」
「ちょっと雨宿りさせてもらうよ」
「構わんと言いたいが、早く出て行ったほうがいい」
いつもそんな事を言わないじいちゃんを見上げる。
「なんかあったのか? さっきから玄関の方ばかり見てるけど。もしかして誰か来るのか」
じいちゃんは視線を上下させる。
それで、以前聞いたある人物の事を思い出す。
「あれだ。孫だろ」
二人の孫の為に誕生日パーティーを開くのがじいちゃん達の数少ない楽しみらしい。
「だから、ばあちゃん忙しそうにしてたんだな」
じいちゃんは答えず、両目を動かすばかり。
「そうだ。オイラも誕生パーティに参加しようか。きっと孫も喜ぶ――」
言い終わる前に、じいちゃんが強い口調で言い放った。
「出ていきなさい」
初めて拒絶されたことに、言葉が出ないで立ち尽くしていると、
ガチャッと玄関の方で物音が聞こえた。誰か入って来たのだろうか、じいちゃんに孫が来たのか尋ねようとすると、瞼を閉じ体を左右に降らしている。
まるで、何かから逃げようとするように。
下に意識を集中させると、ばあちゃんがリビングで忙しなく動く音に混じって、ギシッギシッとフローリングの床が軋む音。
続いて、食器が落ちて割れる音に続いてばあちゃんの悲鳴、絹を裂くような悲鳴はくぐもった悲鳴に変わり、柔らかい物に刃物を突き刺す音が複数。
バンと体当たりする音に続いて、階段をバタバタ駆け上がる音がした次の瞬間、
「お爺さん逃げ――」
肉を突き刺す音と小さな悲鳴が聞こえたきり、ばあちゃんの声は聞こえなくなった。
なのに、階段を登る音が近づいてくる。階段に水が撒かれたように、足音に水音が混じる。
「隠れなさい。早く」
オイラはじいちゃんの声に我に帰ると同時にベッドの下に潜り込んだ。
体全体を隠すのとほぼ同時にドアが蹴破られるように開かれた。
ベッドの下から見えるのはガラスを踏んでも怪我一つしないであろうブーツ。
赤い足跡を残す靴がオイラの真ん前でくしゃみしながら止まった。
見つかった?
「おい、金出せ」
「いつも言っている。金など出せない」
いつの間にかベッドにいるじいちゃんが、くしゃみを繰り返す侵入者と話している。
「ああ、俺はこの家に入ったのは今日が初めてだ。いいから金出せ。出さなきゃ殺す」
「何度もこの家を滅茶苦茶にされてたまるか」
いつも動かないじいちゃんが侵入者に掴みかかったのか、血まみれの刃物が落ちた。
オイラが隠れたベッドのスプリングが二人分の重さで大きくたわむ。
天井の電灯が落ちて、床に倒れ込む二人。
侵入者が電灯のコードを使い、じいちゃんの首を閉めている。
苦しそうに舌を出し、ベッドの方に伸ばされた手が、何かを掴むように握ったり開いたりを繰り返していた。
「逃げ、なさい」
死にかけている時でも、じいちゃんはオイラの心配をしている。
オイラは侵入者がこちらを見ていないうちにベッドから這い出すと、自慢の爪を展開した。
侵入者に飛びつき、じいちゃんの首を絞める手の甲を思いっきり引っ掻いてやった。
手の甲が瞬く間に赤くなる。ざまあみろ!
その手が迫り、避ける間もなく吹き飛ばされた。
壁かドアに背中を強かに打ちつけ、息が詰まる。
殺されると思ったが、こちらを見た侵入者が口を押さえてくしゃみを連発する。次第にゼーゼーと苦しそうな呼吸をしながら、転がるように部屋を出ていった。
玄関が開いて少しすると、車のブレーキ音と男の悲鳴。それっきり世界は静かだ。まるで今の出来事がなかったかのように。
「ありがとう」
いつの間にか近づいてきたじいちゃんが俺の痛む背中を撫でてくれる。
「もう何度も殺されていたが、おかげで私も婆さんも解放されそうだ。ありがとう小さな英雄」
背中から伝わる優しさで、オイラの視界が霞んでいく中、こんな声が聞こえてきた。
「目覚めたら外に出てごらん。彼女がお前を迎え入れてくれる」
私は数年ぶりに祖父母の家の前にいました。
痛ましい事件があってから、来る事の無かった家。その二人が私の夢の中に現れたんです。
あの日、いつものように誕生日パーティに招かれた私が見たものは、近くで起きた自動車事故と、変わり果てた祖父母。
事件があって以来、誰もいない家で人影を見たとか、扉が一人でに開くのを見たとか、不穏な噂の絶えない家に来た理由は、夢の中で笑顔の祖父の言葉でした。
「誕生日おめでとう。遅くなってしまったけれど、誕生日プレゼントを用意したよ」
居ても立ってもいられなかった私は、起きてすぐ向かいました。
門の前に立つと、噂通り玄関が開きます。
暗闇から出て来たのは、怪我しているのかフラフラとした足取りの猫ちゃんでした。
雨宿りはいつもここ! 七乃はふと @hahuto
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