Cross World 〜寝ている時間だけは、異世界冒険者〜

つるるん 。

1話 夢が夢じゃない夢のような話。

あなたは最近眠った時にどんな夢を見ましたか?


現実離れした世界だったり、妙にリアルな人々だったり、どこかで見た景色だったり。

そして目を覚ますと、夢の記憶はいつの間にか消えている。


でも、少し想像してみてください。

あなたは睡眠中に夢を見ているのではなく、存在する別世界に移動しているのだとしたら?


現実世界と夢世界。

2つの世界を行き来しながら、それぞれの世界を変えていく。

そんな世界を交差して旅する”Cross Worlds”な冒険譚、今始まります。




俺はなぜ戦っているのか?

俺は誰のために戦ってるのか?

俺は何と戦っているのか?


刺すような眩しい陽の光

真夏の炎天下の中、俺はマウンドにいる。

熱気で空気が歪んで見えている。

9回2アウト満塁3ボール2ストライクのフルカウント。

次の一球が俺達の運命を決める。


「コースケ!コースケ!あと一球!あと一球!」


…わかってるよ。

わかっているけど頭の中に浮かぶ思い出に、体を縛られている感覚だ。


チーム全員の顔、つらかった練習、合宿で語り合った夢、応援してくれる人の顔、次々と浮かんでくる。


「コースケ!大丈夫だ!こい!」


そう呼びかけてきたのは小学生からずっとバッテリーを組んできたキャッチャーのジン。

こいつには感謝している。俺がここまでこれたのもコイツがどんな時も一緒だったからだ。


高校生最後の夏、ここで勝たないと今までが全部無駄になる。

もう終わらせるんだ。

このいらだちも、この試合も、これで終わりだ!


俺は迷いとモヤモヤを全部吐き出すように大きく息を吐き、大きく振りかぶった。

これで決める!!


ほんの一瞬だった。

ボールから指が離れる瞬間、指先にいつもと違う違和感。


あ、やばい。



「ーーーデッドボール!」


審判の声が響いた。


世界がゆがんでぼやけて見えてきた。指先が、顔が、全身が、冷たく重くなってきた。

俺の前には暗く冷たい目をしたジン。

気がつけばジンは鼻と鼻が触れるくらいの距離に来て、俺に言った。

「マジくそだな、お前。」



「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」



俺はベットの上で跳ね起きた。

周りを見ると見慣れた俺の部屋だった。

カーテンで締め切られた真っ暗な部屋。


「はぁ…。夢か。」

大きくため息をついて、俺はうなだれた。



「……本当に夢だったらよかったのにな。」



あの暴投で俺たちの夏は終わった。

試合後、俺は監督に何発も殴られた。仲間たちは止めてくれなかった。

そして、あのジンが、ずっと一緒にやってきたジンが冷たく言った。


「お前のせいでみんなの夢が、みんなの未来が終わったんだ!なんでデッドボールなんだよ!マジで意味わかんねぇ。ウザ過ぎて笑えねぇ。消えろよクソ野郎。」


ごめん。


俺の口からは一言だけボソッとちいさな声しか出なかった。頭を下げて俺は部室を出た。


すべてが壊れた気がした。

ジンと今まで過ごした時間、語り合った夢、信頼や希望がガラスが割れるように粉々になった。

何を言っても何をしても、もう戻らない。

それもどうでもいい。

…。

ごめんよ、もう俺消えるから。

部活から、学校から、お前らの前からも。



あの日以来、俺は学校には行っていない。

もう2ヶ月経っていた。

今まで頑張ってきた分、燃え尽きたというか灰になったというか、もう頑張りたくない。


何度か電話もかかってきたけど全部着信拒否した。

誰か家にも来たけど会いたくなかったから無視した。

人が怖い。迷惑かけないから俺のことは放っておいてほしい。


もういいや。

考えるのやめよう。


大きなため息を一つこぼしてから、俺はノートパソコンを開いた。

いつも通り、無料動画を再生しっぱなしで携帯ゲーム機の電源をつけた。


「朝ご飯、おいておくね」


部屋のドアの向こうで母親の声がした。

母親には申し訳ないと思っている。

一生懸命に俺に寄り添ってくれて応援してくれて自分のことのように喜んだり悲しんだりしてくれた。


父は遠い昔に母と離婚したので、ほとんど思い出や記憶もない。母だけが味方だった。


「あのね。」

ドアの向こうにまだ母はいたようだ。


「コースケはずっと頑張ってきたから、お母さんコースケはちょっと休んでいいと思ってるの。もし何かお母さんが出来る事があれば言ってね。お母さんは何があってもコースケの味方だから。」


本当にごめん、母さん。

優しい言葉が今は心にしみる。しみすぎて痛い。


なんでこんな弱虫になってしまったのだろう。

少し前なら、何も考えず学校にも行ってたし、勝負なんて試合や練習で何度もしていたのに。


ノートパソコンで流れている賑やかな動画でさえも、これっぽっちも笑えない。

俺は携帯ゲーム機をおいてベットにごろんと横になった。



あの一球さえなければ。

あの時もし俺が絶好のボールを投げていたら?

もう一度やり直したい。

あの時間に戻れるなら。


もし神様がいるのなら、どうか…。




…。

……。

………。


ドンッ!


ぐえっ!

何かが俺のお腹に落ちてきた。

その衝撃で目が覚めた。

ん?もふっ…?やわらかい、なにコレ。

ゆっくり腹に目を向けると上に食パンがいた。


それだけじゃない。

よくみると周りの風景がおかしい。

確かに部屋にいたはずなのに俺は草原の中にいた。


季節はもう冬が近いのに、青々と茂った草の香り。

薄暗い部屋のモノクロではなく、青空と眩しい日差しと草原で鮮やかなカラフルな世界。

確実に俺の部屋じゃない。


そしてお腹にのった大きな食パンをどけようとしたら、食パンが喋った。


『起きたか、小僧。』

よく見ると食パンじゃなくコーギーだった。


「え?は?え?」

意味不明なことが大渋滞していて僕は言葉が出なかった。


『お前、もしかして…?』

やっぱりそうだ。コーギーが喋っている。


『……あぁそうか。また現実世界から来たんだな。』


「ちょっと待って。訳わからないんだけど?」

動揺しながら俺が話すと、コーギーは頷いた。


『そうだろうな。これも縁だ。お前さんみたいなのによく出会うしな。ワシがこの世界を案内してやる。感謝しろよ。』

おっさん口調のコーギーは俺の体から降りた。


『まず、ここは夢の世界。寝ている方の夢な。』


??

俺の頭は”??”だらけだった。


「は?え?ちょっと待て。質問する前に意味不明なワード増やすなよ。」


『いいんだよ。ここに来た奴が質問することや、とる行動は予想がつく。どうせ質問するって言いながら何を質問するかわかってないだろ?』

……ドヤ顔するコーギー。イラッとするが、まぁその通りだ。


『順番に話してやるから、とりあえずはワシの話を聞いてくれ。』

俺はあからさまにため息をついて話を聞くことにした。


『前に来た奴らが言ってた話だと、たぶん現実世界のお前は今寝ていて、この世界にやってきているのだろう。ここは夢の世界なんだ。』

たしかに俺もさっきまでベッドでウトウトしていた。


『簡単に言うとこうだ。これは夢の中だからお前にとっては不思議だらけだ。お前がさっきまでいた場所と違うし、こんなキリッとして可愛いワンちゃんと会話もできるのもそういう理由だ。』


何となくわからないような、でもわかったような気になってきた。


そんな事いきなり言われて理解できる高校生はいないだろ。サンタクロースを信じろと言われているレベルだ。とりあえず可愛いワンちゃんはまだ見ていないが。


コーギーはそう言ってトコトコ歩き始めた。

たぶん”ついてこい”って意味だと思って俺は立ち上がってついて行った。


周りの景色、咲いている花、草木の匂い、全部が初めてなのにどこか懐かしさを感じていた。

夢の世界だから俺の記憶にある風景だからかな。不思議と居心地がいい。

あとコーギーの口調はおっさんなのに、歩くときおしりがフリフリしてて可愛い。


『何か嫌なことあったのか?』

おしりフリフリで歩いているコーギーが真面目なトーンで言った。

突然で驚いた。思い当たるのはあの試合のシーン。

…言葉が出なかった。


『言わなくていいさ。大丈夫だ。』

じゃ質問するなよ。


『ここは現実世界で”欲望”や”想い”が強い奴が来る事ができる世界みたいだ。嫌なことや、逃げたいこと、叶えたい夢、強い願望。あとは後悔とかな。』


あぁ。そうか。それで俺はここに来れたのか。

俺の願い、それは【あの場面に戻ってやり直すこと】。

本当にそんな事ができるのか?願いが叶うこともそうだけど、まだこの世界自体を受け入れられてないのに。


「質問いいか?」

俺はやっと喋ることができた。


『やっと喋ったな、いいぜ。』

ずっとお前が一人で喋っているからだろが!と言いそうになって止めた。


「正直まだピンと来てないけど。」


『そりゃそうだ、サンタクロース信じろって言ってるようなものだしな。』

それは俺も思った。被った。


「聞きたい事は山ほどあるけど、とりあえず今どこに向かっているんだ?」


『街だ。ワシの家がある静かなところだ。』

そうコーギーが言った後しばらくしてから、木造の建物が集まった街のような風景が見えてきた。


明らかに俺の住んでいる街ではない、ゲームの中で出てくるような街並みというのが俺の第一印象。

あらためて本当に現実じゃなく夢の世界なんだろうなとうっすら信じ始めた。


街の入り口に着いた。

藁の屋根の見張り台、木の板でできた門、その周りに丸太でできた柵が立っている。

柵の向こうに多くの人が歩いていたり、立ち話をしている様子が見える。


きっとこの人達は俺の事を知らない。

なので俺を責める奴も、絡んでくる奴も、悪く言う奴もいない。

もしかしてここなら、辛い過去の記憶や嫌な気持ちを全部忘れて気ままに楽しく過ごせるんじゃないのか。悪くないな。

寝ている時間だけ冒険者になるのもいいかもな、と思いはじめていた。


この時、少し楽観的に考えていた俺はまだ何もわかっていなかった。


この世界が存在する理由、

この世界で俺を待っている人物、

そしてこの世界でのたくさんの出会いと別れを…。



見張り台の合図で街の門がゆっくりと開いていく。

まるで俺の冒険譚のページが開いていくように…。

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