エピローグ 本当のクマをあなたに

一年後。

第三集落の掲示板には、まだあのポスターが貼ってあった。


【家のそばにクマが来たら、人を優先で】

写真・動画を送ってください

都会にも送ります


手書きで「また出たよ」「昨日はいなかった」って書き込みも増えてる。

町の人たちは、もはや「送るのが当たり前」になっていた。


俺――山城 湊は、役場の端っこで新しいテンプレをつくっていた。

今度はイノシシ用。

書き方は同じだ。「出た場所」「人がいた時間」「片付けにかかった時間」。

送る先も同じ。都会はなんでも“見せれば”だいたい静かになる。


「湊さーん。今日のクマ、なしです〜」


志乃がドアから顔を出す。ドローンは持ってない。

クマが来なかった日は、本当に平和だ。


「なしか。いいな」



柚葉がホチキスで綴じたファイルを持ってきて言う。


「一年前の“殺すなって言われたときに送る一式”、こんな分厚さになりました」


「厚いな。もう本になるな」


「みんなが“殺すな”って言うからですよ」


マコもやってくる。スマホを見せながら笑ってる。


「見てください、森岡さん。いまでも机にクマ置いてますよ」


そこには、相変わらず白いクマのマグカップとぬいぐるみ。

でもPCの画面には、うちが送った“びしょ濡れでゴミをこじ開けてる”やつが表示されてる。


森岡:

(今日は出てません、とのこと。よかったです)



「かわいいは捨てないんですね」


「いいんだよ。かわいいと思っていいけど、現物も見ろってだけだ」


俺はポスターの新しい版をプリントした。

今の文はこうだ。


これはただの嫌がらせではなく、

誰が見ても同じ判断になるようにするための送りものです。


窓の外では、学校帰りの子どもたちが白いガードレール沿いに列を作って歩いている。自転車のベルが、チリンと遠くで鳴った。去年のあの場所だ。今朝も何も来ていない。

来たら送る。来なかったら「来なかったです」を送る。


その繰り返しが、ようやく町の呼吸になってきた。




午後、都会宛ての回線が一瞬混み合った。志乃がキーボードを滑らかに叩き、テンプレを呼び出す。

件名:〈第三集落/本日(昼)クマなし〉

本文:〈通学路・白いガードレール沿い、人の往来あり。痕跡なし。写真2枚添付〉


送信ボタンを押す直前、俺は画面の一行を見直して、ほんの少し言葉を足した。


〈“なし”を続けるための柵と片付け、今日も実施〉


説明は、いつもやっていることを書くと決めている。“やった”で終わらせない。“やっている”を送る。


たとえ“なし”であったとしても、それを確認していることを“やっている”と俺達は伝えなければならない。それだけの苦労をしているのだと。


数分後、森岡から短い返信が来た。


森岡:

(了解。こちらも“なし”を掲示しました。隣の課にも回します)


ほんの小さな既読の音が、部屋の空気を丸くした。





夕方、役場に戻ると、窓の外の山肌に日が斜めに入っていた。

志乃がソファで伸びをして、ぽつりと言う。


「一年で、町の“既読”が上手くなりましたね」


「そうだな。『見たよ』だけじゃなくて、『片付けたよ』まで含む“既読”になってきた」


「都会も、既読が上手くなってきた」


「うん。あっちは『見た』と『分かった』の間に時間がいるけど、その時間を埋めるのが、送る仕事なんだろうな」


柚葉がファイルを閉じ、マコが窓の鍵を確かめる。

誰も劇的なことは言わない。言葉は常に、今日に間に合う速さで。


俺は机の端に熊鈴を置いた。カラン。

小さい音。けれど、こんな音の方が、長く残る。


——


“クマを殺すな”と叫ぶ声は、今年も届くだろう。届いていい。

そのたびに俺たちは、クマのぶんも人のぶんも、同じだけ受け取るための映像と数字を送る。


来たら送る。来なかったら「来なかった」を送る。

送りっぱなしにせず、片付けまで書く。

誰が見ても同じ判断になるように、今日も淡々と。


“クマを殺すな”って言うなら、クマのぶんもちゃんと受け取れ。


ただ、それだけの話だ。

山は黙って、町は静かに、それを続けている。

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クマを殺すなって言うから、毎朝そっちに送りつけてます @pepolon

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