第4話 じゃあ来てくださいって言ったら黙った
夕方。山の雲がまた下がってきたころ。
森岡から珍しく先にメッセージが飛んできた。
森岡:
本部内で共有したところ、
「現地を一度見たほうがよいのでは」という話が出ました。
明日オンラインで場所を詳しく教えていただけますか。
来た。
ついに“かわいい”だけで話せなくなったらしい。
俺はすぐ返す。
湊:
オンラインでもいいですけど、
どうせなら現地に立ってみたほうが早いです。
明日6:40、実際に子どもが来る時間にここに来れますか。
既読。止まる。
森岡:
……6:40ですか
(在宅勤務なのですが)
湊:
うちも在宅です。
でもクマが出たら出てます。
“殺すな”を言うなら、その時間に一回でいいので来てください。
また止まる。
モニターの前で「え〜〜〜」って言ってる顔が目に浮かぶ。
志乃が横でニヤつきながらささやいた。
「“朝はちょっと”って言うに100円」
「だろうな」
1分後。
森岡:
では、いったんオンラインで…
位置情報を詳しくいただければと思います…
「やっぱり~!」
三人とも小声でガッツポーズした。
俺は追撃する。
湊:
分かりました。
では動画で“あなたが明日ここを歩くとしたら”の視点を取って送ります。
これを見てまだ“殺さずに”なら、その文面を残してください。
そう書いて送信したあと、俺たちは本当に外に出た。
雨は止んでるが路面は濡れてる。山から冷たい風が下りてくる。
通学路の白いガードレール、さっきクマが鼻を乗せたところを撮る。
その少し先には、普通の家。引き戸。鍵はかかってるけど、押せば揺れる。
「ここに親子が来てるって、画面じゃ分かんないですよね」
柚葉が言う。
「分からない。だから撮る」
俺はスマホを子どもの目線くらいに下げて、道をゆっくり歩いた。
腰くらいの高さのガードレール、横にあるポスト、段差。
これを見て「あ、これは近いわ」ってなるように。
撮り終わった動画をそのまま森岡に送る。
“あなたのクマのいる場所はここです”ってメッセージを添えて。
すぐ「見ました」が来た。
続いて、いつもの🧸じゃなくて、ただの文章。
森岡:
……これは本当に近いですね
すみません、ここまで人の生活圏に食い込んでいるとは想像していませんでした。
こちらの表現を「まずは人を優先で」に直します。
「はい勝ち〜〜〜」
志乃が小さくガッツポーズする。
マコもPCをカタカタやりながら言った。
「じゃあ明日からは“殺さずに”じゃなくて“人を優先で”って返ってくるわけですね。
言い方だけでも全然ちがいますよ」
「そう。言い方が違うと、現場の気合いも違う」
俺はニヤッとして、役場のテンプレをまた1行いじった。
【送信テンプレ Ver.2】
・これは都市部で見る“かわいいクマ”ではなく、人家そばでの繰り返し出没です
・“人を優先で”の表現に切り替えてください
・毎朝送ります
そのとき、旧猟友会のグループチャットからも通知がきた。
俺が昔いたグループだ。
古川:
おい、そっちでクマの動画毎日送ってるってほんとか
うちにも回せや
「お、噂が行った」
俺がつぶやくと、マコがくすっと笑った。
「“殺すな”って言ってたとこより、先に山の人らが食いつくのおもしろいですね」
「山の人は“出たかどうか”が一番大事だからな。
都会は“かわいいかどうか”が先だったけど」
「で、本部には“じゃあ来て”って言ったら来なかった、と」
「そういうこと」
つまり今日はこれが採れた。
• 可愛いで生きてる人は、本気の時間には来ない
• 来ない人にだけ、毎日送ればいい
• 送られれば表現は変わる
あとは、これを繰り返すだけだ。
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