第23話 逃走3

シュネルを巧みに撒いたグスティたちは、森を抜け、広大な平野をゴーレムで駆けていた。時速60キロに達する速度で四足歩行の巨体が草原を疾走する。当然、その内部は地獄のような揺れに苛まれた。


竜の巫女は苦悶の表情を浮かべながらも、操縦桿をひたすら前へと倒し続ける。


「せめて操縦桿だけでも俺に握らせてくれ!」


「うるさい……コレ離したらアタシはもう目覚めないかも知れない……だから……どうにか……イナンナだけでも……」


朦朧とする意識の中、竜の巫女が口にするのは家族の心配だった。まるで自分の命など二の次とでも言いたげな言葉に、グスティは眉をひそめ、自分にできることはないかと必死に探る。


自らの服を破り、増殖チートでその布を増やし、意識のないイナンナを衝撃から守るための簡易シートをこしらえる。


迷彩チートでゴーレムに張り付き、周囲の草原に溶け込む迷彩を機体に纏わせるなど、手探りで次々と試行を重ねた。チートには説明書がなく、どこまで可能で、どこまで融通が利くのか、グスティには一切分からなかった。ただ、やれることを試す時間はあった。


そんな中、竜の巫女がほとんど閉じられた目をグスティに向けた。


ガラガラと掠れた声で彼女は、「腕………巻き付けて」と告げ操縦桿に視線を送る。もはや操縦桿を握る手にすら力が入らないのだろう。彼女は自分の体で押し付けるようにして、辛うじて操縦桿を握り続けていた。


「ああ分かった。後もう少しの辛抱だ」


グスティは竜の巫女の腕と操縦桿を布でしっかりと巻き付ける。気休めに「あと少し」とは言ったものの、緑の糸が一体どこへ繋がっているのか、彼には知る由もなかった。


ただひたすらに、グスティは祈った。無宗教の彼が、一体どんな神に祈ったのかは定かではない。しかし、それでも彼は祈った。自然に、そしてこの世界へと彼を連れてきた、あの謎めいた機械音声に向けて。


そして必然ともいえる奇跡が、彼の目の前に次第に輪郭を現し始める。


しばらくゴーレムを走らせて見えてきたのは、丘陵の中にそびえ立つ、ひときわ大きな丘に築かれた城郭都市だった。緑の糸は確かにあの都市へと伸びている。


都市が見えた瞬間、グスティは安堵の溜息を漏らしていた。運命の糸チートなどという、得体の知れない能力に翻弄されながらも、正解の道を選び取れた自分に心底ホッとしたのだ。


「都市だ!大きい!巫女さん!都市だぞ!」


いつの間にか地面は草原から荒れた石ころが転がる赤茶色の大地に変わり、ゴーレムは砂煙を上げながら「バカラッ、バカラッ」と力強く歩みを進めていた。


「よかっ…た……」


その言葉に安堵した竜の巫女の疲労は限界を迎え、前のめりに操縦桿を握ったまま、意識を手放して倒れ込んだ。


「ちょっ!?おい!大丈夫か!?」


彼女は意識が混濁とする中、彼の声にいつものように「うるさい」と言ってやるつもりだったが、上手く喉に力が入らなかった。


「炎は弱いけど、まだ出てくれてる…今のうちに何とか城門まで行かないと…!」


スッと涙を拭い、グスティは彼女が最後まで離さなかった操縦桿を、上から被せるように握りしめた。陸地にそびえる堅牢な城門目指し、ゴーレムを走らせる。


そして、閉ざされた城門前までゴーレムを進ませることに成功した。しかし、そこに待ち構えていたのは、武器を構えた大勢の兵士たちだった。城壁には弓を構えた兵士がずらりと並び、指揮官の合図一つでいつでも攻撃できるよう、厳戒態勢が敷かれている。


「帝国のゴーレム兵め…なぜこんなところに…!出てこい!」


勲章を多くつけた兵士の怒声が、城門前で轟く。グスティはゴーレムのコックピットから冷や汗をかきながら、両手を上げて投降の意思を示した。この世界で、手を上げるような命乞いが何の意味も持たないことは知っていたが、今はそんな余裕もなかった。


彼は自分たちに起きた不幸を、必死に、声高に説明した。


「村が帝国の軍隊に襲われたんだ! 護身竜の村だ! 俺達は敵のゴーレム兵を倒して、それに乗ってここまできた! 城主にお目通り願いたい! それと怪我人の治療も! 」


一つ一つの言葉を張り上げ、兵士全体に聞こえるように叫ぶ。敵か味方かも分からぬ相手だが、運命の糸チートを信じる他なかった。緑の糸は、確かにこの都市に繋がっていたのだ。後は運を天に委ねるのみ。


兵士たちは慎重な動きで、グスティを拘束した。


「中の二人は重症だ!早く手当を頼む!」


「うるさい黙っていろ!お前は身元の知れぬ人間。いくら服装が護身竜の村の民族衣装だとしても、それだけがお前を信用する材料にはならん」


兵士たちに頭を軽く殴られながらも、グスティは必死の懇願を続けた。すると、一人の女性兵士がコックピットに飛び乗り、中から竜の巫女とイナンナを発見する。


「こ…これは…!?」


「どうしたケルヒャー二等兵!」


「軍曹!中にいるのは恐らく竜の巫女だと思われます!」


竜の巫女の異質な容姿を見て、ケルヒャーと呼ばれた女性兵士が驚愕の声を上げた。


「なっ!?なんだと!? 今すぐ医者を呼べ! この者たちを重要参考人として手厚く迎える! 開門急げ――――!」


帝国のゴーレムごと、城郭都市の中へと運び込まれ、二人は緊急の手術を受けた。この世界の文明レベルがどれほどのものか分からなかったが、グスティにはただ祈ることしかできなかった。そして彼にもまた、やるべきことがあった。


「城主様がお呼びだ」


両手の拘束は解かれたものの、帝国兵士の剣は回収され、丸腰のまま城主のいる部屋へと通される。


物は少ないながらも、家具一つ一つが上品さを感じさせる部屋に通され、グスティはそわそわしながら椅子に座って待っていた。やがて、白髪と白い髭が繋がってライオンの鬣のようになっている老人が、鎖帷子を纏ってグスティの前に立ちはだかる。グスティは急いで立ち上がり、深く礼をした。


「このたびは、助けていただき感謝いたします。申し訳ございません、このような恰好で」


彼女たちの包帯代わりに使ったせいで服はボロボロになっており、両腕の袖はほとんどなくなり、ノースリーブのようになっていた。


「前置きはよい。護身竜の村で起きたことを話せ」


城主は暖かく、しかしゆっくりとした物腰でそう仰られた。言葉の一つ一つには威厳を示そうとする意志が感じられたが、その声はまるでマシュマロのように柔らかい老人の声だった。

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