第3話 脱出







周りには人の気配すらなく、動物の影も見当たらない。これではチートポイントを貯めることはできそうになかった。


彼の視線は自然と、下に蠢く蛆虫に向けられる。


「生物を殺せばポイントが手に入る……だったな」


そう言いながら一匹潰して確認してみるが、ポイントは溜まらない。サイズに問題があるのか、それとも蛆虫が生物としてカウントされていないのか。どちらにせよ、足裏のあの感触を覚えているうちは、もう二度と試すまいと彼は誓った。


それからしばらく考えた後、彼は殺戮チートがどの範囲にまで通用するのか試してみることにした。もし、無機物も破壊できるのなら、巣の一部を壊して出入り口を作れるかもしれない。


……しかし。


「やっぱダメか…」


殺戮チートは、壁に穴を開けることはできなかった。あくまで生物を倒す時にのみ適用されるようだった。


次に彼が調べたのは拡縮チートだ。急斜面ではあるが、その坂を人が歩ける程度に緩やかにできれば、脱出できるのではないかと考えた。


「骨をそのままデカくすればいけそうか……? あ、いや、死体でもいいのか」


地面に転がる腸を貪られた鹿の死体を見つけ、それを拡縮チートで大きくしようとするが……その時不思議なことが起きた。


「おっきくならない……。生き物はダメってことか? 」


そう心の中で思ったりもしたが、目の前にあるのはかつて生き物であった肉袋であって、”生き物”ではない。ということはこの死体がダメで骨が問題ないというルールがあるのだと彼は理解する、と同時に安堵のため息が漏れた。


この力を生み出した存在が、能力にリミッターを掛けている。それはこの力を司る者に理性が備わる示唆のように感じられたからだ。


チート能力を与えたこの”何者か”は、世界に悪戯をする気は合っても、根本からの破壊は望んでいないのかも知れない、彼はそう信じ込むことにした。


そのため残念ながら、今は骨で試すしかなさそうだった。


「拡縮チートON」


骨を斜めに立て掛けながら、徐々に大きく、そして長くなっていく骨を支えていく。やがて骨が坂道を越えられるほど長くなると、彼はそれに慎重に足をかけ、


「戯けた力だな……まったく」


命綱の代わりになるか定かではないが、彼は「装甲チート」をONにしてみる。名前からして身を守ってくれそうなチートだが、果たして落下にも効果があるのかは不明だった。


「意味があるかは知らねぇけど―――、お守りっつーことで…」


そうして足元を確認しつつ、斜面を登り巣の外を目指して這って行く。


ゆっくりとした移動だが、命がけであることを考えれば、これでもかなり思い切ったスピードだった。


「よし行ける……」


そうして斜面の終わりに手を掛けたところで、彼はついに竜の巣からの脱出に成功した。しかし喜ぶのも束の間、


「ウッ……あっつ……!」


彼は異様な熱さに腕で顔を遮りながら、眼下に視線をやった。


「火口なのかよ……」


竜の巣は、なんと火口の壁を掘って作られたものだったのだ。


下ではマグマがボコボコと活性化し泡を立てており、上を見上げれば一面の青空が広がっている。雲の一つもなかった。


落ちれば溶けて形も残らないことは容易に想像できたが、それでも上に向かう道を探さないことにはどうにもならない。彼は外に出るためのルートを探した。すると驚いたことに、壁に沿って上下に道があることに気がつきその線を自然に目で追っていた。


「火口の中に道……人が出入りする場所なのか」


そう言うこともあるか……と、若干納得はいかなかったものの、彼は上に続く道を登った。


「民家とかあってくれたら……嬉しいな」


そうしてやっとの思いで火口を抜け出した瞬間、冷たい風が彼を包み込んだ。


「ふうん……ざんねん」


彼の目の前には、一面の銀世界、雪が厚く積もる山頂が広がっていた。


凍てつく空気が胸に刺さり、彼の心臓は自然と高鳴った。


雲を見下ろす絶景からは、雲の上の景色と共に、地上の様々なものも同時に映す。


天には見慣れない惑星が顔を覗かせ、眼下には巨大な龍が雲海を泳いでいた。


たまに途切れる雲の合間には、一つ目の巨人が群れを成して平原を歩く姿も確認できた。


「ほんとに……開発元、いや創造元は何を考えてるんだ? 」


彼はそう口にしながら、創造元はこのルートが間違っているからこそ、あえて進めないように工夫しているのではないかとも考えた。


「そ、そうだ。こう、一歩間違えたらレベルが違い過ぎる敵とエンカウントしちゃうみたいな。そう言うのを防ぐための創造元の粋な計らいだと、考えようじゃないか…。きっと匠の技なんだよ。……他に必ず道があるはずだ……」


再三にわたってこれがリアルであると証明され続けてきた彼は、今はむしろゲームであってくれと願っていた。


ゲームであるなら道があり、必ず解がある。報酬があって達成感があるのだ。


彼の求める報酬とは1にも2にも食料のことだ、このままでは凍死をたとえ乗り越えたとしても、餓死が手招きをして待っている。


「頼む……とにかく食料か何か……」


そうして視線を落とすと、この山の麓には雪をかぶった森が広がっていた。


狼やらクマなど、何がいるかも分からない森だが、雪山の頂で凍死する以外の選択肢を取れる以上、向かわない手はなかった。


「まあ……、そこまでの道が雪山で死にそうなのは措いておこうじゃないの」


傍らの絶望と共に、心を奪われる絶景にいつまでも立ち尽くしていたいという思いが、目の前にある大自然を前に彼の足を止めていた。


しかしそれも束の間、「馬鹿野郎、早く戻れ、寒すぎるって!」という体からのサインが鳴り響き、彼は火口付近に吸い込まれるように足を動かした。


「流石に雪山を装備なしで下山するのは自殺行為か」


絶景を楽しみながらの下山はぜひ実現したかったが、気温はおそらく氷点下。


黒いパンツに白いシャツ、そして黒いジャケット一枚では、まるで雪山に氷像を作りに行くような行為だった。


何より辛いのは、雪で濡れた靴下のせいで足の感覚がほとんどなくなっていること。このまま雪道を進むのは自殺行為だと痛感していた。


「となると後は火口の下に繋がる道だけど……あっちはそもそも繋がってんのか?」


思うこと全てが独り言として出る彼は、ゆっくりと火口の中を下に下へと歩いて行った。


すると竜の巣とはまた違う穴を発見する。人工的な、整備された横穴だ。


彼はその奥へと進んで行く。するとすぐに出口らしきものが遠くで光を指しているのが見えた。


「この穴を掘った人間がいるってことだよな……火口の道といい、ほんとありがてぇ……」


そうして歩いて行くと、ツルッと湿った地面に足を取られ、彼は穴の中でお尻をついてしまう。


「アァッッツァ!――…ッ!」


黒パンを擦りあげられ、燃えるような熱に蹲りながら、彼は尻を擦る。

痛み以上に誰にもこの惨めな姿を見られていない事に彼は安堵していた。


───やがて濡れたケツのまま彼は立ち上がると、顔から流れる冷たい涙を拭いさった。

装甲チートが落下では役に立たないことを把握できた彼は、尻を抑えながら光を求めて横穴の出口に向かって歩きだした……

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