第4話 世界を壊す兄妹を80%弱体化しました(多分大丈夫)


巨大クレーター。

 白目をむいて地面にめり込む兄妹。

 その中心に、ただ一人静かに佇む少年。


 シュールを通り越して“災害現場”と化した裏庭に、夕暮れの風が吹き抜けた。


 リアムはようやく背後へ意識を戻す。


「フィーネ。」


「ひゃっ……あ、う、うんっ!」


 振り返ったフィーネ・レストリアは、未だ肩を震わせていた。

 頬は強張り、指先は冷たく、呼吸は不規則。


 あれほど明るい彼女が、こんなに怯えている姿をリアムは初めて見た。


「寮まで送る。」


「え……で、でもリアム君も……その、すごく疲れてるんじゃ……?」


「問題ない。どうせ戻ってくる。」


《“戻ってくる”って、行く場所が魔王城でも天界でも同じテンションなのすごいですよ……リアム様》

(いつも通りだ。)




 リアムが歩き出すと、フィーネは慌てて隣に並ぶ。


 夕焼けのオレンジ光が差し込む学院の小道は、さっきの呪い嵐が嘘のように静かだった。

 だがフィーネの耳には、まだ黒い呪いの残響が刺さっているようだ。


「……ご、ごめんね、リアム君。」


「何がだ。」


 即答。


「わ、私の……せいで……怖い思い、いっぱいさせちゃって……

 ストーカーも……隠密の人たちも……

 リアム君の妹さんまで……その……」


「お前のせいではない。」


 短いが、断言だった。


「で、でも……」


「お前は“狙われやすい”。

 家柄も能力も、血も……お前自身もだ。」


 フィーネは息をのんだ。


「……し、知ってたんだね、やっぱり……」


「調べれば分かる。」


《いやいやリアム様、あなたが見てる“範囲”は一般調査じゃなくて神域……》

(必要なものだけだ。)




 リアムはふと横目でフィーネを見る。


「怖いなら怖いと言え。

 その方が対処が早い。」


「……うん。」


 小さく、でも確かに返ってきた声。


 その一言だけで、彼女の足取りはほんの少し軽くなった。


 女子寮が近づいてきた頃――

 フィーネはふいに立ち止まった。


「リアム君。」


「何だ。」


 夕焼けが照らす中、フィーネは胸の前で指をもじもじ絡ませながら、小さく深呼吸した。


 そして。


「……その……あとちょっとだけでいいから……ね……」


 声は震えて。

 顔は真っ赤で。

 自信ゼロなのに、勇気だけは全部振り絞って。


「……手、繋いでも……いい……?」


 風が止まった。


 夕陽がふたりの影を長く伸ばす。

 時間がゆっくりと流れる。


《キタキタキタキタァァァァァ!!! ラブコメ黄金イベント!!》

(転倒防止になる。)




《リアム様の感想が工事現場!!》




 リアムは自然に右手を差し出した。


「寮までだ。」


「っ……うん……!」


 フィーネの指先が触れた瞬間、びくっと肩が震える。

 でも、離れない。


 指が絡んで、掌が重なって、体温が伝わる。


(……あったかい……!

 やばい……ほんとに……これは……心臓が……壊れる……)


「転ぶな。」


「が、がんばる……!」


《フィーネさん、その“がんばる”の方向性違います……かわいいけど》

(静かにしろ。)




 ふたりは手を繋いだまま寮まで歩いた。

 本当にただ歩くだけ。

 でも、その数十歩が、フィーネにとっては“人生で一番長い道”だった。


 寮玄関に辿り着くと、フィーネは手を離すまいとするように名残惜しげに指を絡ませ――

 でも勇気を振り絞って離した。


「……今日は、本当に……ありがとう……リアム君。」


「当然だ。」


「ま、またね……明日……教室で……!」


「ああ。」


 何度も、何度も振り返って、寮の中へ消えていく。


 リアムは、彼女の姿が完全に見えなくなるまで立っていた。


 そして、静かに目を細める。


(さて――残りの問題処理だ。)



女子寮からフィーネを送り届けたあと、

 リアムが裏庭へと戻ってきた時――


 夕暮れの光はすでに薄れ、

 学院裏庭は紫と群青の狭間で揺らいでいた。


 そんな静寂とは裏腹に、

 裏庭中央のクレーターだけが異質な存在感を放っている。


 ――そこには。


「う……あ……頭が……割れる……っ……」


「光のハンマーって……優しくないのね……

 いや、むしろ……悪意しかなかったでしょ……」


 巨大な陥没の中心で、

 アウルとリリアが“復帰中”だった。


 アウルは額を押さえ、まだ足元がふらついている。

 リリアは地面に大の字で倒れ、ジト目で夕空を睨んでいた。


 兄妹らの周囲には、まだ“光ハンマーの余韻”が漂っているのか、

 地面には焦げたような紋章の痕跡が残っていた。


 リアムはそんな2人を一瞥し――


「……まだ動けているなら十分だ。」


 冷たく評価した。


「リアムぅ……」


 リリアが、虫の息のような声で呼ぶ。


「何だ。」


「さっきのは……ちょっと……

 いや、かなり……やりすぎじゃない……?」


「お前がやりすぎた。」


「ぐっ……!」


 容赦はない。


 だが――次の瞬間。


 リリアの表情が“スッ”と切り替わった。


 頬を染め、やけに甘い声を作り、

 まるで恋人に寄り添うようにリアムへにじり寄る。


「で、でもぉ……

 お兄ちゃんの唇が他の女に奪われたって聞いたらぁ……

 世界3つ4つ滅ぼしたくなるのが、普通の妹心よ?」


 甘美な声音。

 しかし口にしている内容は地球規模の惨劇だ。


「なら3つ壊しかけたお前は何だ。」


 リアムは即答。


 リリアは胸に手を当てて深刻そうに言う。


「愛が重いだけよ?」


《重いどころか、ブラックホール級の重力ですリリア様……》




 空気中でリュミナのツッコミが虚空に響く。


 リリアは不満そうに頬を膨らませ――

 しかしすぐにリアムの服の裾をつまんで甘えるように揺らした。


「……で? その……フィーネとは、何したの……?」


 声が低い。

 笑っているが、目は笑っていない。


「送った。」


「送る“だけ”で終わったのよね?」


「……ああ。」


「“ああ”じゃなくて、詳細を説明して?」


「必要ない。」


「必要あるのよぉぉぉ!!」


 リリアが突然叫び、地面の草が黒く枯れた。


 アウルが慌てて手を挙げる。


「はいはいリリア、怒りの呪殺領域が漏れてるぞぉ。

 裏庭がまた死ぬから抑えて抑えて。」


「うっ……!」


 リリアの呪気が止まる。


 リアムは軽く息を吐いた。


(……本当に手間のかかる兄妹だ。)



リリアが世界3つ壊しかけた直後とは思えないほど、

 裏庭には一瞬の静けさが戻った。


 だがその静けさは――

 次の嵐の前触れでしかなかった。


 アウルは疲れたように髪をかき上げ、

 真面目な声色へ切り替える。


「……それとだな、リアム。」


「何だ。」


「アルカディアに残ってる兄弟たち――

 あいつら全員、お前に会いたがってる。」


 リアムはその言葉に、ほんの一瞬まぶたを伏せた。


(……セラフィナは違うがな。)


 セラフィナはすでにザラスト側で暮らしている。

 学院の別区画で“限定解放中”――

 魔力の漏出を制御しながら静かに生活している。


 だが、アルカディアに残された兄弟たちは――


 アウルは指を一本ずつ折っていく。


「ヴァルツ、ノワル、ネーレ、ダルム、ルフィ。

 “兄上はまだか”“兄上に触りたい”“兄上を見たい”の大合唱だ。」


 その瞬間、リリアの表情が引きつった。


「ちょっと待って。

 ノワルとネーレはまだ8歳でしょ?

 あの子たち、兄上に会ったら……

 絶対また仮面外してやらかすわよ。」


「ノワルは“石化で記念固定”とか言ってたな。」

「ネーレは“兄上の精神構造を見たい……”と呟いてた。」


「はぁ!? やめさせてよアウル兄!!」


「無理だ。止まらない。」


 兄妹の会話だけで、すでに学院が3回は滅ぶ。


 しかし――

 最も厄介な名前が出た瞬間、空気が重く沈んだ。


「問題は……ヴァルツだ。」


 アウルの声に、リリアが盛大にしかめ顔をした。


「特にヴァルツよ、ヴァルツ。

 “兄上の鼓動のリズムが聞こえる”って言いながら――

 勝手に地層を削って遊んでたわよ。

 学院の真下に来てたらどうするつもりなのよあれ。」


 リアムの眉がわずかに動く。


「……あいつはそういう性質だ。」


 その声音は、どこか“理解”というより“諦観”に近かった。


(ヴァルツ――俺の“否定”から生まれ落ちた影。

 忠誠や服従とは無縁、

 ただ俺が作る世界の“揺らぎ”を楽しみ、

 破壊と創造の境目で踊る存在。)


 アウルが苦笑を浮かべる。


「ヴァルツさ……

 “兄上の世界は、触れれば触れるほど形が変わる。

 創って壊して、また創る……

 ああ、永遠に遊べるじゃないか”

 って笑ってたぞ。」


 リリアは震える指でこめかみを押さえる。


「うちの弟、ほんとに壊すことを喜んでるのよ……

 止めようとしたら“リズムが乱れるから触らないで”って言われて……

 なにあれ、バケモノなの?」


《ヴァルツ様……狂気の方向性が一貫していて逆に美しいです……》




 兄妹の会話だけで背筋が寒くなる。


 まるで――

 “アルカディアごと崩壊しても笑っていそうな弟”が

 そこにいるかのような気配さえ漂った。



裏庭に響くのは、まだクレーター内部を震わせる残留魔力の唸りだけ。


 アウルとリリアがビクついた呼吸を繰り返す中――

 リアムは、砂埃の中で静かに口を開いた。


「……この世界では、お前たちの力を制限する。」


 その言葉は、雷より静かで――

 雷より重かった。


「え……?」


 リリアの瞳が揺れる。

 恐怖でも怒りでもない。

 “理解”が追いついていないのだ。


「追い出されるとか……じゃなくて?」


「排除はしない。

 だが――制御は必須だ。」


 リアムの指先がわずかに動いた瞬間。


 空気が震え、

 空間に金属のような光の線が走り――

 精密すぎる術式がせり上がる。


 それは魔法陣ではない。

 魔導式ですらない。


 “世界設定の書き換え”そのものだった。


 アウルの表情が険しくなり、

 リリアは喉を鳴らす。


「これは……っ……!」


 リアムは淡々と告げる。


「ヌル・ドメインと同じ効果の制御層を、

 お前たち全員に設定する。」


「ぜ、全員って……誰よ……?」


 リリアの声は震えている。


「アウル、リリア。

 セラフィナにはすでに適用済みだ。」


「な……っ、セラ姉にも!?」


「当然だ。

 あいつの本気は、世界の“地平”そのものを切断する。」


《リアム様……言い方が事実なのに容赦なさすぎます……》




 リアムはさらに続けた。


「そして――

 アルカディアに残っている四名にも、遠隔適用した。」


「四名って……」

 アウルの眉が跳ね上がる。


「ヴァルツ、ノワル、ネーレ、ダルム、ルフィ。」


「はあああ!?!?」


 リリアが裏返った声で叫んだ。


「ヴァルツにもやったの!?

 あの狂犬に!?

 “兄上のリズムが聞こえる……もっと壊していい?”とか言うアイツに!?」


「当然だ。」


 リアムは瞬きすらせず、淡々と言い切る。


「あいつの本気は――

 地形と理を壊す。」


 その瞬間。


 アウルもリリアも何も言えなかった。


 ヴァルツの狂気は、彼らの想像を超えている。

 兄妹でさえ、その“本質”には触れられない。


 アウルは苦笑しながら肩を落とす。


「……あいつ、本当に兄上が絡むと世界を弄りすぎるんだよな。」


「そうよ……!

 “兄上の世界は踊り場みたいだねぇ”って笑ってたの!

 怖いのよあの子は!!」


《ヴァルツ様……世界を壊す理由が“楽しそうだから”なの怖すぎます……》




 だがリアムの声は静かで、揺らがない。


「この世界は壊させない。

 だから――封じた。」


 淡々としたその一言は。


 兄妹にとっては、

 死刑宣告よりも“逆らう意味がない”ことを悟らせる力を持っていた。


 リリアが肩を落とし、力なく嘆く。


「……でも2割って……

 私、呪殺領域で森ひとつ消せるくらいしか出せないんだけど……?」


「十分だ。」


「十分じゃないわよ!!」


 アウルは乾いた笑いを漏らす。


「まぁまぁ、でもこれで安心だろ?

 ヴァルツがうっかり学院の地盤ひっくり返すこともない。」


 リリアが頭を抱えた。


「ヴァルツはさぁ……

 “兄上の世界、壊すと音が綺麗だねぇ”とか言うのよ!?

 恐怖でしかないわ……!」


 リアムは無表情で締めた。


「だから封じた。

 ……以上だ。」



場面は変わる――。


 王国から遠く離れた山脈の地下。

 ベルゼル連邦の心臓部とも言える漆黒の軍事施設。

 外界から切り離されたこの空間には、光も音も、本来の理すら届かない。


 だが、ここには世界の流れを揺るがす“観測”が集まっていた。


 円形の作戦室では、無数の魔導スクリーンが浮かんでいる。

 その一つに王国の緊急放送が映った。


王国特務戦力Royal Special Operator――

 リーダー・リアム・ヴェルナー――』


 その名を聞いた瞬間――

 中央に座るローブの男が、ゆっくりと笑った。


「……ようやく、姿を晒したか。」


 フードの奥で、瞳だけが赤く光った。


「魔薬王の器を破壊し、

 王都防衛結界を書き換え、

 こちらの隠密魔導師を“痕跡なし”で無力化――」


 くつくつ、と喉の奥で笑う。


「王国も、とんでもない“異常”を拾ったものだ。」


 側に控える部下が震えながら報告する。


「ベルゼル側の“フィーネ・レストリア拉致作戦”は全滅……

 隠密部隊4名は戦線離脱。

 学院に潜ませていた貴族の息子は……精神崩壊です。」


「駒など捨てればいくらでも補充できる。」


 男はスクリーンを眺めながら冷たく言った。


「問題は――駒を壊した“原理不明の力”だ。」




 別のスクリーンが起動し、リアムの行動解析が表示される。


・魔力波形:既知体系に分類不可

・空間操作:痕跡なし(完全な無痕転移)

・精神干渉:耐性持ち魔導師を即落とす異常値

・結界:王国最高位を上書き(理論外)

・存在圧:神代級反応(※観測不能領域あり)


「……ふむ。」


 男は細めた瞳で、その数値を眺めた。


「理論外。体系外。観測不能。

 王国は“人間のカテゴリ”に押し込んでいるようだが……

 実際のところは、何だ? これは。」


 部下が弱々しい声で言う。


「……連邦のどの研究記録にも一致しません。

 魔力理論上“存在し得ない”現象です。」


「だろうな。」


 男は立ち上がる。


「スキルでも、魔導式でもない。

 神代の遺物か、外界から流れた因子か……

 いずれにせよ、“この世界の理”に属していない異物だ。」


 ――“神が間違って与えた力”。

 黒幕は、その根元までは知らない。

 ただ、危険性だけは理解していた。


「名も、体系も不明。

 しかし王国にとっては最強の切り札……

 そして我々にとっては――脅威だ。」




「……さて。」


 男は指を鳴らした。


 複数の魔導スクリーンが切り替わり、

 王国全土の地図と“複数の封印区域”が表示される。


「ひ、ひひひ、一斉起動を……!?

 それは……!」


「魔薬は終わりだ。」


 男は静かに、しかし愉悦を隠しきれずに言った。


「次に必要なのは――

 “英雄殺し”の盤面だ。」


 背後のカプセルに封じられた“実験体”たちが、

 まるで呼応するように黒い光を発し始める。


「王国が英雄を作ったのなら、

 我々は――英雄を殺す“環境”を作る。」


「環境……と申しますと……?」


「盤面だ。」


 男は口元だけで笑う。


「駒など不要。

 駒では、あの少年には勝てぬ。」


 スクリーンには、手を差し出して少女を導くリアムの姿。


「――盤面ごと壊す。

 それが連邦の流儀だ。」


「ま、まさか……

 王国全土を巻き込む……?」


「当たり前だ。」


 男は断言した。


「英雄を殺すには、英雄だけを狙ってはならん。

 “世界そのもの”を変質させる必要がある。」


 赤い瞳が、ゆらりと光を増す。


「……さあ、少年。

 我々の“本戦”に来い。」


 魔導カプセルが一つ、また一つと起動する音。

 施設全体が低く震える。


「君が“理の外側”の存在ならば――

 こちらも“理ごと”殺しに行こう。」



その頃、王都――王城地下深部。


 普段は静謐で冷えた空気が張り詰める

 《大結界観測室(アストラ・モニタリウム)》に、

 異様な緊張が走っていた。


 円形の巨大水晶盤が、まるで心臓の鼓動のように脈打ち、

 複数の魔力波形が乱れながら浮かんでは消えていく。


「……誰か、説明してくれ。」


 防衛局長の低い声が響く。


 観測士の一人が蒼白な顔で叫んだ。


「学院方面から……数分前に――

 “神域級の呪力波”が検知ッ!!

 さらに、同時に“未知属性の制御フィールド”を確認!!」


「未知属性……? 既知の六属性に含まれんのか?」


「い、いえ! 分類不能です!

 波形が……理論から外れている!!」


 別の技官が震える声で報告する。


「さらに……光属性の質量攻撃級エネルギーが

 一度“生成”されて、即座に消滅しています。」


「消滅……? 誰かが相殺したのか?」


「いえ……この消え方は……

 おそらく――“発動者が握り潰した”ものです。」


「握り潰した!?」


 観測室全体がざわめいた。




 さらに、次の解析報告が入る。


「観測された魔力波形は……三つ。

 全て、王国階位の魔法使いでは説明不可能な値です。」


「三つだと?」


 観測士は水晶盤に手をかざし、波形を投影した。


「一つ目――

 RSOリーダー、リアム・ヴェルナーの波形。

 これは既に複数回観測済みの……あの異常値です。」


「……うむ。」


 それだけで魔導士たちは沈黙した。

“あの異常値”だけで国家規模の災害級判定なのだ。


「問題は二つ目と三つ目!」


 観測士が震える指で円の外を指す。


「二つ目:呪術系――属性は“闇”に近いが、

 それどころか……“生態災害波形”に近い。

 神域級の殺意の塊です。」


「ま、待て、それはまるで魔王クラスでは――」


「それ以上です。」


 観測士の声は限界に近かった。


「そして三つ目。

 光属性……いや、守護属性に極めて類似しながらも、

 神官の扱う聖法とは全く異なる理論です。

 ……こちらも神域級。」


「つまり……」


 情報局長は喉を鳴らした。


「王国に“人間の魔力”ではない存在が、

 同時に三体いた、ということか?」


「はい……。」


 重苦しい沈黙が観測室を覆った。





 そこへ、ゆったりとした足音が響いた。


「結論を聞こう。」


 王が入室した瞬間、全員が膝をついた。

 だが王はその礼を軽く手で制し、

 水晶盤を眺めながら静かに問いかける。


「三つの波形――敵か味方か。」


 情報局長は震えながら答えた。


「現時点では……

 リアム・ヴェルナーを中心とした行動のようです。

 学院を守るようにも見え……

 したがって“味方”側かと。」


「……なるほど。」


 王は微笑した。


「味方ならば、よい。」


「よい、で済ませていいのですか陛下!?!?!?」


 局長が半分叫ぶ。


「この数値、国家防衛局でも対処不能です!

 最悪、王都が消滅するレベルの――」


「ならば、なおさらだ。」


 王は静かに言った。


「制御できぬ力に、対抗しようとするのは愚か者のすること。

 ならば我々がすべきは――」


 王は、にやりとした。


「“機嫌を損ねないようにする”ことだ。」


「陛下ぁぁぁ!!

 それ、ほぼ諦めでは!?!?」


「そうとも言う。」


 王は楽しげに水晶盤を眺めた。


「RSOは……リーダーひとりではない。

 背後には、“王国を吹き飛ばせる兄妹軍団”がいると考えてよい。」


「そんな兵器みたいに言わないでください陛下!!」


「事実だろう。」


《王様、完全に“リアム様中心の超常戦力クラスター”として理解してますね》

(妥当だ。)




「よいか。」


 王は観測室全員に言った。


「彼らを恐れる必要はない。

 だが、敵に回す理由も作ってはならん。」


「はっ……!」


「RSOは王国の切り札だ。

 しかし、あの少年の背後にある“何か”は……

 切り札よりも遥かに恐ろしい。」


 その瞳は揺らがない。


「ゆえに――我々は、

 “最大限の敬意”をもって彼らと関わる。」


 王はまるで戦略を楽しんでいるかのように笑った。


「ただし……

 利用できるところは利用する。」


観測士たち「…………」


《リアム様、王様の肝が据わりすぎてますね》

(合理的だ。)



夜の帳が完全に落ち、学院全体が静寂に沈んでいた。

 昼間の騒動がまるで幻だったかのように、

 虫の声と風の音だけが、廊下の隙間をすり抜けていく。


 男子寮・リアムの部屋。


 薄い月光が差し込む中、

 リアムはベッドに腰を下ろし、宙に浮かぶ無数の“システムウィンドウ”を淡く照らしていた。


 その光は、魔導灯とは似ても似つかない。

 世界の裏側の“設定コード”を覗き見しているような、異質な輝きだった。




並ぶ設定ウィンドウ――。

神域の作業ログ。


【 RS0設定:正常稼働 】

【 ザラスト防衛結界:改良版(Lv.3)稼働中 】

【 アルカディア家族アカウント:出力80%制限 → 完全適用済 】

【 アルカディア家族:暴走フラグ 0件(※ヴァルツは例外扱い) 】

【 隣国ベルゼル連邦:監視タグ 更新(23件) 】

【 フィーネ・レストリア:危険度ログ → 保護対象タグ付与 】

【 魔薬関連:黒幕推定候補 → 43 】

【 世界安定度:52% → 61%(※微回復) 】


 膨大すぎる設定項目に、リュミナが呆れ果てた声を漏らす。


《……リアム様。

 今日だけで、普通の神族百柱ぶんの作業量なんですが。》




(慣れろ。)


《慣れません!!!》




 リアムは淡々とウィンドウを閉じていく。


「……これで、少なくとも“ザラストが即死する確率”は減った。」


《このスキル、どうして“即死”が前提で話すんですか!?

 ザラストはあなたの創造空間でしょう!?》




「家族が暴れるからだ。」


《それは……まあ否定できませんけど!》




 ウィンドウがまた増える。


【 リリア:暴走抑制 → 80%制限 安定 】

【 アウル:同様に安定 】

【 セラフィナ:一定領域内で問題なし 】

【 ヴァルツ:……“踊っている” 】

【 ノワル:石化事故ゼロ日更新 】

【 ネーレ:精神汚染事故ゼロ日更新 】

【 ダルム:満腹 → 安定 】

【 ルフィ:リアムとの距離 2.8m → 安定 】


《はい、ヴァルツ様だけコメントが意味不明なんですが。

 “踊っている”とは……?》




(気にするな。いつもだ。)


《全然安心できません!!》




 リアムはひとつ息をつき、目を細めた。


(……リリアもアウルも八割封印。

 セラフィナにも適用済み。

 残りの兄弟たちも――暴走は、当面防げる。)


 頭の中で、

 “兄弟にザラストを破壊される未来”が

 幾度も検証され、幾度も破棄されていく。


(……これで少しは、ここの世界も保つ。)


《“保つ”って言い方がもう神様側なんですよリアム様。

 あなたただの一年生なんですよ!?》




(事実だ。)


《事実って言わないでください!?》




 リアムはベッドに仰向けになり、天井を見上げた。


 視界の裏で、無数の情報が流れる。


 魔薬王の残滓。

 ベルゼル連邦の動き。

 学院を取り囲む監視網。

 王国の政治陣。

 五牙残党。

 RSOへの期待と恐怖。


 そして――


 震える手で袖を掴んだ少女。


 フィーネ・レストリア。


(……面倒が増えた。)


 だがその口調は、ほんの少しだけ柔らかい。




《リアム様。

 今日だけで、恋愛フラグが5本、

 災害フラグが6本、

 世界滅亡フラグが3本立ちました。》




(順番に折る。)


《折れる種類じゃないと思うんですが!?

 世界滅亡フラグは物理的に折れないのでは!?》




(やればできる。)


《自信だけは神級――!!》




 部屋の外は静かだ。


 だが、世界のあちこちで

 リアムという“異物”の存在に震えている者たちが確かにいた。


 王国。

 隣国。

 学院。

 そして――この星そのもの。


 誰もまだ知らない。


 この少年が、

 この“外れスキル《ChatGPT》を持つ存在”が、


 世界そのものの仕様を変えてしまう未来を。


 今はまだ、物語の序章にすぎない。




 夜空には星が散りばめられ、微かに瞬いている。


 それらの光が、

 この少年が動くたびに揺らぎ、

 運命の軌道を変えていく。


 ――そして第三章は、まだ始まったばかり。


 ここから先は、

 人も、国も、世界も、

 もう“元の線路”には戻れない。


 地獄の幕開けは、

 静かで、穏やかで、そして不吉な夜から始まる。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る