第10話 リアム、謁見の間で“支配者”となる


魔薬王を撃破し、学院へ戻ってきた翌日。

 まだ学院全体が騒ぎを引きずっている早朝――


 リアムは学院長室へ呼び出された。


 静かに扉を開けた瞬間、その空気は異様だった。


 いつもは整然と並んだ書類、整った香の匂い。

 しかし今は、空気そのものが“重い。”


 学院長アーヴィングが、机の前で腕を組みながら立っていた。


 老練な魔導師である彼が、珍しく眉間に深い皺を寄せている。


「リアム・ヴェルナー。」


「なんだ。」


「……王が、お前を呼んでいる。」


 リアムは瞬き一つせずに返した。


「断る選択肢は?」


「ない。」


「そうか。」


《リアム様、そこ“拒否もできるけど面倒だから行く”って空気出てます》

(正しくは“余計な騒ぎが増えるから行く”だ。)




 アーヴィングはその返答に小さく溜め息を落とした。


「魔薬王を“操っていた存在”が、別にいる可能性。

 王はそこに強い興味を示している。」


「王にしては動きが早いな。」


「……お前が魔薬王の本体を、

 “数分で片づけた”という報告が王城に届いたからだろう。」


 アーヴィングはゆっくりと椅子に腰掛け、指を組んだ。

 その視線は鋭く、リアムの瞳を射抜く。


「言っておくが――王は甘くない。」


「知っている。」


「いや、これは“警告”だ。

 あれは“王”として優秀だ。

 そして同時に――」


「“利用価値のある者を、必ず利用する”タイプか。」


 学院長は苦笑を浮かべた。


「助かるよ、話が早くてな。」


 リアムは肩を竦める。


「構わない。

 向こうが利用するなら、こちらもその分利用する。」


《リアム様、お互い様って言いながら心の中で“俺のが上だ”って思ってますよね?》

(当然だ。俺のほうが上だ。)




 アーヴィングは額を押さえた。


「……お前は本当に、王国という枠に収まらんやつだな。」


「最初からそのつもりはない。」


「だろうな。」


 学院長は、重い空気を振り払うように立ち上がった。


「ともかく、王城は既に迎えを手配している。

 おそらく、王国議会の要人たちも集まる。

 王自身も、お前の“素性”を探る気でいる。」


「探らせる気はない。」


「だろうな。」


《リアム様、そういう時は少しぐらい婉曲に……》

(無駄だ。)




「……しかしな、リアム。」


 学院長アーヴィングは、静かに言葉を続けた。


「もし王が、お前の力を“脅威”と判断したら……?」


 リアムは間髪を入れずに答えた。


「その時は、王国が終わる。」


 室内の空気が数度下がった気がした。


 アーヴィングでさえ、その場で一瞬呼吸が止まり――

 そして、次の瞬間には力無く笑った。


「……本音で言うな、心臓に悪い。」


「嘘をつく意味がない。」


「お前という災害を教え子に持った教師として、ため息しか出ない。」


《リアム様、災害扱いです》

(否定はしない。)




 学院長は最後にリアムの肩へ手を置いた。


「王城で、何があっても……“戦争だけは避けろ”。

 王国だけでなく、大陸が揺れる。」


「努力はする。」


「努力のレベルが違うんだよ……!」


 アーヴィングの嘆きが学院長室に響いたが、

 リアムは淡々と歩き出した。


 ――王が呼ぶなら、行こう。

 王国全体が息を呑む、前代未聞の対面が始まろうとしていた。



王都中心区・王政庁区画。


 転移門の白光が晴れると同時に、

 リアムの足元には、磨き上げられた白い大理石の床が広がっていた。


 両脇には天井へ伸びる太い柱。

 壁には金と紺を基調とした豪奢な装飾。

 奥へ進むたび、王国の歴史そのものが彫り込まれているような気配が漂う。


(相変わらず“見せ方”だけは完璧だな。)


《リアム様、心の中の辛辣コメントが漏れてますよ?》

(言わなきゃ問題ない。)




 案内役の騎士に導かれ、リアムは政庁の奥の一室へと向かった。


 重厚な扉が開く。


 深紅の絨毯。

 壁一面の巨大な本棚。

 窓越しの王都の景色。


 その中央に――ひとりの男が立っていた。


「お前が、リアム・ヴェルナーか。」


 低くよく通る声。

 灰色の髪を撫でつけた中年の男。

 鋭い眼光に、精密に整えられた髭。

 “王族に最も近い貴族階級”特有の気品と圧がある。


 胸元では王国議会“最高顧問”の紋章が冷たく光る。


** ギルベルト・アルヴァード。**


 ――ルネの、実の父。


(……ギルベルト。)


 リアムの視界の奥で、かつて研究施設の影がよぎる。

 白衣。冷笑。数字と実験結果しか見ていない瞳。


《リアム様、復讐ターゲットその1ですね。》

(今はその時じゃない。)




「王国議会顧問、ギルベルト・アルヴァードだ。」


 ギルベルトは微動だにしない。距離も詰めない。

 まるで高価な危険物でも観察するような視線でリアムを測る。


「学院一年にして魔薬王を屠り、

 五牙を沈黙させ、

 隠れ家を爆破した少年――と聞いている。」


「事実だ。」


「噂以上だな。」


 ギルベルトの表情はほぼ無表情。

 しかし、その瞳の奥では計算が絶えず動いている。


(眼つきが変わってねぇな。

 “素材”の値段を測る、あの冷たい視線だ。)


《リアム様、殴るのは第三章以降でお願いしますね?》

(分かっている。)




「報告は読んだ。」

「魔薬王の本体を捕縛、抗体ワクチン投与、遠距離爆裂魔法……

 学院一年生の理屈ではないな。」


「理屈を説明する気はない。」


 リアムは平然と切って捨てた。


 場の空気が張り詰める。


「……なんだと?」


「それらは俺個人の手段だ。

 王国に説明する必要はない。」


 ギルベルトの背後で騎士が喉を鳴らすほど、空気が凍った。


 だが本人は眉一つ動かさない。


「質問に答える気は、ないと。」


「ない。」


「……ふん。随分と強情だな。」


「当然だ。」


《リアム様、今日の“当然だ”回数もう二桁ですよ。》

(言うべき時に言っている。)




 ギルベルトは冷笑した。


「いずれ詳しく聞く機会を設ける。

 今は――王が待っている。」


「賢明だな。」


 リアムの軽妙な返しに、

 ギルベルトの瞳がわずかに鋭さを増した。


「最後に忠告しておこう。」


「聞くだけは聞く。」


「王は、お前以上に“策を用いる”男だ。

 利用価値があると思えば、どんな存在も利用する。」


「なら話は早い。

 俺も、王国も王も必要に応じて“利用する”だけだ。」


《リアム様、腹黒試験なら合格です。》

(誰のせいだと思っている。)




 ギルベルトは短く笑った。


「……やはり。“あの血”は確かに流れているな。」


 その独り言はリアムには届かない。


 だがすれ違う際、

 確かに二人の間に“冷たい線”が走った。


 それは血縁ではなく、

 「将来必ず交差し、切り結ぶ宿命」の線。


 リアムは何も言わず、案内役に促されて歩き出した。


 王の待つ謁見の間へ――

 ここからが、王国を揺るがす第二ラウンドだった。



玉座の間――王城の中心にして、王国最大の“威圧空間”。


 白金の円柱を囲む巨大な広間は、王族と国家を象徴する紋章で覆われ、

 どこを見ても武器を持つ騎士、

 高位魔導師、

 役職を示す制服をまとった重鎮ばかり。


 その中心――

 紅の絨毯の先に座るのは、この国の頂点。


 ザラスト王国・国王 ルドヴィーク三世。


 リアムは膝もつかず、深く頭も下げず、

 ただ静かに国王の前に立っていた。


(なんだこの空気……殺気じゃない……“格”だ……)


 リースは背中を伝う汗を感じていた。

 R S O(王国特務戦力)であるはずの彼でさえ、

 王宮の空気と視線の重さに喉が鳴る。


 そんな中――

 最も平然としているのは、リアムだけだった。



「まずは礼を言おう。」


 国王の声は低く、よく響く。

 喉を震わせる音圧は、威厳そのもの。


「魔薬王の隠れ家を壊滅させ、

 五牙を無力化し、

 魔薬の流通を一時的にせよ断った功績――

 王として、感謝する。」


「……そうか。」


 リアムの返答は、

 驚くほどあっさりしていた。


 その瞬間、

 側近たちの眉が一斉に跳ね上がった。


「あ、あの態度……!」

「陛下に対してその返事は……!」

「本気で自覚がないのか、あの少年は……!」


 騎士団長が剣の柄に手をかけかける。

 だが国王は片手を軽く上げ、それを制した。


「だが。」


 王の声が、重く落ちる。


「これから問うことは別だ。」


「問え。」


 リアムは、感情もなく答えた。



「魔薬王は“駒”だった。

 その背後に、さらに黒幕がいると聞いている。」


「事実だ。」


「では――その黒幕の正体について……」


 国王が核心へ踏み込んだ、その瞬間。


「答える気はない。」


 ――音が消えた。


 玉座の間の、

 百を超える視線が、同時にリアムへ向けられた。


「……は?」


 最初に声を漏らしたのは情報局長。


「き、貴様、誰に向かって――!」


 騎士団長が半歩前へ踏み出す。


「無礼者――!」


 魔導師団長が魔力を練り始めた、その時。




 広間全体に、“重圧”が降りた。

 まるで空気そのものが固まり、押し潰そうとしてくるような感覚。


「ぐ、ッ……!」

「ひ、膝が……勝手に……!」

「魔力が……逆流……ッ!?」


 屈強な騎士たちが膝を折る。

 高位魔導師たちが杖を支えに立つのが精一杯。

 役人たちは顔面蒼白となり、呼吸さえ乱していた。


「な、なにが……起きて……!」


 しかし――

 リアム自身は、何一つしていなかった。


ただ“存在している”だけ。 ただ“そこに立っている”だけ。


 それだけで、この広間の空気は耐えられなくなる。


《リアム様、王様の前で“空気圧殺”みたいな真似するの、普通の人なら即刻死刑ですよ……!》

(攻撃していない。ただの“存在感調整”だ。)

《その“調整”が規格外なんですってば!!》




 国王でさえ、表情こそ崩れないが、額に汗がひと筋流れた。


 それでも――

 彼は、玉座から姿勢を崩さなかった。


(……本当に王だな、こいつ。)



「……理由を、聞いてもいいか。」


 国王は、絞り出すように言った。


「王に訊かれる筋合いはない。」


 再び静寂。


 周囲の人間の心臓の鼓動さえ聞こえてきそうな沈黙。


(お、おい……リアム……本気でやってんのか……?)

(国王相手にケンカ売るとか……普通、一発退場だろ……)


 リースが密かに頭を抱えた、その時。


「……そうか。」


 王は、笑った。


「“答える気がない”と言えるということは――

 何かしら“別の条件”をこちらに課すつもりなのだな。」


「察しが早いな。」


「王だからな。」


 リアムは、ほんの一瞬だけ王を評価する眼をした。


《リアム様、“あーこいつ無能じゃねぇな”って顔です》

(ギリギリ及第点だ。)




 その軽い心の声に、リュミナが苦笑した。




「……いいだろう。

 黒幕の話は今ここでは問わん。」


 王は、力を抜きながら腕を下ろした。


「だが――

 お前が“敵ではない”ことだけは、

 ここで証明してもらう必要がある。」


「それは、状況による。」


「状況?」

「なんだ、その曖昧な……!」


 周囲の重鎮がざわめく。


 だが、リアムは淡々と告げる。


「俺は王国の味方ではない。

 敵でもない。

 ……“利用し合う関係”でいい。」


 国王は、しばらく考え込み――

 やがて深く頷いた。


「――良いだろう。」


 その一言で、玉座の間の緊張が緩む。


 しかし同時に、

 この日、王国中のスパイと情報機関は悟った。


この国は、“災害”と同じ空間で息をしている。



玉座の間に張りつめた緊張が、

 王の一言で、また新たな波を生んだ。


「では、こちらも条件を出そう。」


 王ルドヴィーク三世は、片手を上げて家臣たちを制し、

 重々しく続けた。


「リアム・ヴェルナー。

 お前を王国特務戦力Royal Special Operator――

 通称RSOとして正式認定したい。」


 その言葉に、

 謁見の間全体がざわり――と揺れた。


「王国特務戦力……!」

「まさか……“対国難級”の枠じゃないか……!」

「軍すら越え、王直下で動く独立戦力……そんな席を一年生に……!?」


 RSOとは、

 王国にとって“切り札”そのもの。

 騎士団でもなく、軍でもなく。

 議会ですらなく。


 王個人の命令でのみ動く“王の影”。


 それを学院一年に授けるなど――

 本来あり得ない話だった。


 王は視線を外さずに続ける。


「魔薬王事件のような国難に際し、

 王は、お前に“直接”依頼を出す。


 軍ではなく。

 議会でもなく。

 王個人として。」


 玉座の下の空気が、ひやりと変わった。


「……王直轄の駒になれ、ということか。」


「そうとも言う。」


 リアムは、首をほんの少し傾けただけで答えた。


「条件がある。」


「言え。」



「一つ。

 俺は王国の“犬”にはならない。

 RSOとしての依頼時だけ動く。

 それ以外は縛れない。」


「……いいだろう。」


 即答。

 周囲がざわつく。


「陛下!?」

「勝手すぎます!!」

「そんな独立裁量、一級戦犯のような……!」


 王は軽く手を振り、黙らせた。


「二つ。」


 リアムの声は、静かすぎて逆に響いた。


「情報局、軍、ギルド、学院――

 魔薬および黒幕に関する情報は、

 すべて俺に開示しろ。」


「……っ!」


 家臣たちの顔が変わる。

 不可能に近い要求だ。


「国の機密だぞ!?

 少年に渡せるわけが――!」


「黙れ。」


 王の一声で、すべての反対が消える。


 そして――

 王はリアムを真正面から見据えた。


「それだけの情報を渡しても、

 お前は“王を裏切らない”と保証できるか?」


「保証はしない。」


 空気が、凍った。


 謁見の間の全員が、

 “殺気”に近い緊張を背骨に感じた。


(こ、こいつ……本当に言いやがった……)

(王に対して“保証しない”なんて……処刑レベルだぞ……!?)


 だが、リアムは微動だにせずに続けた。


「だが――

 “この国を壊す利点が今の俺にはない”ことは保証できる。」


「……理由は?」


「利用価値がある。」


 あまりにも正直で、

 政治的な嘘も飾りも一切ない。


 王国と少年が“対等”に立っているという事実が、

 ここにいた誰よりも重く響いた。


 王は一瞬だけ目を丸くしたが――


 次の瞬間、笑った。



「……いいだろう。」


「陛下!? 本気で!?

 こんな危険人物を国の裏切り防止なしで……!」


「よく言うだろう?」


 王は立ち上がり、

 玉座の階段をひとつ下りる。

 それだけで、周囲がひれ伏すように空気が沈む。


 王は言った。


「“自分を殺さない理由を持つ怪物ほど、

 味方として頼もしい存在はない”と。」


 リアムは僅かに目を細めた。


(……王としての器はあるか。)


> 《リアム様、それたぶん褒めてますよね?》

(まあまあだ。)

《上から目線!!》





 玉座の間にいる全員が理解した。


 ――この少年は、王国の下につく気はない。

 ――かといって、敵対する気もない。


 ただ純粋に、

 王と並ぶ“交渉者”として立っている。


 それを受け入れられる王かどうか。

 それが、この国の未来を決める。


 王ルドヴィークは、

 ゆっくりとリアムへ手を差し伸べた。


「では――リアム・ヴェルナー。

 お前を王国特務戦力RSOとして正式に迎えよう。」


 リアムは、その手を取らずに答えた。


「……協力するのは、“必要な時だけ”だ。」


「それで十分だ。」


 王が笑った。

 リアムは無表情のまま、その言葉を聞き流す。


 瞬間――

 この国の“力の序列”が、静かに塗り替えられた。



「では、こちらからも一つ、提示がある。」


 リアムの声は、ただの少年のものではない。

 謁見の間が一瞬、わずかに震えたようにさえ感じた。


 王ルドヴィーク三世が眉を上げ、

 家臣たちの視線がリアムに集中する。


 リアムは、王城の天井を見上げた。

 だが彼の視線は、ただの天井ではない。

 そのさらに上――王都全体を覆う巨大防衛結界へ向いている。


王都防衛結界アーク・バリア。」


 その名を、まるで創造者のように口にした。


 魔導師団長が青ざめる。


「な、何故……その名称を、外部の者が……!」


「結界構造はすべて把握している。」


 リアムは軽く目を閉じた。


 その瞬間――

 彼の内側に、王都を包む膨大な術式が“展開する”。


(末端ノード数一二四三。

 古い層には劣化、歪み、外部干渉の隙……。

 修復すべき点が多すぎる。)


《リアム様、国家防衛結界を“雑な設計”扱いするの、やめてあげて……》

(事実を言っただけだ。)




「何をするつもりだ?」


 王の問いは静かだが、

 その奥に警戒と興味が混ざっている。


 リアムは当然のように言った。


「この国の防衛を――

 一時的に“乗っ取る”。」


「「「――――はあああああああああ!?!?!」」」


 謁見の間が、本当に爆発した。

 怒号、動揺、絶叫、混乱――すべてが混ざり合う。


「そ、それは……国家反逆に等しい!!」

「何を言っている!? 防衛権限は王国の根幹だぞ!!」

「陛下、拘束を――!」


 リアムはただ、指を鳴らした。


パチン。


 その一瞬――

 王都の空全体が、青白い光で染まった。


 天井を突き抜け、

 空へ、空へ、光の陣が幾重にも展開されていく。


 王都の塔と塔を繋ぐ光。

 結界の外周に流れる魔力の奔流。

 古い結界に、新たな術式の“上書きパッチ”が流れ込む。


「外の結界が……反応している……!?」

「誰だ!? 誰が術式にアクセスを!?」

「防衛ノードの挙動が……!?」


 魔導師団の報告が、次々に押し寄せた。


 リアムは淡々と呟く。


「元の設計者は悪くない。

 だが古すぎる。」


 まるで、古い機械の埃を払うかのように。


「王都内に残っていた魔薬の残留反応は、

 すべてこの結界に統合して“検知・排除”させた。」


「…………」


「加えて――」


 リアムは指先で空をなぞった。


「一定以上の魔薬反応が出れば、

 自動で王国情報局に座標を送る“監視タグ”も仕込んである。」


 無造作に言うが、

 それは本来なら王国に数年かかる大事業だった。


「おま……ま……待て……!!」

「国家基幹術式を勝手に改造して――!」

「いや……しかし……確かに、格段に質が上がっている……!」

「便利すぎる……こんな完成度、聞いたことがない……!」


《リアム様、やってること普通にクーデターですけど……》

(改善しただけだ。)




 だが――

 この場でただ一人、王だけが静かな目で見ていた。


「リアム・ヴェルナー。」


「なんだ。」


「……我が国の防衛結界を、

 “一瞬で解析し、上書きし、拡張した”と言ったな。」


「事実だ。」


「もしその逆――“破壊”を選んでいたら?」


 リアムは淡々と答える。


「王都は、今ごろ全裸だ。」


「…………」


 王は短く息を吐き、

 数秒の沈黙の後――ゆっくりと笑った。


「――よし。」


「よしじゃねぇだろ陛下ァァァァ!!!」

「王都を握られて『よし』はおかしい!!」

「危険だ! 危険すぎる!!」


 家臣たちの悲鳴にも似た声に、

 王だけが確信に満ちた声で言い放った。


「これで分かった。」


 王は、自らの足で玉座を降りる。

 階段を一段降りるごとに、空気が震えていく。


「――この王国の“上”に立つ存在が、

 今日ひとり、生まれたのだ。」


 リアムは理解したように、少しだけ目を細めた。


「……王の上に立ったつもりはない。」


「いいや。」


 王の声は、玉座よりも重く響く。


「この王都を“一瞬で救える者”は、

 同時に“一瞬で滅ぼせる者”でもある。」


 王はリアムの前に立ち、宣言した。


「ゆえに――

 我はお前を“王と並ぶ椅子”に座らせる。」


「……?」


王国特務戦力RSO第一号――

 リアム・ヴェルナー。」


 王は高らかに告げた。


「貴様は今日から、

 王国の“切り札”であり、

 “監視者”であり、

 時に“王の抑止力”ですらある。」


「陛下!! それ、王権の半分を少年に預けたようなものです!!」


《リアム様、今、王様自分で“上から抑え込まれるブレーキ”をつけちゃいましたね》

(まともな判断だ。)



謁見の間を後にし、王城の大階段を下りる。

 広い回廊に敷かれた赤い絨毯は、足音ひとつ吸い込むほど静かだった。


 ――だが、外の景色は違う。


 つい数時間前まで空を覆っていた、

 王都防衛結界の巨大な魔法陣は完全に消えたはずなのに……

 王都の空気は、まだ“異質な魔力の残滓”で震えていた。


 それは、王国全域が肌で感じるほどの異変。

 いや、“改善”とも言える変化。


「……やりやがったな、お前。」


 隣を歩いていたリースが、

 深く息を吐くように笑った。


「王都まるごと乗っ取って、

 『改善しておいた』って顔してんじゃねぇよ……。」


「改善しただけだ。」


「そういう意味じゃねぇんだよ、普通は……。」


《でも結果的に、王国側は“リアム様を敵に回さない方が得”って学習しましたしね》

(それで十分だ。)




 王城の門をくぐり、夜の王都へ出る。

 舗装された石畳に浮かぶ魔灯の光が、ふたりの影を長く伸ばした。


「でさ。」


 リースが空を見上げながら言う。


「魔薬王の背後にいる“黒幕”ってのは、

 掴めなかったのか?」


 リアムは一瞬沈黙し、

 魔薬王の“人間の顔”を思い出す。


 瀕死から人間に戻った彼は――異様なほど軽かった。

 まるで中身が抜け落ちた人形のようだった。


 リアムが《記憶覗き》をした瞬間――

 魔薬王の脳に仕込まれた“記憶抹消の呪い”が発動した。


(だが……)


 リアムは《ChatGPT》を最大限に展開し、

 “呪いがかかる前の脳構造”を仮想再構築し、復元を試みた。


 結果――


 完全失敗。


 理由は単純だった。


 “そもそも黒幕に関する記憶は最初から存在していなかった”。


 魔薬王の脳は、最初から“空白”として造り替えられていた。


《リアム様。つまり、魔薬王は……》

(ああ。“黒幕に使い捨てられるためだけに造られた駒”だ。)




「まぁ、取りあえずだ。」


 リアムは指を鳴らした。


パチン。


「魔薬の波は、この時点で完全に断った。

 広がる芽は一本残らず潰した。」


「……十分すぎる成果だろ……。」


「足りない。」


 リースが驚いたように顔を向ける。


「足りねぇのかよ……お前、王都ごと救っておいて……。」


「黒幕は必ずいる。」


 リアムの声は、夜よりも静かに冷えていた。


「魔薬王を駒として使い捨て、

 脳を書き換え、

 王国と学院に“試すように”動かし――

 そのうえで、何の痕跡も残さなかった存在。」


 リアムの瞼が静かに伏せられる。


「――そいつが本命だ。」


 リースは息を飲む。


「例の“王都の空気”……もしかして、そいつが……?」


「違う。」


 リアムは否定した。


「もっと深い影だ。

 この国どころか――大陸の裏側を動かす何者かだ。」


 リースの背筋がひやりとした。


(まだ……“上”がいるのかよ……)


 リアムは歩きながら、夜空を見上げた。


(第二章……ここで区切りだな。)


《リアム様。“区切り”って言いながら章タイトルを自分で管理する主人公、なかなかいませんよ》

(読者は整理しやすいだろう。)




 遠くで王都の鐘が鳴った。

 その音が、まるで“第三章の鐘”のように響く。


 王国は震撼した。


 ――王と、災害級の少年が並び立つ前代未聞の現実に。


 だが、本当に震えるべきは――

 まだ姿すら見せていない“影の主”たちの方だ。


 神が間違って授けたはずの外れスキル《ChatGPT》。


 その規格外さを、

 この世界が本当に知るのは――


 まだ遠い先の話ではない。


 そして――

 第三章が、静かに幕を開ける。


 




 








 

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