英雄なんてゴメンだ

 俺は水飲み場で口を濯ぎ、水を飲んで落ち着く。


「お前、楽観的だからああいうの平気だと思ってたわ」


 本気で気持ち悪くなってはいないが、吐くという行為自体がキツいので辛そうにしているのは演技ではない。そんな俺を見て悠己が軽く言った。


「ま、つっても俺も結構堪えたし、こうやって離れられてラッキーだわ」


 迷惑をかけたという意識をさせないための言い回し。本当にいいヤツだ。


「戦闘キッツいなぁ。ちょっと今日は部屋で休んでるわ」

「おう。勝手な行動は、っつうだろうが無理にとは言わねーだろ。訓練の度に吐かれちゃ嫌だろうしな」


 茶化すようだが俺のことを考えてくれてのことだ。


「文句言われる役は任せた」

「言い方」


 脇腹を小突かれる。悠己は笑って立ち去っていった。


「さて」


 俺は言って大人しく部屋に戻る。だが折角できた時間だし有効活用はさせてもらう。


 生産系スキルのレベル上げを始めた時に素材をいくつか受け取って収納していた。だから部屋でも作業ができる。流石に鍛冶台みたいなのは貰えなかったので『錬金』と『裁縫』がメインだ。

 必要なのは衣服。先生を逃がすことを考慮して先生の分も用意しておく。針と糸、鋏に手押しの機織り機まで貰っている。やっているだけでレベルはがんがん上がるし成長期のおかげで上達も早い。


 因みに最近は人前でステータスを開かないようにしていた。

 まさか俺が寝ずにレベル上げに勤しんでいるとは誰も思わないだろう。『刻印』で【眠気覚まし】とか【疲労回復】とか色々使って無理矢理夜起きて色々やっているのだ。

 刻印の便利さは異常。まさか【魔力持続回復】でMP回復ができるとは思わなかった。最初に使用したMPよりも多く回復できるのでずっとかけた状態にして使っていた。多分俺のイメージがゲームだからだろうな。ゲームのMP 回復スキルって消費したMPより多く回復しないと意味ないし。


 『錬金』には難しい裏技だが、『裁縫』で創ったモノを解いて糸に戻してからもう一回創ることができる。それを繰り返して素材を節約しつつレベル上げができているのだ。


 クラスメイトの雑談を聞いていた感じ、レベルは二十くらいらしい。実戦の方がレベルが上がるそうだから坂俣や今頃モンスターを倒している他のヤツはもっと上だろうが。俺のレベルは現時点で二十七。今日の坂俣を見ていた感じステータスの上がり幅に莫大な差があるようには感じなかった。真剣だったし手加減はしていないだろう。


 そんなわけで今なら勇者ともいい勝負ができると思う。とはいえ油断は禁物だ。ステータスでいい勝負ができるだけで、俺は実戦から離れている。実戦経験を積んだ相手の方が強いのは当然だ。


 まぁ勇者二人と戦うようなことはないだろうけどな。


 老人や騎士団長、魔術師団長との戦いに備えておく必要はあるだろうが。戦いにならず穏便に逃げ出したいところだ。


「役立たずは川流し、って感じで争いなく離脱したいよなぁ」


 というのが俺の本音。川流しに遭っても別に生きてはいけるしな。戦争に巻き込まれるのもゴメンだが、気づかぬ内に悪行に手を貸す方が嫌だ。


 異世界モノの処理として川じゃなくてダンジョンへの追放が定番だ。強大なモンスターが大量にいるから誰かが殺人を犯すことなく人を殺処分にできる。実に合理的な方法だ。大抵の場合そこで強さを得て最強無双モードに突入するのだが。俺はそういうのは求めていない。強敵との死闘もゴメンだ。程々に平穏無事に過ごしていたい。


「やっぱ情報が欲しいか」


 部屋で独り言ちる。もっと色んな情報が必要だ。この国? のこと。

 俺は戦闘向いてないので路銀貰って責務から逃げますって言ってどうにか離脱する。老人は俺に期待してなさそうだったし上手くやればできるはずだ。


 ここを出てしまえば行動を制限するのは難しい。情報集めも捗るというモノだ。


 食糧やなんかを入れることを考えると容量に余裕はないかもしれないが。俺自身のレベルが上がる時にスキルのレベルもちょっとは上がるみたいなので地道にレベルを上げておくしかないか。


 俺の睡眠、しばらくなさそうだなぁ。


 安眠を貪れるその日まで努力するしかない。

 翌日の戦闘訓練も初っ端から気分悪くなったフリで離脱した。老人から失望を隠さない目で見られたが好都合だ。あと錦城さんは休みだった。昨日のが堪えた、ということらしいが本当だろうか。彼女結構豪胆な気がする。演技じゃないかと疑ってはいる。

 三日連続で実戦訓練をサボった後、老人が一人の時に会いに行った。もちろんそこにいることを知っているとは思わせないように。きょろきょろしながら探して、人に聞いて辿り着いた。方向は老人のいる方にしたが怪しまれてはいないだろう。


「すみません、お話が」

「なんだ」


 老人は明らかに嫌そうな顔で返事をした。


「あの、実戦、無理だと思うんです。だからその……私を英雄の責務から外してもらえませんか?」


 恐る恐るという風に告げる。


「ふむ……」

「元々戦闘職ではなく、どうしても殺しに前向きになれません。……あなたもスキルが生産系ばかりでがっかりしていたようですし」


 俺がつけ加えると、老人がぴくりと片眉を上げた。


「皆の足を引っ張るくらいなら、早めに辞退した方がいいと思いまして。どうか、お願いします」


 深く頭を下げる。相手側としても穏便に足手纏いを追放できるとなれば悪くない話だと思う。

 老人はしばらく黙っていたが、諦めたように息を吐いた。


「……わかった。そこまで言うなら意思を尊重しよう。千人力の英雄が一人欠けるのは痛手だが、勇者が二人もいる今回はある程度補えるだろう。勇者二人に感謝することだな」

「ありがとうございます」


 老人の譲歩にほっとした感じを出しつつ礼を述べる。それから差し出がましい申し出として路銀やら食糧やら物資の要求もした。呆れられていたが了承してくれた。多分本当にくれる。穏便に追い出した方が、他の生徒への言い訳が立つだろうからな。


 よし、後は完璧な離脱への準備と、新垣先生をどう助けるかの作戦を練らないとな。

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