第6話 仲間

その夜、二人は雑居ビルの3階にある居酒屋にやって来た。

奥に座っている団体の一人が理乃に気付いて声をかける。

「おう!理乃じゃねぇか。店の同伴相手でも探しに来たのか?」

「違うわよ。店辞めたの。あと、今日はゲストがいるのよ。」

理乃が男たちに近づき、入り口に視線を向けさせる。

賑やかだった集団は一瞬静まると、どよめき出した。


「翔吾?!こりゃ珍しいじゃねえか。ってことはお前ら営業帰りか?理乃もいつの間に営業に戻ったんだよ。」

最初に声を掛けた男の横に理乃と翔吾は並んで腰を掛ける。

「今日から復職よ。今日は普通に引っ越しの準備をしてただけ。復職の挨拶ついでに相棒も連れて来たの。」

理乃と翔吾を囲むように男たちが集まってきて、自己紹介や挨拶をしていく。翔吾は戸惑いながらも全員と杯を交わしていく。


「…こんなに囲まれたのは初めてだ。」

少しだけぐったりとした表情の翔吾を見て、理乃は声を上げて笑う。

「そりゃ物珍しさで寄ってくるわよ。社長の息子で営業部のエースが初めてこんな場に来たんだもの。挨拶くらいしなくちゃ失礼でしょ。」

「そんなもんなのか。社長の息子で営業のエースか…。何かむず痒いな。」

少し頬を赤らめて翔吾は苦笑いを零す。


「皆のこんな様子、初めて見たんじゃない?」

「…そうだな。こんな風にふざけている姿は初めてだ。仕事の時の冷酷な面とは真逆だな。普通の会社員になった気分だ…。」

穏やかな翔吾の表情を見て理乃はジョッキに口を付ける。

「仕事内容は特殊かもしれないけど、それでも居心地がいいと思えるなら悪くない職場なんじゃない?」

「悪くない職場、か…。お前がいるからそうと思えるのかもしれないな。」

複雑な表情を見せる翔吾に理乃は上機嫌に肩を組み顔を近づける。

「嬉しいこと言ってくれるじゃん。やっぱ相棒が一番ってか?」

「何だよ?お前、飲み過ぎじゃねえの?ちょっと水飲めよ。」

「はぁーん?毎日店で飲んでたのよ?こんなの水と変わらないわよ。アンタだって同じくらい飲んでるのに平気じゃない。」

ジョッキを勢いよく空にして、理乃が翔吾を睨む。

周りから「いちゃつくなら家でやれ」「復縁したからって浮かれるな」などと野次が飛び、翔吾は理乃の腕をを振りほどく。


「お前らぁっ!今日は『勝利』の復活記念だ!朝まで逃げんじゃねぇぞっ!!」

理乃はジョッキを高々と掲げて声をあげると、その場にいた全員が盛り上がる。理乃はその中にいた若い男に声をかけ手招きをした。

「君、山本だったよね?この前はお店来てくれてありがとね。せっかくだから翔吾と話しなよ。」

山本と呼ばれた男は嬉しそうに翔吾の正面に腰を掛ける。

「翔吾さん!先日はご指導ありがとうございました!俺と少ししか歳が離れてないのに、営業部の稼ぎ頭で道具の扱いも誰よりも正確で、めちゃくちゃ尊敬します!是非お話を聞かせてほしいです!もちろん姐さんのお話も聞かせて下さい。」

「別に、俺は歴が長いだけだからな…。この環境にずっといれば自然と見につくことだよ。」


翔吾が小さく笑う様子を見て理乃は優しい目を向ける。

「翔吾が人の前でそんな顔するのレアだね。山本君、翔吾が声出して笑ったらベレッタの最新型頼んであげるよ。」

「おい、理乃…」

「姐さん!マジっすか?!」

翔吾が言い終わる前に山本は目の輝きをますます強めて食い付いてきた。

「私も新しいの頼むからついでに頼んであげるよ。やる?」

ニカッと口角をあげる理乃を見て翔吾はため息をつく。


「おし!じゃあとっておきの話をさせてもらいますね?ベレッタちゃんのために頑張りますよ!覚悟してくださいね。」

山本はスーツの袖を捲り上げ、張り切って話を始めた。

自分の身の上話、仕事の失敗談、気になっているキャバ嬢の話、翔吾の尊敬している点などひたすらに話していた。

「ふっ…お前ずっと話してるんだな。どんだけネタがあるんだよ。」

翔吾のツボをついたのは、山本のそんな話している様子だった。


「あ。笑った。」

理乃と山本は同時に翔吾を見つめた。

「姐さん!これは俺の勝ちですね?!」

嬉しそうに山本は理乃の方に向き直る。

翔吾は恥ずかしそうにビールを口にした。

「やるわね、山本君。ベレッタ入荷したら声かけるわ。」

「あざす!仲間たちに自慢してくるっすわ!理乃姐さん、翔吾の兄貴、失礼します!」

嬉しそうに仲間のいるテーブルへ戻っていく山本を理乃は軽く手を振って見送る。


「少しは楽しかった?」

得意気に理乃が翔吾に笑いかける。

「…俺を賭け事に使うな。しかも新作のベレッタなんて俺も触ったことないのに。」

ムスッとした表情でビールジョッキを空にする。理乃は追加のビールを頼むと翔吾に向き直る。

「翔吾も新しい拳銃ほしいの?」

「ほしいというか気にはなる。使い慣れているやつも大事だが、軽量化されているものなんかは使ってみたいと思うな。」

翔吾が訓練室や武器庫で他人の持ち物に興味を示していたことを理乃はなんとなく思い出す。

「そういうことならちょっと待ってて。」

理乃は席を離れて1人の男を連れてくる。

「翔吾、こちら調達担当の森ノ宮さん。ベテランだから拳銃以外にもナイフとか色々話を聞けばいいよ。」

「森ノ宮堅弥だ。話すのは初めてだな。武器や道具が気になってるんだったらいつでも声掛けてくれりゃよかったんだぜ。」

理乃に紹介された男は翔吾の前に座り、ジョッキを差し出す。3人で乾杯をして翔吾は森ノ宮と武器について話始めた。


「…タガーにするなら刃渡りは今のサイズより小さくてもいいかもしれんな。それか素材をカーボンにするか。ハンドルの素材も色々あるから試してみるか?」

森ノ宮はスマホで簡単に説明をしながら翔吾の要求に見合ったものを提案していく。興味深そうに聞き入る翔吾の様子を理乃は微笑ましく見つめていた。

「気になるものが多すぎるな…」

翔吾の困った様子を見て理乃は薄く笑う。

「まずは武器庫にあるの試させてもらったら?その中で使いやすいのカスタムしたらいいじゃない?それくらいはできるでしょ?」

「そうだな。俺のコレクションも多少なら使ってみたらいい。翔吾なら粗雑に扱ったりしねぇだろうしな。」

理乃の提案に森ノ宮も頷く。

「あぁ。明日は理乃の引っ越しがあるから明後日にはそちらに伺うよ。」

「了解。会社着いたら連絡くれ。理乃の注文は届いたら追って沙汰するよ。」

森ノ宮に渡された連絡先を翔吾は大事に名刺入れにしまった。

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