第40話 #星見坂で、君に言う

 その日、昼休みのチャイムが鳴った瞬間、胸の奥が変にうるさかった。

 ひよりからのメッセージ――「次は、蒼汰くんの番ですね」。

 あれ以来、頭のどこかでずっと響いている。

 “番”ってつまり、“俺が答える”ってことだ。


 ……やばい。

 昨日から返事の練習を、五十通りくらい考えたのに、どれも違う。

 いざ“本番”ってなったら、どうすりゃいいんだよ。


「真嶋、お前、顔死んでるけど大丈夫か?」悠真が弁当を箸でつつきながら言った。

「問題ない」

「いや、問題だらけだろ。見ろよ、自分でほっぺ突っついてる」

「確認だ」

「顔の筋肉確認するやつ初めて見た」

「お前もやってみろ」

「遠慮するわ」


 悠真が弁当の唐揚げを一個つまんで俺の弁当に入れる。

「ほら、糖分と油分で幸せになれ」

「薬みたいに言うな」

「で、七瀬とは進展あんの?」

「……あった」

「マジ!?」

「ラブレター、もらった」

「お前、もうドラマの主人公かよ」

「……いや、次、俺が言わなきゃいけないらしい」

「え、告白返し!?」

「その言い方やめろ」

「じゃあ“反射告白”な」

「余計ダサいわ」


 放課後。

 ひよりからメッセージが届いた。


『今日の放課後、星見坂に来てください。話があります。』


 星見坂。

 学校の裏にある、見晴らしのいい坂道。

 校舎よりも高い位置から、町の灯が見渡せる場所だ。

 この季節、空気が澄んでる日は星まで見える。


「……まじか」

 心臓が一拍、跳ねる。

 これは、もう“練習”じゃない。

 “誤解”でもない。

 逃げ道ゼロの、“本番”だ。


 夕暮れ。

 坂の上には、ひよりが立っていた。

 風が少し冷たくて、彼女の髪がゆっくりと揺れている。

 “また話そうライト”を手にして、俺を見て笑った。


「来てくれて、ありがとうございます」

「……あたりまえだろ」

「今日、空がきれいなんです。星が、たくさん見える」

「ほんとだな」


 二人でしばらく空を見上げる。

 街のざわめきが遠く、風の音だけが近い。

 ライトの小さな光が、まるで星の一つみたいに瞬いていた。


「蒼汰くん」

「ん」

「昨日、手紙を渡してからずっと考えてました。

 もし“誤解”がなくなったら、私たちはどうなるんだろうって」

「……どうなると思う?」

「わかりません。でも、誤解があっても、なくても、

 今の蒼汰くんと話している時間が好きです」


 その言葉が、風に溶けるみたいに静かに胸に入ってきた。

 逃げ場がなくなるんじゃなく、余計な壁が消えていく感じ。


「ひより」

 自然に名前が出た。

 彼女が小さく目を見開く。

「名前で呼ばれると、ちょっとドキドキします」

「俺もだ」

「ふふっ」


 手に持っていた“また話そうライト”を、彼女がそっと差し出す。

「これ、少し明るくなった気がします」

「……気のせいじゃない」

「ですよね」

「俺、言うよ」


 深呼吸。

 胸の奥で、星の瞬きみたいに言葉が生まれる。


「俺さ、最初は“誤解ばっかりだな”って思ってた。

 でも、お前と話してるうちに、

 “誤解されるのも悪くない”って思うようになった。

 だって、誤解のたびに、お前のことをもっと知れるから」


 ひよりが、ゆっくり瞬きをした。

 風が二人の間を通り抜ける。


「それでな。昨日の手紙を読んで、気づいたんだ。

 “好きです”って言葉、俺も言いたい。

 ちゃんと、自分から」


 その瞬間、胸が軽くなった。

 言葉にしたら、心臓の奥のモヤがすっと消えた。


「……だから――俺も、お前が好きだ」


 ひよりが目を伏せ、唇をきゅっと結んだ。

 そして、顔を上げた。

「ありがとうございます。

 “誤解から始まる恋”って、こういうことなんですね」

「たぶんな」

「少し、嬉しいです」

「少し?」

「全部言ったら、泣きそうなので」

「……それは困るな」

「じゃあ、半分こです」

「泣き半分、笑い半分か」

「はい。ちょうどいいです」


 そのとき、坂の下のほうから声が聞こえた。

「おーい! お前らー! 星より目立ってるぞー!」

 悠真だ。スマホを掲げながら、にやにやしている。

「マジで来たな、リアルドラマ最終章!」

「帰れえええ!!」


 ひよりが笑う。

 風の中で、笑い声が星の粒みたいに散っていく。


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StarChat #星見坂で、君に言う

【校内ウォッチ】

「星見坂で真嶋→七瀬“好きだ”発言確認!」

コメント:

・「#誤解完結」

・「#ついに相思相愛」

・「#星が祝福してる」

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「もう、逃げられないですね」

「いいよ、もう。これなら誤解されても悪くない」

「誤解じゃなくて、証拠です」

「どっちでもいいかもな」


 夜空の下、二人でライトを見上げる。

 それは星より小さくて、でも星より確かだった。


 その夜。

 StarChatの通知が一つ、光っていた。


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StarChat #星見坂で、君に言う

【七瀬ひより@2-B】

「“誤解”が“本当”になる瞬間を、見た星が笑っていました。」

コメント:

・「#好きって言ってないのに、バレてた件完結」

・「#恋の証明」

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 スマホを見て、俺は笑った。

 誤解の始まりも、笑われた日も、全部この瞬間のためだったんだと思う。

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