第39話 #手紙と教室の光

 翌朝。

 窓の外には、昨夜の雨の名残がまだ残っていた。

 濡れたアスファルトが光を跳ね返して、街全体が少しぼやけて見える。

 ――不思議と悪くない朝だった。


 鞄に“また話そうライト”を入れながら、思わず指でスイッチを押す。

 かすかな光。

 小さく灯るそれは、夜の終わりと朝の始まりの境目みたいに、ちょうどいい明るさだった。


 登校して教室に入ると、ひよりの席に一枚の封筒が置かれていた。

 白くて小さい、少し古風な便箋。

 ――まさか、また誰かに“誤解”されたんじゃないだろうな。


 俺が思わず見ていると、ひよりがやってきた。

 いつもより少しだけ慎重な歩き方だった。


「おはようございます、蒼汰くん」

「お、おう。おはよう」

「それ……気になりますか?」

「いや、まぁ……気になるっていうか」

「ふふ、これですか?」

 ひよりが指で封筒を持ち上げる。

 淡いブルーのリボンが結ばれていて、封には“宛:真嶋くんへ”と書かれていた。


「……俺宛?」

「はい。美術室にこもってた昨日、書いたんです」

「……まじか」

「昨日の“告白未遂”が、未遂のままだと、ちょっとモヤモヤしてしまって」

「未遂って認めんな!」

「ふふっ。なので、文字で伝えた方が確実かなって思って」

「どんな理由だよ」

「誤解体質の蒼汰くんですから」

「ぐうの音も出ねぇ」


 周りのクラスメイトがざわつく。

 “真嶋、またか”みたいな視線を送ってくる。

 お前ら、ドラマの観客か。


「中、見ていい?」

「放課後に。……光のあるところで、読んでください」

「光?」

「はい。ちゃんと、明るい時間に」

 そう言って、ひよりは笑った。

 その笑顔が、雨上がりの陽射しよりもまぶしかった。


 放課後。

 ひよりは部活、俺は掃除当番。

 教室の窓から、光が斜めに差し込む。

 机の上に封筒を置いて、ゆっくり開いた。


 便箋には、整った文字でこう書かれていた。


蒼汰くんへ


“誤解”って、私にとっては小さな試練みたいなものです。

でも、蒼汰くんと出会ってから、それが少し楽しくなりました。


“わかってもらえない”と思っていたことを、

蒼汰くんは、ちゃんと見ようとしてくれるからです。


昨日の雨の中で言えなかったこと。


私は――蒼汰くんのことが好きです。


誤解じゃなくて、本当です。


 ――七瀬ひより


 読み終わるころには、心臓の音が耳のすぐ横で鳴っていた。

 何回も読んでも、意味が変わらない。

 これは“誤解”の余地がない、“本当”の言葉だ。


 窓の外では、夕日が校舎を金色に染めていた。

 机に手を置いたまま、息を吸い込む。

 どうしようもなく、笑みがこぼれる。

 たぶん、今の俺は相当顔が緩んでる。


「真嶋、何ニヤニヤしてんだ」悠真が背後から覗き込んできた。

「見るな! 死ぬ気で見るな!」

「え、ラブレター? おおおおい! 本当に来たんじゃん!」

「声がでかい! 校内放送か!」

「いや、これは報道案件だろ」

「報道すんな!」


 そのやりとりの最中、またスマホの通知音が鳴った。


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StarChat #手紙と教室の光

【校内ウォッチ】

「放課後の教室で真嶋が“手紙”を読んでニヤけてた件」

コメント:

・「#誤解じゃなくて確信」

・「#ついに来た告白」

・「#青春は紙で届く」

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「……どこにカメラあるんだこの学校」

「校内ウォッチ班、優秀すぎだろ」悠真が笑う。

「優秀とか言うな」

 でも、今だけは不思議と腹が立たなかった。

 “誤解される”のも、悪くない気がした。


 夜。

 帰り道で、ひよりからメッセージが届いた。


『読んでくれましたか?』


 指が自然に動いた。


『ああ。……ちゃんと、届いた』


 すぐに返信が来る。


『よかった。じゃあ、次は私の番ですね』


『番?』


『はい。次は、蒼汰くんの言葉を、ちゃんと聞かせてください』


 心臓が一段跳ねた。

 次は俺の番――つまり、逃げ場はない。

 けど、不思議と怖くなかった。

 光の中で読んだ手紙が、まだ胸の奥で静かに灯っている。


 家に帰って、“また話そうライト”を机に置く。

 光を見ながら、心の中で呟いた。


「……次は、俺が言う番か」


 灯りが少し強く揺れた気がした。


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StarChat #手紙と教室の光

【七瀬ひより@2-B】

「誤解から始まった気持ちは、ちゃんと光に変わる。

 だから、もう隠さない。」

コメント:

・「#真実の誤解」

・「#光の告白予告」

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 画面の光が、ライトの光と重なって見えた。

 “誤解”じゃなくて、“始まり”の夜。

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