第38話 #告白未遂と放課後の雨
その日は朝から曇っていた。
湿気を含んだ風が校舎の廊下を通り抜けるたび、蛍光灯がかすかに揺れる。
――嫌な予感は、だいたいこういう天気の時に当たる。
授業が終わっても、ひよりの机の上には小さな水滴のような沈黙が残っていた。
“また話そうライト”は、今日もちゃんと机の中にある。
でも、あの光のような穏やかさは、今は少し遠かった。
「真嶋、七瀬、帰るの一緒じゃねぇの?」悠真が軽く肘で突く。
「……あいつ、今日は美術部あるらしい」
「そっか。まあ、雨降りそうだしな」
「だな」
曖昧な会話で切り上げたつもりが、心のどこかに小さな引っかかりが残る。
――何か、変だ。
放課後。
外に出ると、空はもう灰色の幕に覆われていた。
階段を下りたところで、ひよりが傘を持たずに立っていた。
スケッチブックを胸に抱えたまま、空を見上げている。
「……傘、忘れたのか」
「はい。天気予報、見ていなくて」
「お前らしいな」
「ふふ。蒼汰くん、傘ありますか?」
「あるけど……一本だぞ」
「半分こですね」
「またその使い方か」
笑ったあと、ひよりは少しだけ視線を落とした。
「……でも、半分こできるなら、嬉しいです」
その声音が、雨の匂いよりも静かに響いた。
校門を出た瞬間、ぽつり、と一滴。
続けざまに、細かな雨が降り始める。
傘を開き、自然と肩を寄せ合った。
「近いです」
「狭いんだよ、この傘」
「ふふっ」
ひよりが笑うと、傘の内側の空気が少し温かくなる。
雨粒が、リズムを刻むように傘の上を叩いていた。
「蒼汰くん、あの……」
「ん?」
「“また話そう”って、まだ続いてますか?」
「当たり前だ」
「よかった。じゃあ――今、話してもいいですか」
「……ああ」
ひよりが少しだけ傘を傾けて、俺の顔を見た。
真剣な目だった。
「私、蒼汰くんに……その、伝えたいことがあります」
「……」
「“練習”でも“本番”でもなくて。ちゃんと、自分の気持ちとして」
その言葉に、心臓が雨音よりも大きく鳴る。
――まさか、今。
「蒼汰くんの……」
ひよりが言いかけた瞬間、風が強く吹いた。
傘が裏返り、二人とも慌てて抑える。
「うわっ! ちょ、ちょっと待て!」
「きゃっ!」
ぐしゃぐしゃの傘。びしょ濡れの制服。
ひよりの髪に雨が落ち、頬に光る水滴。
その距離、わずか十センチ。
息が触れるほど近いのに――言葉は届かなかった。
「……大丈夫か」
「だ、大丈夫です」
「まったく。タイミング最悪だな」
「はい。でも、少し面白いです」
「どこがだよ」
「“告白未遂”って、青春っぽいです」
「タイトルみたいに言うな」
笑い合う声が、雨の音に紛れて消えた。
帰り道。
コンビニの前で、ひよりが立ち止まる。
「蒼汰くん」
「ん」
「今日、言えなかった言葉……次にちゃんと伝えます」
「……ああ」
「そのときは、ちゃんと聞いてくださいね」
「もちろん」
「約束です」
「また約束か」
「ふふ。約束の多い人は、信頼されている人です」
「それ、どこ情報だよ」
「私の中の、七瀬情報です」
「自家発信か」
「はい」
そのやりとりで、少しだけ心が軽くなった。
家に着いた頃には、雨は止んでいた。
靴を脱ぎながら、ポケットの中の“また話そうライト”を取り出す。
スイッチを入れると、いつもより少しだけ光が強く見えた。
濡れたガラス越しに、ぼんやりと滲む光。
その揺らぎが、ひよりの声のように思えた。
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StarChat #告白未遂と放課後の雨
【校内ウォッチ】
「真嶋&七瀬、傘の下で接近!?」
コメント:
・「#半分この奇跡」
・「#雨天告白未遂」
・「#青春の防水不可」
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「防水不可ってなんだよ……」
呆れながらも、口元が緩む。
俺たちの関係はまだ“未遂”のまま。
でも、“未遂”って言葉は、どこか希望を残してる気がする。
次こそ、ちゃんと伝わるように。
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