第35話 #放課後の告白練習会
金曜の午後。
授業が終わると同時に、教室の前で桜井先生が唐突に宣言した。
「さて諸君。今日のHRは“特別実践企画”だ」
黒板にチョークで書かれた文字は――
『放課後の告白練習会』
「…………」
「…………」
教室中が、時を止めた。
「おいおい先生、それ本気っすか」悠真が笑いながら手を挙げる。
「当然本気だ。青春とは誤解と実践である。理論だけでは成長しない」
「“青春=誤解+実践”って数式あったか?」
「今作った」
先生が満足げにチョークを置く。
俺は頭を抱えた。
この人、真面目にふざけるタイプの最強生物だ。
「ルールは簡単だ。ペアをランダムで決め、互いに“告白”の練習をしてみる。
もちろんフィクションである。だが、心を込めることが大事だ」
「“心を込める”って、どっち方向に!?」
「それは各自の誠意に任せる」
「自由研究か!」
くじ引きの紙が回る。
俺の席にも白紙の紙片。
――絶対に引きたくない名前が一つだけある。
いや、“引きたくない”というより“引いたら終わる”。
運命は、いつだって空気を読まない。
紙を開く。
『七瀬ひより』
――合掌。
「うわあ」悠真が覗き込み、ニヤリと笑った。
「やっぱ引くと思ってた」
「お前、裏で細工したろ」
「してない。運命が仕組んだ」
「運命に訴訟起こしたい」
ひよりは反対側で同じ紙を見て、小さく息を呑んでいた。
でも、目が合った瞬間――少しだけ、笑った。
放課後、教室の前方が“特設ステージ”になった。
椅子が二つ、向かい合わせに置かれている。
周りでは見物モードのクラスメイトたち。
俺は壇上に上がる前から、心臓がドラム缶を叩いていた。
「次、真嶋&七瀬ペア!」
教室がどよめく。
「キター!」「絶対本音出るやつ!」
「#放課後の告白練習会」
タグ予告すんな。
ひよりが隣に立つ。
いつもと変わらない穏やかな顔。
でも、手に持ったスケッチブックが少しだけ震えていた。
「……大丈夫か?」
「はい。練習ですから」
「……そうだな」
先生がカウントを取る。
「三、二、一――始め!」
ざわつく教室。
見つめ合う二人。
俺は、視線を合わせることができなかった。
けど、ひよりが静かに言った。
「蒼汰くん。私から、いいですか?」
「……お、おう」
ひよりがスケッチブックを胸の前で抱える。
まるで盾みたいに、でもそこに守りたい何かがあるように。
「えっと……。
“好きです”――」
一拍置いて、続けた。
「誤解でも、練習でも、どっちでもいいんです。
だって、こうして言葉にできた時点で、
本当になってしまう気がするから。」
教室が静まり返った。
“練習”のはずの言葉が、どこにも逃げ場を残していなかった。
先生がわざとらしく咳払いする。
「……非常に良い。次、真嶋の番だ」
心臓が、嫌な意味で祭り太鼓。
こんなの“練習”で返せるわけがない。
でも、俺は立ち上がって、目を逸らさずに言った。
「……俺も、“好き”って言葉は、正直まだ重い。
けど、もし“本番”が来たら、
その相手は――多分、七瀬なんだと思う。」
教室の後方で、「おおおおおおっ」と声が上がる。
誰かが拍手した。
そして、StarChatの通知音が一斉に鳴る。
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StarChat #放課後の告白練習会
【校内ウォッチ】
「真嶋→七瀬“本番で言う”発言」
コメント:
・「#練習の域を超えた」
・「#告白未遂」
・「#青春アクシデント」
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「……だぁあああ、もうやっぱり拡散された!」
「止めても無駄です」ひよりが笑う。
「“先生も投稿してる”って流れてきた」
「先生!?」
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StarChat #放課後の告白練習会
【桜井先生@担任】
「青春とは、練習のつもりで本番を迎えることだ。」
コメント:
・「#先生が締めた」
・「#人生の授業」
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「……先生、上手くまとめんなぁ」
「でも、先生の言葉、少し好きです」
「俺は嫌いだ」
「ふふっ。じゃあ、半分こですね」
「また使い方おかしい」
授業後。
片づけをしていると、ひよりがそっと声をかけてきた。
「さっきの“本番の相手”って」
「……あれは、その、練習だから」
「そうですね」
「……でも、練習って便利な言葉だな」
「はい。逃げ道にも、約束にもなります」
ひよりが笑う。
その笑顔の意味を、俺はまだうまく言葉にできなかった。
ただ、心臓がさっきより静かに動いている気がした。
夜。
StarChatを開くと、ひよりの新しい投稿が上がっていた。
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StarChat #放課後の告白練習会
【七瀬ひより@2-B】
「“練習”の中に本音を隠すのは、ずるいです。
でも、言えてよかったです。」
コメント:
・「#リハーサルの続き」
・「#好きの練習完了」
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画面を見ながら、ため息をひとつ。
――ずるいのは、たぶん俺の方だ。
心の中で、言葉がこぼれる。
“練習”の終わりが、“恋の始まり”かもしれないって。
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