第33話 #誰かの噂と本当の声

 夏祭りから三日。

 まだ、指先にあの“灯”の感触が残っていた。

 あの夜の光と、花火の音と、ひよりの笑い声。

 何をしていても、不意に思い出してしまう。


 それは嬉しくて、ちょっと恥ずかしくて――

 だから、俺はつい、スマホを見るたびにStarChatを確認していた。


 ……で、今日も懲りずに後悔している。


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StarChat #誰かの噂と本当の声

【校内ウォッチ】

「真嶋&七瀬、ついに付き合ってる説浮上」

コメント:

・「#夏祭りの手つなぎ証拠写真」

・「#真嶋がデレ期突入」

・「#ひよりちゃん沼」

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「……いや、俺、何も言ってねぇのに」

 呆れ半分、照れ半分でスマホを机に伏せた。

 これが“誤解”の最上位種、“確信的噂”である。


「おーい真嶋、見たぞ」

 悠真が、昼休みのトレーを持って滑り込んでくる。

「祭りで手つないだんだって?」

「お前もウォッチ勢か」

「いや、俺は現地目撃勢」

「てめぇ現地にいたのか」

「ほら、俺、たこ焼き屋バイトしてたろ?

 “お二人さん、いい雰囲気でしたね~”って、屋台裏で話題だったぜ」

「……誰情報網広げてんだよ」


 悠真はニヤニヤしながらジュースを飲む。

「でもまあ、よかったじゃん。噂になんねぇより」

「噂で済むならな」

「お?」

「……ひより、こういうの気にするタイプだから」

「なるほど。誤解の耐性はあるけど、誤解されるのは苦手と」

「お前、心理分析すんな」


 放課後。

 廊下を歩いていると、聞こえてきた。

 小さな声、でもはっきりとした単語。


「七瀬さんって、やっぱ真嶋くんと付き合ってるの?」

「どうだろ。でも祭りの写真、あれ絶対そうでしょ」

「“沈黙の続編”とかタグつけてたし、リアル恋愛じゃん」


 立ち止まりかけて、結局やめた。

 噂の中に踏み込むのは、野次馬と同じだ。

 だけど、胸の中で何かがざらついた。


 ――本当の声を、誰も聞こうとしない。

 それが一番、きつい。


 美術室のドアを開ける。

 ひよりはいつも通りの笑顔だった。

 スケッチブックを開いて、鉛筆を走らせている。


「……よう」

「こんにちは、蒼汰くん」

「今日も描いてるのか」

「はい。“噂の構図”を練習してます」

「なんだその物騒なテーマ」

「桜井先生の追加課題です。“噂と真実の境界を可視化せよ”」

「あの人、課題で人生を試してくるよな」


 冗談っぽく言ったつもりだった。

 でも、ひよりの筆先は少しだけ止まっていた。


「……蒼汰くん」

「ん?」

「今日、少しだけ噂の声を聞きました」

「……そっか」

「“付き合ってるの?”って」

「……」

「私、答えられませんでした」

「いや、答えなくていい」

「でも、何も言わないと“そうなんだ”って受け取られます」

「何か言っても“否定した”って言われるだけだ」

「じゃあ、どうしたらいいんでしょう」


 彼女の目が少しだけ揺れていた。

 まっすぐな人ほど、誤解を抱え込む。

 それを知ってるから、俺は少しだけ深呼吸して言った。


「……何も言わなくていいよ」

「でも――」

「俺が、ちゃんと話す」


 放課後の廊下。

 昇降口前に数人のクラスメイト。

 スマホを見ながらざわついていた。

 たぶん、StarChatの噂スレ。


 俺はその中に入って、ため息をついてから声を出した。


「なあ、お前ら」

「うわ、本人きた」

「ま、真嶋?」

「その“付き合ってる説”の話だけど――」


 みんなが息を呑む。

 教室の隅で、先生の花瓶より緊張感があった。


「“まだ、そうじゃない”。でも、そうなってもいいと思ってる」


 一瞬、静寂。

 そして、スマホのシャッター音が数個。

「#真嶋、男前発言」

「#まだ、そうじゃない」

「#進行形恋」


 ――ああ、終わった。

 誤解はまた増えた。でも、それでいい。


 夜、メッセージが届いた。

【ひより:ありがとうございます。】

【ひより:少し、救われました。】

【蒼汰:誤解は消えなかったけどな】

【ひより:でも、真実が増えました】


 その言葉の優しさが、画面越しでも伝わる。


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StarChat #誰かの噂と本当の声

【七瀬ひより@2-B】

「誰かの噂より、自分の声を信じます。」

コメント:

・「#真実を選ぶ」

・「#沈黙の告白」

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 タイムラインにその言葉が流れた瞬間、

 俺はやっと笑えた。


 噂は風だ。

 でも、風が止んだあとに残る声が、きっと本当なんだと思う。

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