第29話 #消えたノート事件

 翌朝の教室。

 俺が席についた瞬間、悠真がいつもの調子で話しかけてきた。


「おい、真嶋。お前、昨日図書室でなんかやらかした?」

「は? やらかしてねぇよ」

「StarChatで“#二人きりの図書室”バズってんぞ」

「またかよ……」

「しかも、“消えたノート”とか書かれてる」

「ノート?」


 嫌な予感がした。

 ひよりの“誤解ノート”――つまり、昨日図書室で見ていた研究メモ。

 あれが、まさか。


 放課後、図書室に走った。

 昨日と同じ席。

 机の上には、ひよりの名前が書かれた付箋だけが残っていた。

 肝心のノートは、影も形もない。


 と同時に、スマホが震える。


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StarChat #消えたノート事件

【校内ウォッチ】

「ひよりの“恋愛研究ノート”が消失!?

 真嶋くんが持ち帰った説浮上」

コメント:

・「#証拠は沈黙」

・「#恋の研究ノート」

・「#真嶋容疑者」

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「……いや、誰だよこの捏造記事書いてんの!」


「蒼汰くん」

 声を聞いて振り向くと、ひよりが立っていた。

 少し不安そうな顔。

「ノート、なくなっちゃいました」

「やっぱり」

「昨日、ここに置いたまま帰ったみたいで……」

「見つかるまで俺も探す」

「でも、誤解されちゃってますよね」

「誤解は日常だからもう慣れた」

「ふふ……でも、今度のはちょっと大事です」


 彼女の言葉には笑いよりも重みがあった。

 “誤解ノート”には、きっと彼女の本音も混ざっていたんだろう。


 二人で校内を探す。

 図書室、廊下、屋上前――そして、音楽室。

 窓際のピアノの上に、ノートが一冊置かれていた。


「……あった」

 ひよりが駆け寄る。

 ノートの表紙には小さく「ひよりの誤解研究」と書かれている。

 誰かが開いた形跡はあったが、中身は無事だった。


「よかった……」

 彼女が胸に抱きしめる。

 その姿に、少しホッとする。


「でも、誰がここに……」

「さあな。けど、これで“真嶋容疑者”は無罪だ」

「はい。冤罪解除です」

「事件解決早すぎだろ」


 その夜、StarChatを開くと、先生がまたまとめていた。


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StarChat #消えたノート事件

【桜井先生@担任】

「“誤解”はノートにも、心にも書かれる。

 だが、それを読み解くのは信頼である。」

コメント:

・「#先生名言更新」

・「#信頼で誤解を超える」

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「……先生、職業が哲学者になりつつあるな」

「素敵な言葉です」ひよりが笑う。

「でも、ほんとに誰が置いたんだろうな」

「多分、拾ってくれたんです。

 “誤解の研究”って、みんな無意識でやってるのかもしれません」

「それ、名言っぽいけど怖いぞ」


 帰り道。

 校門を出るとき、ひよりが小さく言った。


「……蒼汰くん」

「ん?」

「ノート、もし誰かに読まれたとしても、大丈夫です」

「どうして?」

「最後のページには、“本当の好きは誤解しない”って書いてありますから」


 その言葉が、今日一番心に刺さった。


 誤解されても、

 信じられる誰かがいれば、それで十分なんだと思った。

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