第25話 #恋の修復作業

 昼下がりの美術室。

 窓の外では、文化祭で使った看板が処分されていた。

 ざくざくと木材を切る音が遠くで響く。

 あの喧騒の中心にいたのが、

 まるで昨日のことのように思い出される。


「これ、乾きました」

 ひよりが差し出したキャンバスには、

 淡いブルーの背景に、二つの影が寄り添って描かれていた。


「題名は?」

「“修復作業”です」

「……まんまだな」

「分かりやすい方が、優しいですから」


 そう言って笑うひよりの表情は、

 どこか疲れていて、けれど穏やかだった。


「……あのあと、コメント減ったな」

「先生のおかげですね」

「“燃やすより温める言葉を選びなさい”だっけ」

「はい。ちゃんと消火してくれました」

「まさか教師が消防士になる時代だな」

「言葉の消防士、です」


 軽口を交わしても、どこかぎこちない。

 俺の中に、まだ言えてないものが残っていた。


「ひより」

「はい」

「……ごめん」

「またですか」

「いや、今回は本気で」

「じゃあ、ちゃんと聞きます」


 ひよりがスケッチブックを閉じて、

 両手を膝の上に置いた。


「俺、ずっと“誤解でもいい”って言ってたけどさ。

 本当は、“誤解で済ませたくなかった”んだと思う」

「……」

「怖かったんだよ。

 “好き”って言ったら、何か壊れそうで」

「でも、壊れませんでしたよ」

「そうだな」

「壊れたのは、誤解の方です」


 ひよりの言葉が、静かに沁みてきた。

 沈黙の中、風がカーテンを揺らす。


「蒼汰くん」

「ん?」

「“直す”って、好きに似てる気がします」

「どういう意味?」

「壊れたままでも、生きてはいけるけど、

 それを直したいって思うのは、誰かのことを大切にしてる証拠です」


 その瞬間、

 ひよりがキャンバスに筆を走らせた。

 白い絵の具で、二つの影の間に細い線を描き加える。

 まるで“つなぎ目”のように。


「……これが“修復”?」

「はい。

 離れてたところを、少しだけ近づけるんです」


 俺は何も言えなかった。

 ただその筆の動きを見つめていた。


 夜。

 StarChatを開くと、新しい投稿がトレンドに上がっていた。


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StarChat #恋の修復作業

【七瀬ひより@2-B】

「壊れた“誤解”を直すのは、

 謝ることでも、忘れることでもなくて、

 もう一度“好き”だと思い出すこと。」

コメント:

・「#泣いた」

・「#修復という恋」

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「……お前、ほんとに詩人だな」

「先生の影響です」

「いや、それもう先生越えてるぞ」

「じゃあ、恋の共同研究です」

「そんなジャンルあったか?」

「今、作りました」


 笑い合いながら、

 俺は小さくつぶやいた。


「……誤解、直ったな」

「はい。

 でも、次の“誤解”もきっと来ます」

「それでも、今度は怖くない」

「じゃあ、次の誤解も楽しみにしてます」


 ひよりの笑顔が、

 まるで新しいページの始まりみたいに見えた。

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