第3話 #公式未認可カップル

 昨日のライブから一夜明けた。

 誤解は沈静化するどころか、進化していた。


 朝のホームルーム前、教室のドアを開けると――。

「おはよう、真嶋!」「あっ、“ひよりんの隣”空いてるよ!」

「お幸せに〜」

「パン買ってきたから朝食デートしな!」


 どの口が言ってんだ。

 俺はため息をつきながら、机にパンを置く。

 なんで俺の好物まで把握してんだよ。


「……おはようございます」

 後ろから聞こえた声に、俺は顔を上げた。

 七瀬ひよりが、スケッチブックを抱えたまま、申し訳なさそうに立っていた。


「昨日のライブ、楽しかったです」

「お前、出演者だろ」

「でも、コメント、すごくあたたかかったですよ」

「あれ“#尊い”って連呼してただけだ」

「尊いのは、誤解でも嬉しいです」

「お前、誤解依存症か」


 そこへ、教室のドアが開いた。

 桜井先生が出欠簿を片手に入ってくる。

 この人、昨日ライブを“職員室で”視聴してた。……つまり共犯者だ。


「二年B組、今日も賑やかで何よりだ」

 そう言いながら黒板にチョークで大きく書く。

 #公式未認可カップル


「先生!?」

「うむ。トレンドに上がっていたので、確認しておこうと思ってな」

「確認じゃなくて、助長だろ!」


 クラスが爆笑する。

 悠真なんて机叩いて笑ってる。


「静かに。まず確認だ。

 学校に“公式カップル認定制度”は存在しない」

「ですよね」

「よって、“未認可カップル”という表現も非公式である」

「当たり前だろ」


 そう思った矢先、先生は黒板の下にもう一行書いた。

 “未認可、だが期待”


「ややこしくすんなぁぁぁ!」


 拍手と笑いが教室を包む。

 悠真がニヤニヤしながら俺の肩を叩く。

「おめでとう、公式未認可認定第一号」

「認定の意味どこいった」


───────────────────────

StarChat #公式未認可カップル

【2-Bクラス広報】

「桜井先生より。“未認可、だが期待”名言誕生」

コメント:

・「#見守り先生」

・「#詩人すぎる担任」

・「#公式未認可きた」

───────────────────────


 授業中も通知が鳴り止まなかった。

 StarChatのサーバー、今日だけで絶対熱持ってる。

 先生は板書を続けながら言う。

「真嶋、スマホを机の上に」

「はい……」

「七瀬も」

「はい……」


 二人並んで机の上にスマホを出す。

 なんで俺、ここで罰ゲームみたいな構図になってんだ。


 昼休み。

 机の上に置いたスマホを見ながら、悠真がケラケラ笑っていた。

「お前ら、もう完全に“学園のアイドル”だな」

「アイドルは疲労死寸前だ」

「まあまあ。ファンからの差し入れ見ろよ」


 そう言って差し出されたのは、コンビニの紙袋。

 中には……あんパンがぎっしり。


「悪意ゼロの地獄だな」

「いや、愛だよ。#パンの告白事件リスペクト」

「タグ文化は時に人を殺す」


 そのとき、廊下から聞こえてきた声。

「七瀬さーん! 絵、すっごく良かった!」

「見た見た、“誤解男子”のイラスト!」

 クラスの女子たちが、ひよりのスケッチブックを覗き込みにきていた。


「お前、また描いたのか?」

「昨日のライブのシーンを、ちょっとだけ」

「“ちょっと”でトレンド入りすんのやめろ」

「でも、絵を描くと、気持ちが落ち着くんです」

「……俺は不安が加速してる」


 ページを覗き込むと、そこには配信中の俺とひよりの後ろ姿。

 コメント欄の光が、絵の中に溶けるように描かれていた。

 妙にリアルで、胸の奥がざわつく。


「……上手いな」

「ありがとうございます。誤解も絵も、積み重ねが大事です」

「哲学者かお前は」


 放課後、桜井先生に呼び止められた。

 職員室のドアをノックすると、先生は紅茶をすすりながら言う。

「真嶋。お前の“未認可カップル”投稿、学年主任が見たぞ」

「いや、俺が投稿したわけじゃ……」

「わかってる。ただ、注意だけしておく。“笑いで誤解を乗り切る”のは立派だが、笑いにも責任がある」

「……はい」

「それと、七瀬を守れ。誤解の中心にいるのは、お前よりもあの子だ」


 その言葉が、妙に胸に刺さった。

 誤解の中心。確かにそうだ。

 俺が笑えば、ひよりも笑う。

 けど、俺が傷つかなくても、ひよりはきっと――。


 教室に戻ると、ひよりが窓際で夕陽を見ていた。

 髪が光に透けて、まるで春の残り火みたいだった。


「先生に怒られた?」

「いや、説教ってほどでも」

「よかった。先生、きっと心配してるんですよ」

「お前も、もう少し自分のこと心配しろ」

「でも、真嶋くんが怒られるの、なんか新鮮です」

「お前の感想文どうなってんだ」


 ひよりはくすっと笑い、ふと真顔になった。

「ねえ、“未認可”って、ちょうどいいですね」

「どこがだよ」

「“好き”でも“嫌い”でもない。その真ん中にいるの、心地いいです」

「……曖昧って、怖くねぇの?」

「ううん。怖いのは、はっきりしすぎることです」


 その言葉が、胸の奥に静かに落ちた。

 俺は、曖昧を怖がってたのかもしれない。

 誤解されることより、誰かに理解されることのほうが怖かったのかもしれない。


───────────────────────

StarChat #公式未認可カップル

【桜井先生@担任】

「認可しない、だが応援はする。それが教師の恋愛距離。」

コメント:

・「先生、またバズってるw」

・「#距離感プロ」

───────────────────────


 帰り際、ひよりがあんパンを一つ差し出して言った。

「今日も、半分こします?」

「……お前、毎回パンで区切るのやめろ」

「だって、パンは平和ですから」

「誤解も、平和で済めばいいけどな」

「じゃあ、私たちのは“平和的誤解”です」

「そんな条約聞いたことねぇ」


 笑いながら歩く。

 沈む夕陽が、俺たちの影をひとつにした。

 “未認可”でも、“まだ知らない恋”でも――今はそれで十分だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る