ハロウィンの奇跡

綾雛 柚綺/梅雨華

ハロウィンの奇跡

〈 賑やかなハロウィンの空気 〉


わぁ、とても綺麗なイルミネーションですこと!

まるでお伽の世界にでも迷い込んだみたいだわ。

お屋敷以外でこのクオリティ、さぞ名のある方がデザインなさったのね!


ほら、貴方ももっとこっちに来なさいな。

その位置だと私の背中しか見えませんことよ?


なっ……!? 貴方はまたそういう事を……私の背中なんて、普通の……いえ。私より美しい背中の持ち主なら、星の数ほどいらっしゃいますわ。

私如きの背中で満足していては、出世なんて程遠いですわよ?


第一。私を褒めてどうするつもりですの?

お屋敷で私の事を褒め続ける使用人なんて、貴方くらいですのに。


はぁ……もう。

貴方という方は。

はいはい。分かりました。

貴方にとっての私に対する印象がよ~く分かりました!

さ、行きますわよ。



〈 可能ならエコーありで 〉

(もう、何なの何なの何なの!? 顔を合わせれば毎回の如く。外出すれば事ある毎に。仕舞いには不意打ちで! 私の事を飽きもせず褒め続けてくれるなんて。嬉しすぎて死んじゃいそうっ……!!)



ほら、遅れていますわよ!

使用人1人連れず、私1人を歩かせるなんて!

主人に恥をかかせるおつもりかしら?


全く。本当に貴方という方は! 

私が傍に居ないと、綿菓子の様にフワフワと飛んで行ってしまいそうで心配になりますわ!

ほら、右手を出しなさい!


何を言っているの?

手を繋ぐ為に決まっているでしょう?

それとも何かしら。

私と手を繋ぐのは嫌だとでも言いますの?


あ――繋いで、くれますのね。


〈 可能なら、隠している本心がつい零れた時のような声で 〉

……良かった。繋いでくれた……!


な、何でもありませんわ!

さあ、行きますわよ!

今夜はお忍びで来ましたけれど、た~っくさん、見て回りますの!

出遅れない為にも、この手を離しませんよう。

おきお付けあそばせ♪





ねぇ、見て見て!

どこもかしこにも、素敵なカボチャの装飾品が飾ってあるわ!

お祭りって、とても楽しいものなのね!

だって、みんな素敵な笑顔を浮かべているんですもの!


え? 今日のお祭りは特別なモノなの?

私がこの領地の当主になってから、初めて所縁のある街を訪れたのだけれど、一体何処が特別なのかしら?

貴方は、何処が特別なのか知っているの?


はろ……うぃん?

10月31日は『ハロウィン』という日なの?

それじゃあ『ハロウィン』でカボチャの装飾品を飾るのは、どうして?


成程。

ヨーロッパの古代ケルトの慰霊祭が起源となっているのね!

カボチャの装飾品を玄関に飾っている理由にも納得だわ。

悪戯好きの幽霊から身を守る為に置かれているという点が、とても面白いわ!


名前はなんといったかしら……?

そう、それよ! 

『ジャック・オー・ランターン』!

どのカボチャも個性的な表情をしているわね!

それに、ゆらゆらと揺らめくロウソクの火も幻想的で……とーっても素敵。



これなら悪戯目的で帰ってきた幽霊も、観光だけで満足しちゃう事、間違いなしね!

そ・れ・に!

幽霊の代わりに、ちゃんと悪戯していく――可愛らしい子ども達がいるもの。


『トリック・オア・トリート』。

お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ、なんて。

くす。面白い習慣だわ。


きっと、悪戯好きの幽霊が帰って来ても退屈しない様に――当事者と縁の深い幽霊が帰って来ても安心して貰える様に。

たくさん。そう。たくさんの創意工夫を重ねて……今のお祭りの形式に落ち着いていったのね。



凄いわ。

私が想像していたより、ずっとずっと。

私の一族が治める領民は、とても立派ね。


大切な人や愛する人――そして、思い出の中で微笑んでいる人の為に。

相手に気持ちをちゃんと伝える事の重要性を、世代を超えて教えているんですもの。


今を生きる事が叶わない数多の魂を鎮める事が出来るのは、いつの時代も。

今を精一杯生きる私たちだけ。


お父様も、お母様も……きっとそうしてきた筈ですわ。

私たちの一族は領民に支えられて、信頼される事で、今の立場に居る事ができる。

その感謝を忘れないように。

皆が、今日も明日も。その先もずぅっと笑っていられるように。

私たちは頑張らなくちゃいけないと思うの。


領民たちの期待に応える事が、私たちのお役目。

だって、この領地の当主は……私だから。

領民の幸せは、私が護らなくちゃ。

例え相手が誰であろうと、ね?


そうよね!

貴方なら私の事を絶対に分かってくれるって、信じていたわ!

流石は私の使用人――


え? 私?

、は…………い、今は考えなくても良い事よ!

いえ、いいえ。そうじゃなくて、その。

わ、私の幸せは、領民が幸せである事よ! 

それ以外の幸せなんて、ありません、わ……


【 握っていた手を振りほどく 】


ど、どうして?

なんでそんな事、いきなりっ……

あ、貴方まで。

貴方まで私を、否定、するの……?


私は、ただっ!

立派なご当主様になる為に!

お稽古も、視察も、外交だって!

あらゆるお仕事は、みんなに信頼される為に!

みんなの期待に。


〈 可能なら、悔しそうな。小さな背中では到底背負いきれない様な重責を、一心に引き受けている時の、心の悲鳴を零しているような声で 〉

――全部全部、お父様とお母様の背中に追いつく為にっ……!


っ!

使用人の貴方には分からないでしょう!?

私がどんな思いで毎日を過ごしているのか!

お屋敷のお仕事をただこなしていれば良いだけの、貴方に……っ!



〈 可能ならエコーありで 〉

(違う。こんな事を口にしたい訳じゃないんですの。日々無理をしている私の事を見抜いてくれているからこそ。私を心配してくれて、想ってくれて。嬉しいのにっ……嬉しい、筈なのに! どうして私は、こう……っ)



貴方なんかに!

私の置かれた立場は!!

一生理解できませんわっ!!!


【 踵を返して走り去る 】






ぐすっ、ぐすっ……!

うぁ、ぅああぁぁぁぁぁぁぁ!


お父様っ、お母様っ……!

私はっ! 一体どうすれば良いんですの……?

どうして私を置いて先に逝ってしまわれたんですの……?


分かりません……どうしたらいいのか、私にはもう分らないっ!!


ご当主としての立場にふさわしい振る舞いをしても、所詮子供の遊びと笑われる日々。

いつか見返してやろうと頑張れば頑張る程、空回りして残念な顔を浮かべさせてしまうばかり!

素直になろうとしても、もう随分自分を出せていないから……本当の自分が、分からないの。

強がって、棘々しい。

心配して近づいてくれる人みんなを……傷つけてばかり。

唯一傍に居続けてくれる使用人にすら、この有様なの。

……嫌い。

大っ嫌い。

私は私が!

こんな私自身が、大っ嫌い!!


……誰か、助けて。

誰か、私を! 助けてよ!!




っっ!?

その、お声は……お母、様?

どこ、どこに……?

どこにいるの、!!



あ、ぁぁ……!

お父、さん……お母さん……!!

逢いに、来てくれたのですね――今日が、ハロウィンだから……!


ごめん、なさい。

私はっ、私ではっ……お二人の代わりは、務められそうに、ありません……っ。

お二人が大切にしていた領民を……領民の幸せを――私の代で、終わらせてしまうかも、知れませんっ……!

ごめんなさい! 本当に、申し訳っ……ありま、せん…………っ!!


――っえ?

それでも、いいって……そんな!

そんな筈ない!

お二人がどれ程領民を愛していたか、私は幼いながらも理解していたつもりです!

領民の為にどれだけ心血を注いでいたのか、この目で見てきました!

お二人の生涯を掛けて……それこそ、他の領民から逆恨みされて、凶刃に倒れる事になってまでも!

私は、私はっ――


だか、ら?

お二人は、私に――領地を手放せ、と。

そう、おっしゃりたいんですの……?


違うって……なら、どうしろと!

これ以上、私にどうしろと言うんですか!?


私なら大丈夫、って――

答えになっていません!!

私の何処を見て大丈夫だと……おっしゃられるのですかっ!

駄目なんです。

私1人じゃ、全然大丈夫じゃない……。

私にはっ! お二人の力がまだ必要なんです!!

ま、待って……お待ち下さい。

嫌、逝かないで……私を独りにしないで。

置いて、逝かないで……っ……!


……え、何? 後ろを……?


っ!!

貴方は――

なん、で。

どうしてここが分かったの?

ここは、私と。

私しか知らない、秘密の場所なのに……


え? お母様が、貴方に?



〈 可能ならエコーありで 〉

(……あれだけ他者を警戒して、お父様以外に心をお開きにならなかったお母様が、何故……?)



私を、迎えに来たって……そんな、どうして。

私、貴方にたくさん酷い事を言ってきたわ!


さっきだって……心にもない事を口にして、貴方の優しさに付け込んで!

私の辛さを誤魔化すために。

……楽に、なりたくて。貴方を、利用したのよ?


それでも貴方は!

こんな醜い私の傍に、居続けるというの……?


どうして!?


――は? 私が、好きって……え?

えぇぇぇぇぇえええ!?


いや、ちょっ……いきなり何を口にしているのですか!

今がどういう場面か、分かって――


っ! お母様が……?



〈 可能ならエコーありで 〉

(そう、ですか。そこまで私は信頼されていなかったのですね……やはり。私では、あの輝かしい領民の笑顔は護れない……のですね)



貴方も、私を利用するのですね……。


え……?

最初は、って。

じゃあ、今は……?


私の、魅力?

私の何処が魅力的だと――


ま、待って待って!

分かった。分かったから!

そんなに一気に私の魅力を言葉にしないで!

恥ずかしくてどうにかなっちゃいそうだからっっ!



〈 可能ならエコーありで 〉

(は? 何何何!? 私の事、信じられない位見てくれている……! 私よりも。ずっとずっと。私は、こんなに近くに居る方の事すら。見えていなかったと、言いますの?)



わた、くしも……貴方の事は。その。憎からず想っていますわ。

でも!

私は私の事すら信じられないの!


この感情が何なのか分からない!

お父様とお母様しか、信頼できる人を知らない!

領土と領民を護り抜く手段しか……領主としてのお役目すら満足に果たせない、自分の無力さしか!

それしか私には分からないのっっ!!


っ!

それでも、って。

どうして。

なんで、そこまで……私を。

私の事を、信じられるの?


そんなの、理由になってない!

好きだからが理由になる筈、ないもの!


っっっ!!!

じゃ、じゃあ! 貴方は!

貴方は……一生私の事を、愛してくれるって言うの?

こんなに醜い私の事を。

どんなに魅力的な人柄をお持ちの方が現れても。

私が他の領主の元に嫁ぐ事になったとしても。

あらゆる脅威と困難が私を襲ったとしても。

それでも貴方は私の事を……護って、愛し続けてくれると――言うの?


うっ……うぁぁっ……!

うぁぁぁぁぁぁぁああああ!!!


違う、違うんですっ……これは。

嬉し、くてっ!

私の事を、こんなにも愛して。大切に想って下さる方が、こんなにも身近にいてくれたなんて――



〈 可能ならエコーありで 〉

(ああ……そういう事だったのですね、お母様。大丈夫の意味が。今、やっと分かりました)



ありがとう、ございます。お母様……!


はい。はい、はいっ!

私はもう独りではありません。

そして、背伸びをする必要もない。

だって。貴方は。

等身大の私を、愛してくれると。

貴方の等身大の気持ちと行動で、示してくれたのですから……!


【 貴方の胸の中で、大声で嬉し泣きする 】





そうだ! 

今の内に、その。

お互い、誓いの儀式を……交わしませんか?

それでは、先ずは私から。

右手の甲を出してください。


【 その場で片膝をつき、貴方の右手を両手で包み込む 】


貴方の忠誠に、私の魂は救われました。

貴方の愛、行動を以て。

私の全てを、貴方に。

生涯の忠誠を。変わらぬ愛を捧げる事を、誓います。


【 貴方の右手の甲に、優しく口づけをする 】


今度は、貴方の番。

ね?




はい。

確かに聞き届けました。

本日を以て、貴方を使用人の任から解雇します。

そして、新たに。

私の伴侶として生涯を共にする事を、ここに命じます。


この記念すべき運命の日に。

そう――ハロウィンが起こした、奇跡の日に!

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