ゾンビの探し物
松ノ枝
ゾンビの落とし物
かぼちゃが己をくりぬかれし秋の夜、ハロウィン。この人外と人が入り混じり、人外判別用チューリングテストでも行うべき日に、とあるゾンビが落とし物をした。
『すみません、落とし物をしたので助けてください』
と書かれた看板をぶら下げてゾンビは街を徘徊する。常識的に見れば屍者が街を練り歩くという奇怪な光景だが、ハロウィンという特殊環境においては問題ない。
看板には落とし物リストが貼られており、そこには心臓や口、果ては知性が記載されている。このゾンビが言葉を発さず、看板をぶら下げているのは口が無いからであり、徘徊しているだけなのは知性が無く、探し物に思考が割けないからであった。
「そこのゾンビのお方、探し物ですかな?」
首からUVライトを自身に照らす吸血鬼が声を掛ける。対するゾンビは返事をしたのか分からない態度を見せる。
「心臓…か、知性は渡せませんが心臓ならばどうぞ」
己の心臓を抜き取った吸血鬼はゾンビの胸にその心臓を押し込んだ。するとゾンビの血色は多少改善され、赤みを増した。
そうすると吸血鬼は銀の弾丸でロシアンルーレットをしながらルーマニアへと向かった。
ゾンビは心臓を得て、なお徘徊を続ける。
「おや、そなた、口が無いのかい」
と白き雪の様相を見せる姫にリンゴを売りつけていそうな風貌の魔女がゾンビの口があった所を不思議そうに見つめる。
「可哀そうに。これでは呪文も読めないでないわ」
魔女はローブのポケットをまさぐり、魔術に用いる予定であった人の口をゾンビに差し出す。
「あぅ」
口を得たゾンビは知性が無いため、拙く声を発する。
「知性を与える方法は知らなくてね。でもその口で出来ることが増えたわよ。貴方にはいらないかもだけれど、これを」
魔女はゾンビの手に本を握らせ、古典的移動法である箒で空へと飛び立った。
ハロウィンを楽しむ若者が跋扈する街中でかのゾンビは未だ探し物を続ける。
「おっと、それは」
とゾンビの持つ本に興味を示した老人が近づいてくる。
「ルーン文字か、良いな。…君、知性が無いのか」
落とし物リストを一瞥した老人は少しばかり思案する。
「屍者よ、知性は欲しくないかね?」
ゾンビに応える知性は無かったが、微かに首が上下に動く。
「では、この泉の水を飲みなさい、それと右目を頂くよ」
景色はコンクリートとネオン輝く近代から自然あふれる樹の根元へと変わっていた。根元には大きな泉がひっそりと存在している。
ゾンビは困惑しながらも老人が示す泉の水を飲み干した。そうして右目は老人の手に渡る。
「あの、あなたは?」
屍者は言葉を発した。久々の言葉であったが、感動よりも老人に聞きたいことを聞いた。
「しがない戦争と死の神だ」
右目に眼帯をし、髭を生やした老人はそう言い残し、去っていった。この老人は後にとある狼に食べられてしまうのだが、それは別の話である。
かつてゾンビであった男は未だ探し物をしている。ずっと掲げていた看板は文字からして友人の悪ふざけリストであった。
吸血鬼からの心臓、魔女からの口、老人からの知性、これらの物を入れ混ぜた体はもはやゾンビと言い切ることが出来ない。のちに彼は第二のフランケンシュタインと呼ばれることとなった。
今も彼は己の体を探し歩く。まずは右目を埋めるために。
ゾンビの探し物 松ノ枝 @yugatyusiark
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます