消えない温度

皐月太郎

再会(忘れ人)

 成人式の会場――ホテルの大広間から、晴れ着とスーツに包まれた新成人達が続々とでてくる。  

 式典が終わり、ホテルのロビーでは、笑い声やカメラのシャッター音が途切れなく響いていた。


「おー、葉! 元気だったか!」

「久しぶり、悟。……って言っても連絡は取り合ってたけどな。宗助は?」

「さっきまで一緒だったんだけど、トイレ行ってから帰ってこないな」

「こんなに人いるとどうしてもな。集合写真も時間かかっていたし」

「カメラマンの人もさ、あれだけ人数いると大変だと思うわ」

「全員写さなきゃいけないからな、いなくなっててもわからなさそうだし」

「それは俺も思ったわ。――あ、宗助!」  


 人波の切れ目から宗助が手を振りながら戻ってきた。合流し三人で他愛ない会話をしていると悟が思い出したように話題を切り出した。


「そういやさ、最近SNSで“忘れ人”ってタグが流行っているの知ってるか?」

「何だそれ、葉は知っているか?」

「いや、俺も知らない」


 流行っていると言われてそうなのかと思ってたが、宗助も知らないようだ。


「俺もざっくりとしかみてないけど、『卒業写真やアルバムとかで、人が写っているはずの箇所が空白になっている』や『人数が合わない気がする』って投稿もあったな。でも写真を見返すとちゃんと人数は合っているらしい。不思議だよな」

「ネタで投稿したのがバズったとかじゃないの? 葉もそう思うだろ」

「ああ、だといいけどな」


 葉は笑ってみせたけれど、かすかな違和感が残った。理由はわからない。


 ひとしきり話をした後、一度解散となった。同窓会までまだ時間があるため時間をどう潰すかで考えていたときだった。


「……月成くん?」


 背後から、懐かしい声が耳に届いた。

 振り返ると、白地に藍の模様の振袖。黒髪を低く結い、背筋の伸びた立ち姿。

 凛とした近寄りがたい雰囲気を感じる姿は、二年前の記憶と何一つ変わらない。


「……天尾?」

「久しぶり」  


 天尾結季。高校三年生のとき同じクラスだった。席が近くなることが多く、それなりに会話を交わしたことは覚えている。


「元気にしてた?」

「まあ、なんとか」


 それだけのやりとりで、高校のときの懐かしい記憶がよみがえる。


「ねえ、あなたは……私を忘れていないんだね」


 その言葉に不思議と胸の奥がざわめいた。まるで、忘れていないのをわかっていたかのように。

 覚えているに決まっている、言いかけた葉の視界を、人波が覆いつくした。天尾の姿が一瞬で見えなくなる。


「……あれ?」


 人波がはけた後、周囲をぐるりと見渡すが、結季はどこにもいない。まるで最初から、存在しなかったかのように。姿が消えていた。


「月成君? 久しぶりじゃん!」


 天尾を探していると近くにいた女子のグループのひとりに声をかけられた。


「おお、久しぶり。なあ、今、ここに天尾――天尾結季っていたよな?」

「え、誰それ?」

「は? 高校三年のとき同じクラスだったろ」

「うちのクラスで? んー、……そんな子いたっけ」


 冗談でいっている雰囲気ではない。葉は一緒にいた別の同級生にも尋ねる。返ってくるのは同じ言葉だ。


「いやいや、絶対いたって。仲良かったはずだろ、一緒いたところみてたぞ」

「仲良かった? 全然覚えがないんだけど。あれ、私って誰と一緒にいたんだっけ」


 さっきまで確かに天尾はそこにいた。 声も、表情も、振袖の柄さえ覚えているのに――。


 その後も高校時代のクラスメイトに話を聞いてみたが答えは同じであった。

 葉以外はだれも天尾のことを覚えていなかった。


(……俺だけが、彼女を覚えている?)


 スマホを開き、悟が言っていたタグをSNSで検索した。

 #忘れ人――そこに流れる無数の投稿が、ただの冗談に思えなくなっていた。

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