ハゲ出荷のお知らせ
ピチャ
ハゲ出荷のお知らせ
出荷の日の空は、妙に澄んでいた。風は冷たく、まるで誰かの決意をなぞるように頬を撫でていく。
私は倉庫の入口に立ち、彼を見送る準備をしていた。
人間と機械の境があいまいになるほどに、彼は「完成」に近づいていた。それでも、どこかに幼さが残っている気がしてならなかった。
奥様が現れた。
黒い手袋を外し、端末の画面を一瞥する。
その横顔はいつも通り整然としていて、無駄がない。けれど今日は、指先の震えを隠せていなかった。
彼女は数字を信じる人だ。言葉よりも計算式で動く。だが、その冷たさの奥に、私は時折、小さな炎を見ていた。
「出荷確認、完了です。」
淡々とした声が響く。私は頷いた。
彼は何も言わず、奥様の足もとに視線を落とした。
その仕草だけで、彼が“人”であることを痛感した。
「あなた、見ている?」
奥様の声が静かに落ちる。
「ええ」
私は答えたが、その「ええ」は誰に向けた言葉なのか、自分でも分からなかった。
奥様は端末を操作しながら、金属的な光を放つ小さなデバイスを彼に取り付けた。
それは管理のためのもの――のはずだった。
けれど、その手つきには、何かを託すような、あるいは赦すような柔らかさがあった。
「あなたの担当は終わりね。」
「ええ。ここからは、奥様の領分です。」
私がそう言うと、奥様はふと目を伏せた。
その表情を見て、私は気づいた。
この人もまた、手放す痛みに耐えているのだと。
トラックのドアが閉まる音が響いた。
重たい扉が、ひとつの物語を区切るように。
彼の背中が見えなくなったあと、私はただ立ち尽くした。
奥様はしばらく端末を見つめていたが、やがて小さく呟いた。
「この子たちは、どこまで行けるのかしらね」
私は答えられなかった。
人を作ることと、人を送り出すこと。そのどちらも、私たちには重すぎる。
それでも世界は回る。金の流れが止まらないかぎり、出荷も続く。
奥様が帰っていく背中を見ながら、私は思った。
彼女が扱う電子の海の中で、彼の記録が静かに呼吸しているのかもしれないと。
そして、あの無機質な画面の奥に、ほんの一瞬でも、彼女の手の温度が残っていることを願った。
ハゲ出荷のお知らせ ピチャ @yuhanagiya
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