【2025クリスマス特別公開】雪の国のロレンス
はた
第一話『PM3:00』
この年の瀬は、僕にとって特別なものになるのは間違いない。
心弾むと言えるならいいが……正直、心中穏やかではいられなかった。僕は今、正に人生の岐路に立っている。懐に忍ばせている高めのシャンパンも度が過ぎていなければいいが。
辺りを見渡すと、僕と似た空気を
そわそわ落ち着きのない彼ら。あっちをキョロキョロ、その場で行ったり来たり。うんうん。分かる、分かるぞ。御多分に漏れず、気づけば僕も同じ行動をしていた。
君らの心情は痛いほどわかる!!希望と不安がない混ぜになった感情!!そう、この日には不思議な魔力がある。事は三か月前……十月から僕の計画は始まっていた。
所は『ベネット出版第二編集部』僕、ロレンスはこの職場に席を置いている。うちの部は地元密着情報誌『HOMEGATE』を刊行をしている。
自分で言うのもなんだが業績は良い方だと思っている。職場にも特に不満はなく、傍から見れば充実した社会生活を送っているように見えるはずだ。
そんな編集部内は年末号、及び新年号の制作の年末進行に、てんやわんやになっていた。御多分に漏れず僕も机に
取材として市内を駆けずり回り、社に戻れば原稿の山の執筆に明け暮れる。お陰様で今年の売り上げも好調。ライバル出版社にはない情報を求めることを心情としている。
気付けば周りからは『第二編集部のエース』などと呼ばれている。もちろん、そんな声を聞けば悪い気がするわけがない。
この編集部に在籍して七年目。
「……うん。いいね、この企画。良く思いついたわね」
「ありがとうございます。部長」
「でも……ロレンス君。大丈夫?」
僕の提案した企画が、年末号の目玉企画に
「最近、根詰めすぎじゃない?ちゃんと寝てる?」
「ええ。大丈夫ですよー?缶詰が何ですか?」
「……駄目だこりゃあ。今日は定時で帰ってちゃんと寝なさい」
その時、ある女性が取材から帰ってきた。僕の視線は勝手に彼女を追いかけていた。
「お疲れ様、ロレンス君。今日も頑張ってるね」
「あ、お疲れ様です。ナタリーさん」
「でも根詰めすぎないでね。休養も立派な仕事だよ?」
声をかけてきたのは一年先輩のナタリーさん。可愛くて気遣いも出来て……良いなぁ。優しいなぁ。僕の体温は上昇し、油断した意識が少々遠のいていく。危ない危ない。
長い黒髪にピシッとしたスーツ。お化粧も自然で、きつくない香水が魅力を引き出している、正に出来る大人の女性のお手本。男性社員からの人気もダントツだ。
「お気遣いありがとうございます、ナタリーさん。あともうちょっと原稿書いたら休みますね」
「……私の説得は聞かないのに……分かりやすいね、君は」
僕の部長とナタリーさんへの態度の違いに、明らかに不快になる部長。だがナタリーさんの前では感情を隠そうにも隠し切れない。それ程魅力的な女性だ。
そう。僕はナタリーさんにベタ惚れしている。彼女の前では表向きはともかく、内心は平静を装えない。いつもちゃんと会話できているかドキドキしてしょうがない。
「あ、そうだ。皆さんお土産です。ワガシの名店のマロンマンジューです。甘いものでリフレッシュしましょう」
「おお、来月号で取り上げるあの店か」
「あれは美味しそうですよね。人気が出る前に食べ納めないと」
「あ、ワガシが苦手な方にはエスポワールのプリンがありますんで。コーヒー豆も厳選しましたので早速煎れますね」
……素晴らしい。隙がまるで無い。それでこそ僕が惚れた女性だ。彼女が煎れたコーヒーの香りが編集部を包み込む。
「ああ……ペルーの高原の景色が見える……」
「……グアテマラ産の豆だよ、ロレンス君」
「やっぱり休んで寝なさい。働きすぎだわ、アンタ」
こうして仕事を切り上げタイムカードを押し帰宅する……のはまだ早い。今日こそは……今日こそは……!!
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