第4話 大誤算

「この功績をもって日本は独立が認められ、その後もダンジョン先進国として今日まで世界の発展に貢献し続けている……か」


 教科書に記載されていた文を読み終えると、鈴鹿は複雑な心境で教科書を閉じた。


「ただのタイムリープってわけじゃなかったのか。こういうのパラレルワールドって言うんだっけ?」


 元の世界にはなかったダンジョンという未知なる存在。その存在があることで良いこともあれば嫌なこともある。


 良いことは物語でしか見聞きしたことのなかったダンジョンに入ることができること。嫌なことは、未来知識による億万長者作戦が困難になったこと。


「やっぱり、楽してお金を稼ごうって魂胆がダメなのかね。FXで全財産溶かした後でも考えは変わらないな……」


 もうFXは辞めて普通に働こうと思っていたのに、過去に戻れた途端にまたFXに手を出そうとしていたのだ。FXを断ち切るためにも世界線が変わっていてよかったのかもしれない。


「それにしても不屈の藤原ってカッコいいな」


 不屈の藤原とは最初期にダンジョンへ入り、ダンジョンブレイクを鎮圧して回った英雄の一人だ。瀕死の重傷を負いながらも戦い続け、その戦う様は鬼神の如く。ダンジョンブレイクを収めた後も日本に戻りダンジョンの最前線を支え続け、引退後も後進の育成に力を注ぐ傑物だ。


「わけわからんダンジョンに入って戦い続けたのもすごいけど、治安維持に尽力したって言うのが聖人というか武士道というか、人格者だよなぁ」


 不屈の藤原がいたからこそ、日本は世界屈指の治安の良さを誇れていると書かれていた。


 元の世界線でも子供が一人でお使いに行けるくらい治安のよかった日本。だが、この世界にはダンジョンがある。ダンジョンのおかげで日本は国際的な立ち位置がかなり高くなったし、資源を国外に依存している日本にとってダンジョンはまさに宝の山であった。日本にとっていいことづくめのダンジョンだが、デメリットも。


 本来であればメリットに繋がるそれは、しかし矮小な人間にとって劇薬ともなりえるもの。それがステータスという概念であった。


 ゲームよろしく、ダンジョンでは敵を倒すとレベルが上昇した。レベルが上がればステータスも比例して増えてゆく。特に序盤のステータス上昇の影響は顕著で、レベルが10にもなればレベル1では逆立ちしたって勝てなくなるほどの差が開く。


 そんな急激な能力の上昇がレベルを上げるだけで起きるのだ。その力に溺れてしまう者が出てきてしまうのも無理もない。


 恐喝、強盗、強姦、殺人。それらが世界各地で横行していた。日本でも社会問題になる程度には多発していた。


 当然警察もフル稼働で問題に対処したが、ステータスの上昇した犯罪者にはそれ以上のステータスを持った者でなければ対応することができない。ステータスが上がるにつれ、モンスター同様に魔力を帯びた攻撃でなくてはダメージが通用しなくなるのだ。そのため、銃による脅しなど効果は無く、なんの抑制にもつながらない。


 だが、不屈の藤原を筆頭にトップ探索者たちが動いたことで日本の犯罪者たちは沈静化した。探索者協会の設立、探索者ギルドの前身となる探索者たちによる会社の設立、政府と協力しダンジョンに関する法整備。


 探索者協会を設立したことで探索者たちの統制を図り、各探索者パーティが会社を設立し運営することで探索者を社会の枠組みにあてはめ、法整備によって社会構造にダンジョンを取り込んだ。ギルド組員に犯罪者が出れば組合員には連帯責任を負わされ、悪質の場合は複数のギルドによる合同検挙も行われる。


 これらが健全に機能しているからこそ、日本の治安はトップクラスを維持することができていた。


 だが、世界では探索者たちがクーデターを起こし探索者が統治することになった国もあれば、探索者排斥を訴える民衆と探索者たちの衝突など探索者にまつわる事件は後を絶たない。


 さらに、探索者の強さが国力の強さに繋がってしまう点も問題であった。探索者がもたらすアイテムは国を富ませ、現代兵器が通用しない探索者たちが戦場に出れば、同レベル以上の探索者でしか応戦することができない。現に、鈴鹿が知っている国が姿を消し、別の国として存在しているのがこの世界なのだ。それらは探索者によって侵略されてしまった国々で、強力な探索者を有しない国はなす術もない。


 そんな強力なダンジョンは、現在166個存在している。しかし、その全てが最初に出現した10のダンジョンのある国にしか出現してはいなかった。近くにしか出現することができないという訳ではない。アメリカの東に位置するニューヨークにダンジョンがあれば、反対の西海岸であるカリフォルニアにもダンジョンはある。だが、お隣のカナダやメキシコにはダンジョンが出現しないのだ。


 ダンジョンについては今でも不明な点しかないが、人間が勝手に決めた国境をまたがないことに明確な意思を感じ不気味さに拍車がかかっている。逆に、その国に住む人々は神に選ばれたとダンジョンを信仰する宗教を立ち上げるなど、反応は様々だ。


 そんな事情もあり、ダンジョンを保有する10ヶ国、アメリカ、ロシア、中国、イギリス、フランス、ドイツ、アルゼンチン、サウジアラビア、ケニア、そして日本は世界で最も影響力を持つ国とされており、探索者の動向には世界が注目していた。


 各国はダンジョンブレイクを起こさぬようダンジョンの探索を進める一方で、増え行く探索者による犯罪に頭を悩ませているのだ。


「ダンジョンかぁ……どんなとこなんだろ」


 実は一度行ったことがある。記憶がどうなっているのかわからないが、この世界線の鈴鹿の記憶があるのだ。それによれば、鈴鹿はダンジョンに訪れていた。日本では15歳からダンジョンに入ることが許可されており、世の中学三年生は15歳を迎えるとダンジョンに1度入ることが大人になるための通過儀礼となっていた。


 何故か思い出せる俺の記憶では、父さんと一緒にダンジョンへ行っていた。ただ、鈴鹿が武器を持ってダンジョンを探索したとかではなく、入口をちょろちょろして父さんがモンスターを倒すのを見ただけで、モンスターとは戦ってもいなかった。


 この世界の鈴鹿の常識ではそれが普通であり、あくまでダンジョンに入ることが重要で、わざわざ戦う必要はないみたいだ。父さんが戦っていたのはカッコいいところを鈴鹿に見せようとしてであり、どこの父親もやっていることであった。


 どうやらこの世界の鈴鹿は探索者にはいいイメージを持っていないようだった。探索者は命がけということもあり、やんちゃなやからも数多くいる。まじめな探索者もいっぱいいるが、悪いものというのはよく目立つものだ。探索者による犯罪行為や、探索者だからと無罪放免されるケースなども頻繁にニュースで見ていれば、悪い印象を持つのも仕方ない。


 それでも不屈の藤原含め善良なヒーローのような探索者も多くいるため、探索者に憧れる者も少なくない。元の世界で言えば芸能界のようなものだろうか。薬物や不倫などする者たちが多くいる一方で、キラキラしている世界に憧れる者も多くいる。


 この世界の鈴鹿は探索者に成ろうなど思っておらず、よく迷惑かける奴らが多い職業程度にしか認識していないようだった。


「さて、俺の記憶が妄想でなければ、確かここに……あった」


 机の引き出しの中から貴重品を入れていたカンカンを取り出し開いてみれば、お目当ての物、探索者ライセンスカードを発見した。


「たしかこれがあればダンジョンに入れるんだよな」


 運転免許証の様な見た目をしたそれには、顔写真とともに五級と記載されていた。これは探索者のランクを表しており、俺は五級探索者ということになる。


 鈴鹿はライセンスカードを見つめながら、改めて自分の今後について考えた。


 投資による大金持ちプランが白紙となったのだ。順当に進学し、前と同じ会社にでも入社する道もある。


「ダンジョンか……。前の世界と決定的に異なる点だよな」


 ただのタイムリープだったら同じ人生を歩んだだろう。戦争が勃発しているような世界であれば、必死に戦場に立たなくて済むように立ち回ったことだろう。だが、この世界にあるのはダンジョン。そのワードにときめきを覚えずにはいられない。


 この世界線の鈴鹿は、ダンジョンにさほど興味を持っていなかった。この世界ではダンジョンの存在が当たり前なのだ。ダンジョンが出現して50年以上も経てば、目新しさもない。もちろんトップ探索者にでもなれば富も名声も手に入れることができる。しかし、それが困難なことは中学生の鈴鹿でも理解していた。


 ダンジョンでは自分の命を担保にしなければいけないのだ。外野から見ている分にはいいが、自分がダンジョンに潜る者―――探索者になろうとは考えてもいなかった。


「今の俺の状態って何だろうな。これってさ、ボーナスタイムみたいなものなんじゃないかな」


 FXで全財産を溶かした鈴鹿だ。あの時は精神的にまいっていて、食事もろくに取れていなかったし眠れてもいなかった。自殺したわけでもトラックに轢かれたわけでもないが、実は死んでいましたと言われてもおかしくない状態だった。


 なら今の俺はなんだ? 何かの幸運が重なって、人生をやり直せてるんじゃないのか? そんなボーナスタイムなら、リスクだとか安パイだとかそんなこと考えず、自分がやりたいことをとことんやってみてもいいんじゃないか?


 ダンジョンがしっくりこなければ違うやりたいことを探せばいいだけだ。目指せ最深部!など掲げずとも、趣味の範囲でダンジョン探索することだって可能なはずだ。


「うし。物は試しだな。明日は休みだし、いっちょ行ってみますか、ダンジョン」


 そうと決まれば事前準備は大事だよな。こんなに生活の基盤になっているのなら図書館にも関連図書くらいあるだろう。


 そうして鈴鹿は明日のダンジョンに備え、情報を仕入れるために図書館へと向かった。

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