ハロウィンの十月三十一日の町

OROCHI@PLEC

ハロウィンの十月三十一日の町

 十月三十一日、木枯らしが吹く街中の大通り、高校生ぐらいのある少年が一人歩いていた。

 風が吹き、少年の髪を揺らす。


「寒っ」


 少年からそんな声が思わず漏れる。

 街中はハロウィン一色。

 少年が通り過ぎる人はおおよそが仮装をしている。


 吸血鬼、幽霊、ミイラなど定番のものから。

 怪盗、探偵、怪獣、アニメキャラ、猫など数えたらきりがないほどの種類の仮装が少年の目に映る。


 そんな中、ただ一人学生服の彼は目立っていた。

 もちろん、悪いほうの意味でである。

 少年は周りから降り注ぐ視線に居心地が悪くなったのか、少し早くなる。


「はあ、今日がハロウィンだってこと、すっかり忘れていたよ」


 少年が小声で呟く。


「ほんと、なんでハロウィンなんてイベントがあるんだろうな。確かに昔は儀式的な意味があったからやらなきゃいけなかったけど、今はただのお遊びイベント化してるし。なんなら成長するにつれてハロウィンというイベントすら忘れていくから、実質子供限定のイベントになっている側面もあるし。よくわかんないな」


 少年は目の前を通り過ぎたカップルを横目で睨みながら通り過ぎる。


「どうしてか教えてやろうか」


「わっ」


 いつのまにか少年に近づいていた大きな鎌を持った死神が後ろから声をかける。


「何ですか、ん? 死神のコスプレ? なるほど、不審者ですか。通報しますね」


「まあ落ち着いて。なに、ただの通りすがりの死神だ。怪しいものではないし、すぐにいなくなる」


 少年は思う。


(十分怪しいだろ)


「それで、ハロウィンがある理由だっけ。簡単な話だ。時を思い出すためだ」


「どういう意味ですか?」


 思わず少年は聞いてしまう。


「そうだな、仮に、ハロウィンといったイベントなどが全てなかったとしよう。すると、人はイベントがあったであろう日も、今日というハロウィンも普通に仕事をして、学校に通ってそれで終わりという、当たり前の一日となる。ここまでは分かるよな」


「はい」


「そうなるとどうなるか。人々は時間の感覚を少しずつ失う。具体的に言うと、人々は何かは少し変わるが同じような日を繰り返し、そんな日が繰り返されると、人はいつの間にか二日を一日に、一週間を一日に、一年を一日に少しずつ時間を軽く見始め、時というのを意識しなくなる。」


「そうなるとどうなるんですか? 急いでいるので簡潔にお願いします」


「手厳しいな、まあ簡単に言うと、何にもしないままあっという間に死んでしまうのさ。時を感じなくなるからな」


 少年は少し考え込んで言う。


「なるほど、確かに納得できる話ではありますね。ですがそれは、イベントがある理由であって、ハロウィンがある理由ではないのでは?」


「なんだ、そんなこともわからないのか。大人はな、クリスマスプレゼントとか、バレンタインとか、欲しけりゃだいたい自分で自分に買わなきゃいけないんだ。でも、ハロウィンは違う。コスプレしてれば誰にトリック・オア・トリートっていっても無料でお菓子がもらえるからな! だから、時のためにイベントがあり、日頃頑張っている大人のためにハロウィンはあるんだ! ハロウィン最高!」

「というわけでデス・オア・トリート。お菓子を渡すか死を受け取るか選べ」


「面倒くさいのでお菓子渡します」


 少年は仕方なくポケットから軽食用に入れておいたチョコレートボンボンを二つ取り出す。

 死神はその中から一つを受け取り、嬉しそうにしている。


「こんな大人にはなりたくないな」


 少年は思わずつぶやく。

 死神は急に真顔になって口を開く。


「一つ言わせてもらおう少年。物事に何の意味を、何の目的を持たせるかはすべてだ。結局、世の中は己の主観でしか見れないのだから。ちなみに俺は、何か自分のやっていることに何か意味を感じたのなら、突っ走るようにしてるぜ。俺はそれに何かを感じたってことだからな!」


 死神はカラカラと笑う。

 少年はその言葉に目を見開く。

 その言葉は、少年の心を大きく揺さぶる。


「というわけで俺が言えるのはここまでだ。じゃ、あとは頑張れよ」


 そう死神は言い笑みを浮かべ、少年が瞬きをした隙にその場から立ち去る。

 少年は呆気にとられて一つの残ったチョコを持ち、立ち尽くす。


(一瞬で消えるとは、逃げ足の速い人だ。あの人の話は興味深かったな。それにしてもあの死神の衣装、ずいぶんリアルだった気がする。有名なコスプレイヤーだったのだろうか。……というか、そもそもあの方は人だったのだろうか)


 少年の背中に冷や汗が浮かぶ。


 そんな風にチョコを持って物思いに沈む少年のところに、少し離れたところにいて様子を伺っていた小学校高学年ぐらいの少女が近づいていく。


「トリック・オア・トリート! お兄さん、お菓子をくれないといたずらしちゃうぞ!」


 少年に少女が声をかける。

 その声を聞いて、少年が少女を見た瞬間、まるで定められていたかのように、少年は恋に落ちる。


(何この子! 笑顔が可愛くて、声も可愛くて、すべてが輝いていて、すべてが可愛くて、なんというか、もう好き)


 どうやら彼の語彙力は、少女と会った衝撃で死んだらしい。

 南無阿弥陀仏。

 おそらく、この出来事は少年にハロウィンの意味を植え付けるのには、十分なものだっただろう。


 ハロウィン。

 それは、悪い霊を追い払うイベントであり、仮装をするイベントでもあり、お菓子をもらうイベントでもある。

 そして、のイベントでもある。


 だが、そんなことはどうでもいい。

 ただ一つ、私が心配するのは、

 高校生と小学生の恋愛は、警察のお世話にならないのかということだけである。

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