最強『剣姫』に間違えて告白したら付き合うことになった件

笹塔五郎

第1話 間違えて告白した

 少女――リンティ・クレパスには憧れている人がいる。

 十五歳となったリンティが最初にしたことは、冒険者への登録だった。

 冒険者という職業は、きっとこの世界においては一番メジャーだろう。

 仕事の範囲は幅広く、冒険者協会への依頼主は個人から国に至るまで幅広い。

 そういった体系ができるまでの歴史は長く、古いものだと聞いている。

 だが、リンティが冒険者を目指した理由は、本当に単純なことだった。


「はっ、はっ、はぁ……」


 額から流れる汗を拭い、リンティは目の前の大木を見上げた。

 薄着だが、肩にかかるくらいの栗色の髪は少し汗で濡れている。

 まだ幼さの残る顔立ちをしているが、その表情は真剣だ。

 手に握るのは木剣で、柄の部分は少し汚れて黒ずんでいる――これは、リンティの努力の証であり、掌から滲んだ血だ。

 これは毎日欠かさない彼女の鍛錬であり、憧れの人に少しでも近づくために必要なことだった。

 ただ、その相手との差は――どうにも埋められそうにはない。


「……っ」


 思わず、唇を噛みしめる。

 ――分かっていることだ。

 リンティには特別、剣術の才能はなかった。

 実際に習い始めたのは十歳の頃。孤児院で育ったリンティは、ある一件をキッカケに近くの道場で剣術を学び始めた。

 今でも基礎を疎かにせず、地道な鍛錬を続けているのは、それがリンティにできる唯一の修行だからだ。


「……あと、百回」


 再び木剣を強く握りしめ、リンティは意識を集中させる。

 思い浮かべるのは、いつだって憧れの人の顔――


「いつもここで鍛錬しているの?」

「……はい。わたしは強くならないと――へ? わひゃあああああ!?」


 無意識のうちに話していたが、気付けばすぐ近くに一人の女性がいた。

 銀色の髪は少し短めにカットされていて、少し眠そうにも見えるが整ったその人の顔を見るや否や、リンティは頬を赤く染める。

 理由は単純――今、目の前にいる人こそがリンティの『憧れ』そのものだからだ。


「け、け、剣姫様がどうしてここに……!?」

「そんなよそよそしい呼び方しなくていいよ。私のことはベレちゃんって呼んで」

「剣姫様を親友みたいな呼び方できませんよ!?」

「普通に友達くらいの感覚だけど」

「と、友達だなんて……恐れ多い、です」


 思わず舞い上がってしまったが、リンティは冷静さを取り戻し、少し表情に陰を落とした。

 ベレッタ・ハルフリード――正真正銘の英雄であり、おそらく史上最年少で冒険者の最高位である『Sランク』に到達した人物でもある。

 今のリンティと同じ十五歳で冒険者となり、十六歳にはその域に達していたのだから、彼女が天才なのは間違いないだろう。

 剣術においては、リンティが暮らす王国の騎士――『剣聖』と呼ばれる人物にも引けを取らないとか。

 五年経った今でも変わらず活躍をしており、注目され続けている若手の冒険者だ。

 若手と言っても、もはやベテラン冒険者でも彼女に勝てる者はいるか怪しいと言うが。

 何を隠そう――ベレッタが冒険者となって半年経ったくらいの頃、リンティは魔物に襲われそうだったところを救われているのだ。

 きっと、ベレッタは覚えていないだろうし、こうして話しかけられたのも実は初めてであった。


「それで?」

「……はい?」

「私の質問に答えてないよ。いつもここで鍛錬をしているの?」

「! あ、す、すみません! えと、そう、です」

「ふぅん、中々の努力家みたいだ」

「わ、わたしなんてまだまだですよ!」


 本当は少し褒められて嬉しく、今にも舞い上がってしまいそうだったが、何とかこらえる。

 そんなリンティの姿を見て、ベレッタは淡々とした口調で続ける。


「けれど、あんまり無理をしすぎるのもよくはないよ」

「え……?」

「その手、怪我してるでしょ」


 リンティは指摘されて、すぐに手を後ろに隠した。

 普段は包帯を巻いて、皮の手袋をして他人は見せないようにしている。

 ある意味では、一番見られたくない人に見られてしまった。

 ベレッタの言葉に答えられずにいると、


「ま、努力する子は嫌いじゃないけどね。応援してる」


 優しげな微笑みを浮かべて、彼女はリンティへと背を向けた。


「あ……」


 ――正直、こんな風に気にかけてもらえているとは思わなくて、嬉しかった。

 そして、せっかくこうして二人きりで話す機会を得られたのに、このまま終わってほしくはなかった。


「ま、待ってください!」

「? なに?」


 呼び止められるとは思っていなかったとか、少しだけ驚いた表情で、ベレッタは振り返った。

 だが、それ以上に驚いていたのは――


(な、なんで呼び止めたんだ、わたし!?)


 リンティ本人である。

 何も考えずに勢いに任せたのはいいが、この後に言うべき言葉が見当たらない。

 ベレッタはリンティとの距離を詰める。


「どうしたの、顔が赤いけど」

「えっと、いや、その――」

「よく聞こえないけど」

「ひょわ!?」


 物凄く近い距離に、憧れの人がいる――心臓の高鳴る音まで聞こえてしまうのではないか、という距離だ。

 呼び止めたからには、何か言わなければならない。

 あらゆる感情がごちゃまぜになったリンティはそれでもただ一つ、思いついた言葉があった。

 ――わたしとここで剣の稽古に付き合ってくれませんか?

 二人きりというこの場所でしか頼めず、おそらく二度とない機会だ。

 きっと断られるだろうが、それでも何か言わなければならない。

 必死に頭を回転させて出した答えを、リンティはすぐに言葉にする。


「わ、わたしと……!」

「私と?」

(あ、近……!)


 言葉が聞き取れないからと、随分と近くまで寄ってきているベレッタに、気付けば背中に大木が当たるところまで追いつめられていた。

 ドンッと壁に手を当てられた状態で、たった一瞬だけ思考が停止したリンティは、


「付き合ってくださいっっっ!」


 それはもう、周囲に響き渡るほどの大きな声で、はっきりとそう宣言した。

 その後に訪れるのは静寂――目を瞑って叫んだリンティは、ようやく違和感に気付いた。


(……あれ、わたし、今なんて言った……?)


 勢いに任せて口にした言葉は、あまりに重要な部分が抜けていたのではないだろうか。

 リンティはすぐに、顔を上げて訂正しようとして、


「うん、いいよ」

「…………へ?」

「だから、今の告白、受けてあげる。今日から――君は私の彼女だね」


 ぽかんと、開いた口が塞がらなかった。

 ただ、ほんの少しの繋がりがほしくて、キッカケがあればいいと、そう思っていただけなのに。

 ――今日、リンティ・クレパスに初めての恋人ができた。

『剣姫』と呼ばれ、自分とはおおよそ住む世界の違うはずの人で、憧れだった人――ベレッタ・ハルフリードへ、間違えて告白したことによって、だ。


***あとがき***

昔書いた百合を見返していたら百合ラブコメファンタジーいけそうだな……?って思ったので掲載してみます。

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