ゲームでは最強の俺、現実では最強美少女になりました。
寝子車
プロローグ
ラストダンジョンの最奥部、星々の瞬く巨大な広間で、少女は息を荒げながら膝をついていた。その目の前では、揺らめく人影のようなボスモンスター――『深淵』の残骸が、ゆっくりと光の粒子となって消えていく。
「はあ……はあ……間に合った……」
視界の端のカウントダウンは残り10分を切った。
安堵の息を漏らしたそのつぶやきは、ゲーム内のアバターのもの。柔らかく、少女のような響き。"俺の声"とは大違いだ。
フルダイブ型ファンタジーMMORPG『オルター・ジェネシス・オンライン』――
通称"AGO"で、俺は最初から最後までソロプレイヤーとして全てのダンジョンを踏破してきた。現実と同じく無名のまま、誰にも知られず。ただ、ゲームの世界を愛し、極めることに没頭した。
ソロを選んだ理由は簡単だ。他人に合わせてゲームのプレイ時間を調整する必要がない、報酬の配分でトラブらない、パーティー内でしつこくリアルについて聞かれない。そんなありきたりなもの。
しかしそんなのも金輪際なくなる。10年続いたAGOは今日でサービスを終了するからだ。
俺は息を整えると、深淵の座っていた玉座に現れた、ダンジョンクリア報酬の宝箱へ近づく。今までの宝箱とは違い、黒く怪しげなオーラを放つその蓋を息を呑んで開ける。その中には鈍い輝きを放つ細身の王冠が入っていた。
王冠をタップしてアイテムの説明欄を表示する。『願いの冠』。装備品かと思ったが、能力補正は表示されない。代わりにフレーバーテキストがそれなりの量で書かれている。ラストダンジョンを攻略したトロフィーのような扱いなのだろうか?
俺は少し期待外れだと思いながらも、折角なのでその王冠を頭に乗せ、玉座に腰かけながら頭上の星々の瞬きを見上げ、思い出を振り返る。
初めてフルダイブを経験したときの新鮮な驚き。モンスターを1体倒した時の喜び、強敵に何度も敗北して、試行錯誤した夜。隠し要素を発見した時の高揚感。
でもその全てが、今日から過去になってしまう――。
現実の俺は泣いていないだろうが、アバターであるこの身体からは一筋の涙が流れ落ちる。
寂しさが胸に広がる。AGOは俺の全てだった。現実では家族も友人もいない天涯孤独の冴えないゲーマー、月城 レン。日々の生活に困らない程度に仕事をし、ただひたすらこの世界に潜っていた。
「……終わらなければ良いのにな」
寂寥感からのそんな呟きも、サービス終了のアナウンスにかき消される。
「オルター・ジェネシス・オンラインは、本日202X年○月○日○時をもちまして、すべてのサービスを終了いたします。長きにわたるご支援、誠にありがとうございました。」
カウントダウンが進み、周囲の景色が少しずつぼやけ始める。ダンジョンの壁が揺らぎ、仮想世界の境界が薄くなる。安全のため、事前のログアウトが推奨されていたが、それでも俺は最後までこの世界に残っていたかった。
「10……9……8……」
そっと目を閉じる、アバターの心臓の音が聞こえる気がした。理想の美少女を追求したこの姿ともお別れだ。でも、俺はこの世界を、誰より愛した自信がある。
「3……2……1……0――。」
視界が白く染まり、意識が白い靄に溶けていく。ログアウトの感覚……俺の身体はベッドに横たわったまま、現実の重さを思い出していた。俺はヘッドギアを外せず、起き上がれずにいた。孤独感が、重くのしかかっている。
今はもう、何もしたくない。現実を直視できず、ただ、眠りに落ちた――。
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