百の始まり

夜。

風が少し冷たくて、月がやけに明るかった。

宿題も終わったし、お風呂にも入った。

あとは寝るだけなのに、なんとなく眠れない。

机の上のカバンを見たとき、

昼間拾った“箱”のことを思い出した。

(……あの箱)

取り出して、手のひらに乗せてみる。

木でできた、小さな箱。

見た目はなんてことないのに、

じっと見ていると胸の奥がざわざわしてくる。

(なんでこんなの、気になるんだろ)

ひんやりしてる。

でも、手の中で少しだけ熱を帯びていく気がした。

その温度が怖くなって、

私はそっと机の上に戻した。

ベランダのカーテンが風に揺れる。

少しだけ窓を開けて、夜の空気を吸い込んだ。

冷たい。

けど、気持ちいい。

月が、やけに近くに見えた。

その光に照らされて、庭の端が白くぼんやり光っている。

(……花?)

目を凝らすと、そこにスズランが咲いていた。

白い花びらが、夜の風に揺れている。

春でもないのに。こんな夜に。

その瞬間、風が強く吹いた。

髪がふわっと舞い上がる。

耳の奥で、誰かの声がした。



「百の幸せを拾い集めたとき、

失われたひとつが、戻ってくる――」



心臓が跳ねた。

怖くなって、私はすぐに窓を閉めた。

カーテンを引いて、ベッドに潜り込む。

部屋の中は静かだったけど、

机の上に置いた箱が、月の光を反射して、

うっすら白く光っているのが見えた。

(……なんなの、あれ)

目をそらして、布団を頭まで引き上げる。

まぶたを閉じても、

さっき聞こえた声が耳の奥に残っていた。

外では、スズランたちが月に顔を向けていた。

一輪一輪が少しでも多く光を浴びようと、

風に揺れながら、静かに競い合っている。

「私を見て」「私を照らして」

そう訴えるように、

小さな花びらを必死に広げていた。

その夜の主役は、彼らだった。

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