ゲームの実力はSSSなのに配信はF?!新人VTuber初配信で炎上しました

第一章 炎上デビュー

第1話 配信デビューで即炎上

「柑利くん、また図書室?」


放課後の廊下で声をかけられ、俺――柑利憂は小さく頷いた。


「ああ、今日も本返しに」


「相変わらず地味だねー。いや、悪い意味じゃなくて」


クラスメイトは笑いながら手を振って去っていく。


地味。その評価は間違っていない。有犂高校2年A組、柑利憂。身長は平均的、黒髪で目立たない顔立ち。成績は中の上。部活はしていない。友達も少ない。


典型的な「モブ」タイプの高校生だ。


図書室に入り、借りていた本を返却ボックスに入れる。司書の先生に会釈して、いつもの窓際の席へ。


スマホを取り出し、メールボックスを開く。


そこには、一通の未読メールが残っていた。


送信者:Sani株式会社 人事部


件名:正式契約書類について


「……まだ実感わかないな」


俺は小さく呟いた。


Sani――日本最大級のVTuber事務所。所属VTuberは300人を超え、そのうち登録者数100万人超えが30人以上。業界のトップを走り続ける大手企業だ。


そんな事務所から、俺にスカウトが来た。


理由は単純。


俺が、高校1年生のときに「世界一」になったからだ。


---


それは去年の夏のことだった。


FPSゲーム『クロスファイア・オンライン』の世界大会。16歳以下部門で、俺は優勝した。


正確には、チームで優勝したのだが――俺は大会MVP、キル数・アシスト数ともに全選手中1位という記録を叩き出していた。


当時のゲーマー名は「Yuu_K」。


世界中のプレイヤーから「あいつは化け物か」と言われた。


それから半年後、俺は「引退」を表明した。


理由? 別に、飽きたわけじゃない。


ただ――燃え尽きた、というか。


目標だった「世界一」を達成してしまって、それ以上続ける意味を見失ってしまったんだ。


学業に専念します、とだけ声明を出して、俺はゲーム配信も大会出場もすべてやめた。


そして数ヶ月後。


Saniからメールが届いた。


内容は――「元世界王者として、VTuberデビューしませんか?」


---


「配信経験? ないです」


初めてのオンライン面談で、俺は正直に答えた。


画面の向こうにいる担当マネージャーは、少し困ったように笑った。


「そうですか。でも大丈夫です。研修もありますし、サポートもしっかりしますから」


「……本当に、俺なんかでいいんですか?」


「もちろんです。あなたの実力は本物です。それに、元プロゲーマーというブランドは強い。配信スキルは、これから身につければいいんですよ」


その言葉を信じて、俺は契約書にサインをした。


VTuber名:月都秋(つきと しゅう)


キャラクターデザインは、白と紺のパーカーに、少し長めの黒髪。瞳は青みがかったグレー。中性的だけど、少年らしい雰囲気を残したビジュアル。


「これが、俺の"ガワ"か……」


初めて3Dモデルを動かしたとき、画面の中の「月都秋」が俺の動きに合わせて動いた。


不思議な感覚だった。


これが、俺の新しい顔。


---


そして――初配信の日がやってきた。


「緊張する……」


自室で、俺は配信用のPCの前に座っていた。時刻は午後8時。事務所が設定してくれた初配信の時間だ。


ヘッドセットを装着し、トラッキング用のカメラを確認する。画面には月都秋の姿が映っている。


深呼吸。


マネージャーからは「最初は自己紹介して、ゲームを1時間くらいプレイすればOK」と言われている。


簡単……だよな?


配信開始ボタンをクリック。


「……こんばんは」


画面に「LIVE」の文字が表示される。


視聴者数が一気に跳ね上がった。500、1000、1500……。


さすが大手事務所。初配信なのにこの人数。


コメント欄が流れ始める。


『きたああああ』

『新人!?』

『元プロって本当?』

『声かっこいい』

『イケボじゃん』


「えっと……初めまして。月都秋です。今日からSaniでVTuber活動を始めます」


『よろしく〜』

『応援してる!』

『ゲームうまいの?』


「ゲームは……まあ、得意な方です」


『謙虚w』

『元世界一位って聞いたけど』

『マジで?』


「あ、はい。去年、FPSの世界大会で優勝しました」


『すげええええ』

『ガチ勢じゃん』

『期待』


ここまでは順調だった。


問題は――この後だ。


「じゃあ、さっそくゲームやります。今日は……」


俺はゲームを起動しようとして、ふと思った。


何をプレイすればいいんだ?


マネージャーからは「好きなゲームでOK」と言われていた。


FPS? でも、初配信でガチプレイは重いかもしれない。


カジュアルなゲーム? でも、俺そういうの詳しくない。


「……あの、リクエストありますか?」


コメント欄を見る。


『FPS!』

『バトロワ!』

『ホラゲ!』

『マイクラ!』

『歌!』


「歌は……歌えません」


『えw』

『歌枠ないの?』

『VTuberなのに?』


「俺、ゲーム専門なんで」


『潔いw』

『まあいいか』

『ゲーム見たい』


そこまでは良かった。


問題は、次の発言だ。


「歌とか雑談とか、そういうのは他の人に任せます。俺はゲームだけやります」


一瞬、コメント欄が止まった。


そして――


『は?』

『他の人に任せますって』

『感じ悪くね?』

『なんか上から目線』

『協調性なさそう』


え?


「え、いや、そういう意味じゃなくて……」


俺は慌てて訂正しようとした。


「俺が苦手なことは、得意な人がやればいいって意味で……」


『言い訳すんな』

『最初から印象悪いわ』

『これは荒れる』


「待って、誤解です」


『誤解じゃないだろ』

『VTuberなめてる?』

『ゲームだけやりたいなら配信者でいいじゃん』


コメント欄が荒れ始めた。


俺は何を言っても逆効果になる気がして、黙り込んだ。


すると――


『無視?』

『コメント読まないの?』

『感じ悪』


「……読んでます」


『じゃあ答えろよ』

『なんで黙ってんの』


「いや、何を答えればいいのか……」


『は?』

『煽ってんの?』

『態度悪すぎ』


もう、何を言っても駄目だった。


配信開始から、わずか3分。


俺は――炎上していた。


---


「すみません、体調が悪いので今日は終わります」


そう言って、俺は配信を切った。


部屋に一人、俺は頭を抱えた。


「……何が起きたんだ」


スマホが震える。マネージャーからの着信だ。


「はい……」


『月都くん、大丈夫? 今配信見てたけど』


「すみません。俺、何か変なこと言いましたか?」


『えっとね……悪気がないのはわかるんだけど、言葉の選び方がちょっと……』


「どこが……」


『"他の人に任せます"って言い方が、ちょっと他のVTuberを下に見てるように聞こえちゃったかも』


「え、そんなつもりじゃ……」


『わかってる。でも、視聴者にはそう伝わっちゃったんだよね』


俺は愕然とした。


ただ、役割分担の話をしただけなのに。


「どうすれば……」


『とりあえず、明日また配信して、謝罪と説明をしよう。大丈夫、サポートするから』


電話を切って、俺はベッドに倒れ込んだ。


初配信。


開始3分で炎上。


「……俺、VTuberに向いてないのかな」


天井を見上げながら、俺はそう呟いた。


でも――諦めるわけにはいかない。


契約した以上、やり遂げないと。


「明日、リベンジだ」


俺は拳を握りしめた。


こうして、炎上系VTuber・月都秋の配信生活が始まった。


本人に自覚はないまま。

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