第18話α 旧神 殺しの夜想曲〜黄金の姉と教師殿〜

・黄金の記憶 ― 星を墜とした者 ―


彼女はかつて、愛を知らぬ神々を斬った刃だった。

名は──エルダ・アリスヌトセ・カームブル


その黄金の髪は、血煙の中でなお輝き、

その剣は、星辰の秩序を断ち切るために鍛えられた。


夜の戦場。

崩壊する天球。

光を失った神々が、沈みゆく惑星の上で呻く。


「我らは無限を願った。だが、愛を知らぬ永遠に意味はない」


そう言い残し、ひとりの旧神が静かに滅びた。

その断末魔の中で、エルダは何かを感じ取った。

胸の奥で、知らぬ痛みが芽吹いたのだ。


「……これは、何?」


神にとって、心臓の痛みなど無意味。

だが、それは確かに『想い』だった。


彼女は何千もの神々を葬り、何百の文明を見送った。

それでも、『誰かを愛したい』という願いだけは、

決して滅ぼせなかった。


(彼女はその願いを、罪だと信じていた)


黄金の女神は、やがて剣を捨てた。

そして、星々の沈黙の果てで祈った。


「もしも、次の時代に『愛』を教えられる者が現れるのなら──」


その祈りが、幾億年の眠りを越えて、

『教師』と呼ばれるひとりの人間へと届いた。




・夜の屋上 ― 教師殿と黄金の姉 ―


ホテルの屋上。

街の灯が夜空に散る宝石のように瞬き、

秋の風が、彼女の金糸の髪を揺らした。


「教師殿。あなた、星を見上げるとき、何を思うの?」


真上理人は答えなかった。

その瞳には、どこか『戦場を見た者』の静けさがあった。

彼もまた、理性と感情の狭間で揺れている。


「……俺はただ、生徒も、仲間も、泣かせたくないだけだ。

 それが教師の仕事で、救世主の真似事じゃない」


エルダはふと笑う。

かつて『神々の終焉』を見た彼女には分かる。

この男の言葉には、救済よりも『ゆるし』の色がある。


「貴方のその愚直さ、好きよ。

 愛は、理性を越えるものだから」


理人は少し困ったように目を逸らす。

その頬の朱が、夕焼けよりも温かい。




──そして彼女は思い出す。



遠い昔、ひとりの英雄がいた。


星を救うために、神々に背いた人間。


彼は滅びゆく神殿で、

剣を構えたまま彼女に言った。


『愛とは、滅びを恐れぬ心だ。

 女神よ、お前がそれを知る時、戦いは終わる」




その声が、理人のものと重なって聞こえた。


「教師殿。私、貴方の生徒たちを愛している彼女──

 ノア=エルを見て、ようやく理解したの。

 愛は、 戦うことじゃなく、誰かを『見届ける』ことなのね」


エルダはそっと理人の手を取る。

その指先から、柔らかい光が溢れる。


それは『旧神殺し』の冷たい輝きではない。

まるで人間の涙のように、温かかった。


「私はもう、剣の女神ではない。

 ただ、貴方の歩む道を照らすともしびでいたいの」


その言葉に、理人は静かに頷いた。

二人の影が夜風に重なり、その一瞬、世界がほんの少しだけ優しく見えた。




・追想 ― 教師、夢の底にて ―


夜が更け、理人はひとり、屋上に残った。

空にはまだ、彼女が見ていた星が瞬いている。


「旧神殺しの女神が、俺なんかに『導かれる』なんてな……

まるで、TRPGのセッションみたいだ」


苦笑しながらも、胸の奥が熱くなる。

彼女の言葉には、戦いの果ての静けさがあった。


それは、彼自身がずっと探していた『答え』でもある。


「戦うだけじゃなく、見届ける……か。

 それが、教師ってやつの、本当の仕事なのかもしれない。


 愛を教える前に、まず『人の生き方』を見守る──

 それが、俺のやり方だ。」


彼は夜空を見上げた。

そこには、黄金の女神が見上げた星々が輝いていた。

かつて滅びを見届けたその光が、今は『希望』として瞬いている。


「ありがとう、エルダ。俺は、君の祈りを引き継ぐよ。

 愛で、この世界のバランスを取るために」


風が吹き抜ける。遠く、夢の果てから、

エルダの優しい声が囁いた。


『ならば、教師殿──貴方の選択が、世界の旋律となる。

 愛も、滅びも、同じ夜想曲の一節なのだから。』




静かな音楽が流れるように、夜が沈む。

月光の下、黄金の女神は微笑み、

人間の教師は祈る。


そして二人の願いは、

やがて『愛と秩序の均衡』という旋律となって、

この世界の深層に響き続ける。


──それが、「旧神殺しの夜想曲」。

星々が眠る夜に、愛だけが静かに奏でられていた。



そして翌日。ドリームランドの歪んだ遊園地で、

彼らを待つのは──

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