第3話 安っぽいけど本当にテントだ

「安っぽいけど本当にテントだ。わたしが出したんだ……」


びっくり。

履歴書とかエントリーシートの特技の欄に書けるかな。


テントを具現化できます……って、何の役に立つんだ! もうちょっと実用的な……って、あれ?


現代日本では、テントの具現化なんて、就職には役に立ちそうもない。

でも、この世界では……?


ここが、どんな世界なのかは分からない。

だけど、異世界召喚で、しかも聖女ときたら。


中世ヨーロッパ的なファンタジー世界。魔法とか魔術とかあり……だよね、多分。


特技として、売り込めるんじゃないかな……?


だって、さっき、宝珠に手を触れろって言ったおじいちゃんとか、ローブを着た魔術師っぽい人たちとか、キーファーとかいう王子様? 殿下? とか。


わたしが具現化したテントをしげしげと眺めているし。


掴みはオッケー、面接官の興味は引けた……ってところ?

だったら……、ここで売り込むべき⁉ 

うん、そうよ。ここが売り込み時! 

今を逃したら、わたし就職先ないかもしれない!

就職試験も五十社目と思えば、ここが気合いの入れ時‼

異世界で就職なんて、すごく都合がいいかも!


だけど、どうやって売り込もうか……。


ちょっと考える。


テント、珍しいですよ……だけじゃ駄目だよね。

就職試験での必須! わたしは御社にとって役に立つ人材ですって示すこと!


御社……じゃなくて、この異世界にとってこのテントが有用だと示す……。


「先輩たちから借りたゲームとかマンガには、鑑定とかそういう能力があって、何をどうするかわかるんだけど……」


なんて、言ったら出た! 鑑定画面みたいなのが!


「具現化スキル『テント』 LV1 回復量(小) 一日に一人分だけ、身体能力や魔力を回復可能」


つまり、効果の弱いポーション的な感じ?


鑑定画面みたいなところに現れた文章を読んでみたら……。


キーファーとかいう王子様っぽい人が、前のめり気味に言った。


「よし、誰か試してみろ!」


美少年の命令に、腰に剣をぶら下げて、青いマントを着た大柄な男の人が進み出た。


「キーファー殿下、どんなスキルかわかりません。危険もあるかもしれませんので、ここは慎重に……」


あ、王子様の敬称は、殿下でいいのね。おけおけ。

なんて感心していたら、キーファー殿下とやらが、青マントの男の人を睨んだ。


興を削がれる感じで、いきなり不機嫌になった王子様。


「イグニス・シェレンバーグ。キサマの意見は聞いていない。下がっていろ!」


イグニスと呼ばれた青マントの人は、それ以上は何も言わずに、一礼して壁際まで下がった。


「ブロニー・ベネット」

「はい、殿下」


宝珠のおじいちゃんの名前がブロニーさんね。


「お前の白の魔法師団の中から誰か一人選べ。具現化スキル『テント』とはいかなるものか。試さねばわからん」

「かしこまりました。それでは一番若い者を……。ジョナサン!」


宝珠のおじいちゃんが呼んだのは、床にへばっている白ローブを着た人たちの中で、一番若そうな男の子。ローブと同じように髪も白い。ただ、前髪だけが、メッシュか、前髪エクステみたいにひと房、オレンジ色。


「は、はいっ! ブロニーおじい様!」

 

呼ばれて、よろよろと立ち上がった。中学生くらい? かな? 


「おじい様ではないわい。ブロニー団長と呼ばんか!」

「し、失礼しました。ブロニー団長!」

「公私の区別はつけよ。さて、ジョナサン、お前が、そちらの方のスキルを試せ」

「えええええ! 僕ですかっ!」


ブロニーおじいちゃん団長とキーファー殿下に睨まれたジョナサン君は、テントの前でうろうろ。子熊さん? いや、子犬さんかな。なんかかわいい。


あー……、試せと言われても、このテントのスキル。どうやって使うのか分からないよねえ。わたしも分からないけど。

とりあえず、雨に濡れた子犬が、お家に入れてーって言っているのに、ドアが開かないみたいな、可哀そうな感じになっているので、声をかけてみる。


「えっと、ジョナサン君……って、呼んでいいのかな?」

「はいっ! 聖女様じゃないほうの異世界のかた!」


ううむ。聖女じゃないと呼ばれるのは……、なんか、どうもね。

かといって、本名を名乗るのもなあ……。


この世界がどういう世界か分からないけど、魔法を使う世界ではよく「真名」とかがあって、真の名前を相手に呼ばせると、支配されるとか何とか。そういう設定、あるよねえ……。


うっかり本名を名乗るのは危険。

かといって、偽名を名乗るのもなあ……、って、あ、そうだ!

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