第31話 三人で“リア充(仮)”をやるな
クリスマス当日の昼、駅前のロータリーは平日用と休日用の顔がごちゃっと混ざっていた。買い物袋を持った家族、カップル、サンタ帽をかぶった子ども。バスのアナウンスに、どこからか聞こえるジングルベル。
スマホの画面には「25日 どこかで集まる(仮)」の予定が光っている。ちゃんと実行されることになったらしい。
「おーい、真ん中LV.1」
振り向くと、美咲が両手を振っていた。白いニットにチェックのスカート、首元のマフラーだけがやたらクリスマスカラーだ。髪はいつもより少しだけ巻いてある。
「その呼び方やめろ」
「だって冬休み初イベントでしょ。真ん中LV.1の初仕事」
「クリスマスを仕事みたいに言うなよ」
横で、安達が小さく手を挙げた。グレーのコートに細いマフラー、きっちりしたジーンズ。髪は耳の後ろでまとめてあって、いつもより少し“出かける用”に見える。
「ごめん。バスが少し詰まってて、ぎりぎりになっちゃった」
「時間ぴったりだよ」
「じゃあセーフだね。真ん中係、点呼よろしく」
「そういう役職増やすなって」
美咲が、両手をぱんっと叩く。
「はい、それでは〜1-B三人クリスマス、本日のメニューを発表します」
「いきなりメニュー制かよ」
「一、駅前モールでお昼ごはん。二、なんかそれっぽいところで写真。三、イルミネーション見る。以上」
「“なんかそれっぽいところ”が雑すぎない?」
「恋人たちは観覧車とか行くんだろうけど、うちらは三人だから“リア充(仮)”でいいの」
「“(仮)”付けとけば何しても許されると思うなよ」
「じゃあ“反省は後日”も付けとく」
「それはそれで嫌だな」
♢ ♢ ♢
ショッピングモールのフードコートは、いつも以上に人で埋まっていた。ラーメン、パスタ、ハンバーガー、クレープ。クリスマス仕様の紙コップだけが、全員まとめてイベント参加者の顔にしてくる。
「席どうする」
トレーを持ったまま、ぐるっと見回す。
「できれば三人並びたいよね」
安達が周りを見ながら言う。
「じゃあ空いてるとこ探そ。あ、あそこ」
美咲が指さした先、フードコートのど真ん中に四人掛けが一つだけぽつんと空いていた。
「ど真ん中じゃん」
「真ん中係の本領発揮だね」
安達が少し笑う。
「フードコートで“真ん中の立場”とってどうするんだよ」
文句を言いながら、三人でそこへ向かう。荷物を置いて、俺が通路側に座り、向かい合うように安達と美咲が並んだ。今度は俺が物理的な真ん中じゃなくて、視線の真ん中だ。
「お、今日は縦方向真ん中だね。教室だと左右真ん中で、今日は正面真ん中。真ん中LV.1のスキルツリー広がってる」
「スキルツリーにすんな」
「私は“食券会計(仮)”担当かな」
安達が、まとめて買ってきたレシートをきれいに折る。
「会計は仮じゃなくて本職だろ」
「一生その役になるのはさすがに困るから、“仮”でいいかなって」
「逃げ腰会計だな」
テーブルには、クリスマス限定っぽいチキンプレートと、普通のラーメンと、パスタ。バラバラな選択肢の真ん中で、紙コップの雪の結晶だけが「同じイベントです」と主張している。
「いただきます」
「いただきます」
「いただきま〜す」
三方向から重なる声。フードコートのざわざわの中に、小さい三角形がひとつできる。
「それにしてもさ」
美咲がフォークをくるくる回しながら言う。
「クリスマスに三人でフードコートって、客観的に見たらどんな関係なんだろ」
「クラスメイト三人」
「“真ん中と、その左右”かな」
安達がさらっと足す。
「表現が雑だな」
「じゃあ、“真ん中と、その前後左右”」
「もう分かんねえよ」
「でも真ん中は蓮だよね」
「話まとめるな」
♢ ♢ ♢
食べ終わる頃には、人の流れも少し落ち着いてきていた。窓の外では、まだ準備中のイルミネーションが、昼の光を拾っている。
「次どうする」
俺が聞くと、美咲が即答した。
「ゲームセンター行ってプリ撮る」
「即答かよ」
「クリスマスと言えばプリでしょ」
「昭和のギャルみたいなこと言うな」
俺のツッコミを聞いて、安達が笑う。
「でも三人の写真、一枚くらいはあってもいいかもね」
「文化祭の写真あるだろ」
「レイさんの広報用のやつでしょ。あれ“仕事モード”だから」
安達が少し首をかしげる。
「今日はちゃんと私服モードで記録しておきたいかな」
「高校生活アルバム用ね。『真ん中と、その関係者たち』の記録」
「関係者って言うな」
ゲーセンの一角は、音と光でごちゃごちゃしていた。クレーンゲーム、太鼓、プリ機。どこもかしこもBGMが重なっている。
「はい、どれにする」
美咲がプリ機の前に立つ。画面には、最新っぽい加工の宣伝が並んでいた。
「ナチュラルめがいい。盛れすぎると、誰だか分かんなくなる」
安達がすぐ言う。
「真面目か。じゃあ“肌きれいになるけど輪郭そんなにいじらないやつ”にしよ」
三人で機械の中に入る。狭い空間に、クリスマス用のスタンプがバンバン出てくる。
「位置どうする」
「真ん中でしょ」
美咲と安達の声が同時に出た。
「決定事項なんだな、それ」
俺が中央、右に美咲、左に安達。教室の左右配置のまま、縦に詰め込まれた感じだ。
「一枚目は普通に笑おうか」
「それが一番むずいんだよな」
「3、2、1」
フラッシュ。三人で無難な笑顔を作る。
「二枚目、“真ん中指さしバージョン”で」
「誰提案だよ」
「私。真ん中LV.1の証拠写真」
「ちゃんとやろうか」
安達が小さく笑って、俺の肩あたりを指さすフォームを取る。反対側から美咲も同じポーズ。
「3、2、1」
パシャ。
「三枚目、“左右が真ん中に寄りかかるやつ”」
「物理的に真ん中圧かけてくるな」
「だって、ね」
美咲がにやっとして、俺の腕に軽くもたれる。
「これくらいの圧はかけとかないと」
反対側で、安達も控えめに肩を預けてきた。重さの違いが妙にリアルで、余計に意識してしまう。
「3、2、1」
最後のフラッシュ。
撮影が終わって、スタンプ編集タイム。画面の中の俺たちは、いつもより少し目が大きくて、頬の色も強い。
「なに書く」
「“Merry Christmas”は勝手に入るからいいとして〜」
美咲がスタイラスをくるくる回す。
「“真ん中と、その左右(仮)”は」
安達がぽつりと言う。
「いいね、それ」
美咲が画面の下にさらさら書いていく。
「『真ん中と、その左右(仮)/1-Bクリスマス』っと」
「“(仮)”の位置だけちゃんと気をつけろよ。そこずれると意味変わるからな」
「大丈夫。“関係性(仮)”って意味で書いとくから」
(その“関係性”のほうが重いんだけどな)
プリを受け取って、三人で分ける。小さく切り分けられた写真の中の俺たちは、画面越しの自分より、ちょっとだけ仲良さそうに見えた。
「どこに貼る」
「私は家のノートかな。勉強用じゃないほう」
安達が迷いなく言う。
「私はスマホケースの中」
美咲は即決だ。
「蓮くんは」
「……とりあえず、財布の中にでも」
「“とりあえず”って言い方ずるい。だいたいそういうの、ずっと入れっぱなしになるやつだよね」
「知らねえよ。未来の俺に聞け」
「未来の真ん中係ね」
安達がくすっと笑う。
「ちゃんとLV.2には育ってるといいけど」
「レベル上がって何になるんだよ」
「“三人の位置調整がうまい人”」
「便利だけど地味だな」
♢ ♢ ♢
外に出ると、空はすっかり暗くなっていた。駅前のロータリーにはイルミネーションの光が灯り始めていて、さっきより人の密度が上がっている。
「きれい」
美咲が、さっきより少しだけゆっくりした声で言う。
「毎年同じ飾りなんだけどな」
俺がつぶやくと、安達がすぐ返した。
「“毎年同じ”の“今年も”って言えるの、けっこう大事だよ」
前にもどこかで聞いたフレーズだ。こういう言い方をちゃんと覚えているのが、この二人らしい。
広場の真ん中では、写真を撮るカップルや家族が光の前に並んでいた。その横を、三人で少し距離を空けながら歩く。どこもかしこも「それっぽい」空気で埋め尽くされていて、三人組は少数派だ。
「ねえ、蓮くん」
光のトンネルの入り口で、美咲が立ち止まる。
「ここ、通る」
「せっかく来たんだし、通るだろ」
「“三人で光のトンネル”って、外から見たらどう見えるんだろ」
「知らんよ。“クラスメイト三人でイルミネーション見に来た人たち”だろ」
「そこに“真ん中”付け足さなくていいの」
「ここまで来ると、いらない気がする」
「いや、いると思う」
安達が、ライトのほうを見ながら言った。
「“誰が真ん中歩くか問題”があるから」
言われてみればそうだった。人が二列か三列で歩く幅。三人で並ぶと、自然と誰かが真ん中になる。
「はい、じゃあ真ん中係」
「絶対そうなると思った」
俺が真ん中、右に美咲、左に安達。さっきのプリと同じ並びで、光のトンネルを歩き始める。足元が少しふわふわする。
「こういうの、恋人たちは手つないで歩くんだろうね。“恋人(仮)コース”」
「仮を付けてフォローした気になんな。手つないだ時点で仮じゃなくなるだろ」
「じゃあ今日は、“真ん中係の安全確認(仮)”にしとく」
美咲の肩が、ほんの少しだけ俺の腕に当たる。反対側で、安達が小さく笑った気配がした。
「私は、“前見て歩いてるから、転びそうになったらレポートする係(仮)”かな」
「レポートいらないから、そのときは普通に手貸せよ」
「それは、もうちょっとレベル上がってからで」
光のトンネルを抜けると、冷たい空気が頬に当たった。さっきまでの色付きの世界から、一気に現実の暗さに戻る感じ。でも、その暗さの中にも、さっきの光の余韻みたいなものが残っている。
「なんかさ」
美咲が、ポケットからスマホを出して空を一枚撮る。
「今日って、“リア充(仮)”としては満点じゃない」
「評価軸がよく分かんねえよ。フードコート、プリ、イルミネーションって、テンプレすぎるだろ」
「テンプレはね、一回自分でやっとくとネタにしやすいの」
安達が静かに言う。
「“やったことある”って分かってると、後で話すとき楽だから」
「すぐネタにする前提で生きてんな、お前ら」
「そりゃあ、1-Bだし」
美咲が笑う。
「ねえ、蓮くん」
「なんだよ」
「今日のこれってさ。通知表で言うと──」
一拍置いて、にやっとする。
「“真ん中の立場を活かし、三人でクリスマスをコンボしました。今後も、中心で支える力を大切にしてほしい”って感じじゃない」
「所見勝手に増やすな」
「でも、ちょっと合ってると思うけど」
安達が言う。
「今日、真ん中いなかったら、たぶん二人とも別々の予定で終わってたと思うし」
「そうかね」
「そうだよ」
美咲が、マフラーの端を指でつまむ。
「“真ん中がいるから集まる三角形”、けっこうあるから」
そこまで言われると、さすがに否定しづらい。俺は空を見上げた。イルミネーションの光が、薄い雲に少しだけ反射している。
(……真ん中LV.1。冬の任務、一件目完了)
頭の中でだけ、そんなゲームっぽいナレーションを付けて、すぐ自分でツッコむ。
♢ ♢ ♢
駅までの道を三人で歩く。分かれ道の少し手前で、自然と足が止まった。
「じゃあ、私はここで。バスこっちだから」
安達が手を振る。
「お疲れ、会計係」
「会計(仮)ね」
「私は徒歩組」
美咲が俺のほうを見る。
「送ってくれてもいいけど」
「お前んち逆方向だろ」
「知ってるけど言ってみただけ」
「そういうとこだぞ。“家で一番うるさい”って言われる理由」
「ひど。……でも、うん」
美咲は少しだけ真面目な顔になって、マフラーをぎゅっと握る。
「今日はありがと。二人とも。真ん中と、前の席と、左右とか、よく分かんない立場いろいろ」
「まとめ方雑だな」
「来年もまた、なんかやろ。クリスマス(仮)でも、別のでも」
「……余裕があったらな」
「じゃあそう書いとく。“来年も何かやる(仮)”」
美咲はスマホを出して、来年の12月のカレンダーに、なにかを打ち込んだ。さすがにそこまでは覗かなかったけど、どうせまた“(仮)”が付いているんだろう。
「よし、未来に予約完了」
「予約って言うな。未来に“(仮)”でフラグ立てるの、ほんと好きだなお前」
「だって、“今日みたいなのがまたあるといいな”って気持ち、どっかにメモしとかないと忘れそうでしょ」
安達のバスが近づいてくる。三人で手を振って、それぞれの方向へ散っていく。
コートのポケットの中には、切り分けたプリが一枚。財布に入れるかどうか、まだ決めてない。でも、しばらくはこのままポケットに入れて歩いてもいいかもしれないと思った。
——真ん中LV.1のクリスマス任務は、たぶん上出来だった。
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