第2話 書類がほんとに通ってるんですけど?
「……あの、先生」
朝ホームルームが終わって、みんなが教科書を出したりプリントをしまったりしてるタイミング。俺は決意して席を立った。
「どうした、佐藤。えーと、男のほうの」
「その呼び方もうやめません?」
「じゃあ“まだ結婚してないほうの佐藤”で」
「悪口になってません?」
後ろの席で“すでに結婚したみたいな顔”をしていた佐藤美咲が、ひょこっと顔を出す。
「先生〜、私たちまだ内縁です〜♡」
「どこで覚えたんだよその言葉!」
クラスがまたニヤニヤし始める。これだから嫌なんだ。1回“夫婦ネタ”が面白いと思われたクラスは、ずっとやる。
俺は咳払いして本題に戻した。
「あのさ先生。昨日の……ていうか今日の出席の件なんですけど、あれってほんとに、うちのクラス“佐藤”が2人で処理されてるんですか」
「されてるよ? 名簿はそうなってる」
「なんでですかね!?」
「なんでって……保護者から入学前に改姓の書類が来てたんだよ。しかもわざわざ“本人が楽しみにしてるのでよろしくお願いします”って手紙つきでさ」
「その“楽しみ”が俺なんですけど!?」
「うん、青春だなあと思って許可印押した」
「そんな感想で押すなァ!!」
先生はまったく悪びれない。どうやら“恋愛ならだいたい許す”のがこの担任の基本思想らしい。そういうのは学級通信で先に言っておいてくれ。
俺はさらに聞いた。
「……その書類って、見せてもらったりできます?」
「事務室行けばあるんじゃないかな。あ、でも“ミサキさんが恥ずかしがるから〜”って書いてあった気がするけど」
「先生、個人情報を女子高生の恥じらい基準で管理しないでください」
横で美咲が「え、見ないでよ〜♡」って上目遣いで言ってくる。
いや見させて。マジで見させて。俺の将来がかかってるんだよこれは。
◇
事務室は、なんかこう……春休みの延長戦みたいな空気だった。ダンボールと印刷されたばかりの名簿の山。奥からプリンターの“ガガガガ”って音。
窓口のお姉さんが「あら〜、新入生くん?」ってニコニコしてる。
こういうときに来る高校生ってだいたい「教科書をなくしました」か「ICカード落としました」か「部活の予算でやらかしました」だ。でも今日は違う。今日は人生相談だ。
「あの、1年B組の佐藤です」
「はいはい、佐藤……えっと、男の子のほうね」
事務室までか!!
「実は……同じクラスに同じ苗字がもう一人いるんですけど、その子、もともと違う苗字だったんじゃないかって話で」
「ああ〜〜、はいはいはい。“好きな人と一緒にしたいから変えます”の子ね。可愛かったわ〜」
「その説明で通ってるの!?!?」
俺の声が半オクターブ上がった。
事務のお姉さんは「えへへ」って笑ってる。いや、えへへじゃない。
「だって、ご両親も連名で来てたし。“娘がこういうロマンチックなことを言ってて〜”ってお母さまがね」
「俺の人生、母親同士の楽しい話題にされてる……」
「でもね、ちゃんと書類は正しくなってたから。戸籍のほうも済んでるみたいだったわよ。高校側は“こういう事情です”ってわかれば、それに合わせる形だから」
「高校ってそんな柔軟なんですか」
「青春は応援しなきゃ〜って教頭も言ってた」
教頭まで!!!
どんどん上の層が“かわいいねえ”で通してることが分かっていく。俺以外、全員がロマンに賛成してる世界。ここは地球ですか。
「ちなみに〜」とお姉さんが付け加えた。
「その子、“同じクラスにしてください”っていうお願いも書いてたけど、それはさすがにできませんってお返事したの。」
「おお、ちゃんと線引きあるんすね」
「でも結果的に同じクラスになってるでしょ?」
「なってますね」
「……ふふ♡ 運命ってあるのねえ」
「今あなたが一番ロマンチックですよ」
事務室でまで“愛の勝利”みたいなまとめをされて、俺は敗北感を抱えたまま廊下に出た。
するとそこに、ドアの陰でぴょこんと美咲の頭が出た。
「ど〜? ちゃんと通ってた?」
「お前見てたのかよ!!」
「だって〜、蓮くんが“ホントに通ってるんですか!?”ってパニくってるとこ見たくて♡」
「性格が悪くなったのか恋でズレたのかどっちだお前は」
「もともとこういうところある♡」
そう言って、嬉しそうにくるっと回る。制服のスカートがひるがえる。その背中には“私の勝ち〜♡”がでっかく書いてある。
いや、まだ勝ってない。まだ俺が好きって言ってないんだからな。
「ていうか、お前の親。どういう気持ちで書類出したの?」
「え? “いいじゃん、お母さんそういうの好き〜♡”って」
「軽いな!!」
「うち来る?」
「は?」
「ちゃんと説明してもらったら? お母さんのほうが話早いよ。“娘が結婚したいって言ってるんですけど♡”って」
「それはもはや俺が説明を聞きに行く形じゃないだろ」
「じゃあ放課後、うちの前で合流ね♡」
「決定が早えんだよ!」
◇
放課後。
驚いたことに、美咲の家の前にはすでに俺の母の自転車が置いてあった。
「…………え?」
玄関から笑い声が聞こえる。
「わ〜〜ほんとにかわいいお嬢さんだわ〜〜! うちのがいつもお世話になってます〜!」
「こちらこそ〜! もう“蓮くん”って呼んでいいですか〜?」
「どうぞどうぞ〜! あ、じゃあ“美咲ちゃん”って呼んでも?」
「うれしいです〜♡」
お前らもう親戚じゃん。
俺が玄関を開けると、リビングで俺の母と美咲母がシフォンケーキを分け合っていた。
テーブルの上には“佐藤家・美咲さんの書類一式”がちゃんとファイルされてて、俺が見ようとするより先に母が言った。
「はいこれ、ちゃんとしてるわよ〜。戸籍もね、こっちで変えてるから」
「お母さん!? どうして俺より先に把握してるの!?」
「だって〜、こんなロマンチックなこと言ってくる子いないでしょ? “息子さんと結婚する予定なので先に佐藤にします”って。
ねえ聞いた? この子、予定なのに変えたのよ?」
「そうなのよ〜♡ 若いうちは勢いが大事だと思って〜」
「そういうの学校も応援してくれるのねえ〜」
「ですよねえ〜〜」
“ですよねえ〜〜”じゃないよ。
なんで大人たちが一番ノリノリなんだよ。恋愛は10代の戦場じゃないのか。
美咲が俺の隣にすべってきて、にこっと微笑んだ。
「ね、これで安心したでしょ。もう家族公認♡」
「してない。俺はしてない。俺の許可欄は?」
「じゃあ書く?」
そう言って、美咲はどこからともなく“婚姻届パロディ”みたいな紙を出してきた。
上にでっかく「高校生活用・仮夫婦届♡」って書いてある。
手作りかよ。
「ここにね、“日直いっしょにやります”とか、“体育で組むのは優先します”とか、最低限の幸せを書いとくの」
「新婚生活の話するなよ学校で」
母たちがケラケラ笑ってる。
俺は頭を抱えた。
「……わかった。わかったけどさ」
「なに〜?」
「順番は、俺にもちょっとくれ」
「順番?」
「お前さ、苗字→学校→親って、全部先に取っただろ。俺にも1個くらい“俺が先に言った”ってやつ残してくれ」
美咲は一瞬きょとんとして、それからふわっと笑った。
「ん〜。じゃあ……“好き”は、蓮くんの番でいいよ♡」
「最初からそれにしてくれよ!!!」
こうして俺の高校生活は、書類と親とノリに包囲された状態で、本格的にスタートした。
──そしてこの翌日、俺の前に「普通の手順で来る女子」が現れて、さらに話はややこしくなるのだった。
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