僕と公爵令嬢と自律神経
竹水希礼
プロローグ 公爵令嬢は乱れている
自律神経というものをご存知だろうか。
呼吸や鼓動、消化吸収など、僕達が生きていく上で当たり前に、かつ無意識にやっている活動。
それらをコントロールしているのが自律神経。いわば『身体の
24時間休みなく働いてくれている自律神経だが、その働きに乱れが出るとどうなるか。
百聞は一見にしかず。
実例をご覧いただこう。
「あぁ~眠いぃ~頭痛い~うあ~あぁあぁ~……」
ヒキニートの目覚め。
名家・タチバナ公爵家のご令嬢の起床にあまりにも似つかわしくない感想が、僕の脳裏をよぎった。
「おはようございます、お嬢様。今日もいい天気ですよ」
「おはようしたくないぃ~……あと今日は雨降るぞ~……わたしの頭痛がそう言ってるぅ」
天気痛ですか。
自律神経が乱れている人の典型的症状だ。
豪奢なベッドの上で、外部の人間にはとても見せられない寝相で転がっているのは、僕のお仕えする公爵令嬢、ミヅキ・タチバナ様だ。
枕に足乗ってるけど。枕元にお菓子の袋とタブレットが転がってるけど。黒い髪の毛が使い倒したモップみたいにぐしゃぐしゃだけど。
このお方は公爵令嬢だ。
「……また深夜まで揚げ菓子食べながら
深夜まで
動画見ながら
お菓子食う
(タケル心の俳句)
起きれないはずだよ。
こんなんでまともに眠れてるわけないもの。
まず夜ふかしは論外。
寝る直前まで動画を見ていたら脳が興奮して寝付けなくなる。
就寝前に食事をすると胃腸が消化のために活動するため、文字どおり身体が休まらなくなる。
「ぎく。…………証拠はあんのか探偵さんよぉ……」
「証拠しかないじゃないですか。さあ起きましょう。もうレイカさんが来ますよ。また怒られますよ」
美人だがクールで厳しい先輩メイドの名を出すと、お嬢様は渋々不承不承という体で起き上がった。
寝間着の浴衣がはだけて露出している肩や脚にドキリと……しないなあ。
細すぎて痛ましいが先に来てしまう。
この世の終わりみたいな表情している顔も、まあひどいものだ。
蒼白な肌、反対に黒々としたクマ、倦怠感で淀んだ瞳と腫れぼったい目蓋、乾燥しいたけといい勝負できそうなしわしわの唇、こけた頬。
それらが、ちゃんとしていれば凄まじい美少女であろう容姿を台無しにしている。
もったいない……と思うのは執事の分を越えた考えか?
「……おはよ、タケル。今日も元気そうで恨めしいぞ」
「おはようございます、お嬢様。お嬢様だって元気になれますよ」
身体のオートパイロットが脱輪と横転を同時に引き起こしてるような状態から脱せられれば。
「……そんなの無理だってぇ……想像できないって……」
弱気な発言になんと返そうか迷っていたら、扉をノックする音。レイカさんだ。
「それでは、僕はこれで失礼します。またご朝食の場で」
「あーい……あー頭痛い……」
入室してきた銀髪ポニーテールメイドさんに挨拶しながらすれ違い、廊下に出てやたら大きい窓から空を仰ぐ。
雲一つない、きれいな青空だ。
お嬢様いわく雨になるらしいが。
次の仕事へ向かいながら、今朝もまた思う。
前世の僕と似ているあのお嬢様を、なんとかして助けたいと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます