落とし穴の理

乃東 かるる@全快

噺を聞いておくんな

 えー、皆さま本日はお運びくださり、まことにありがとうございます。


 まあ座ってお聞きなさいな。腰の力は抜いて、耳の力だけ入れりゃ十分です。


 さて、罠というものはねえ、狙いすぎると不思議とうまく働かないものでございましてね。


 世の中、ご丁寧に仕掛けた落とし穴ほど、誰にも踏まれぬまま草がぼうぼう、掘った本人だけが虚無と親しくなる。


「ああ、ここに落ちるはずだ」「いや、絶対落ちるはずだ」なんて念じたとたん、相手は別の小道をひょいひょい。


 まあそういう皮肉、古典落語のオチのようなものでございましょう。


 ところが、「落ちたら面白いなぁ」くらいの気楽な穴ですとね、不思議と人がすとん。


 力むと世はそっぽを向き、肩の力を抜くと、世の方が転がり込んでくる。


 まるで恋でございますよ。追えば逃げ、湯呑み片手にぼんやりしている時に限って、向こうから扉を叩く。



 人の世は照れ屋でございますなあ。



 結局のところ、罠ってのは技術じゃない。心の持ちようでございます。


 欲を詰め込めば詰め込むほど、地面は固くなる。


 遊び心に任せれば、落ち葉の下に、いつの間にか深さができる。


 でね、「罠」というと、きっかけは相手を落とし込むつもりかもしれませんが、実際は自分の執念を埋める穴なんですよ。


 あれこれ策を練る、相手の足運びを追い回す、タイミングを張り詰める。


 そのうち、こっちの顔の方が険しくなって、足元が滑る。


 昔っから言います。

「追う者ほど足を滑らす」

「仕掛けた時点で半分己が嵌ってる」


 まあ名言なんてものはね、腹の中に入ればありがたいが、口で繰り返すと胡散臭い。


 要するに、自分の影の方が先に落ちるって寸法で理解いただけりゃ僥倖。


 ただね、力を抜いた時ほど妙なことが起こる。


 竹籠をぽんと置いて、紐をちょいと垂らして、縁側で茶なんぞすすりながら

「入ったら面白いねぇ」くらいに構えておりますと、いつの間にやら籠ががたがた。


 中には狸が首をかしげている。まあ狸も、暇つぶしで入っただけでしょうけどね。


 世の中、待ち伏せるより忘れた頃に散歩してる方が獲物に出会うもので。


 肩肘張った戦略より、昼寝の方が捕まえるって、これがまた世の理。


「こうなるはずだ」と思った瞬間、穴は浅くなる。


「なればいいな」と微笑めば、地面は深まる。


 欲望の熱が手元を狂わせ、遊び心の涼しさが地形を味方につける。


 まこと、皮肉な世の中でございます。


 ですからね、罠を仕掛ける時ゃ慌てず、欲張らず、静かに土を押さえて、最後にひと笑い。


「落ちたら落ちたでよろしく、落ちなきゃそれもご縁だ」


 そう思えばよろしい。

 いずれ風が吹き、木の葉が揺れて、どこかで「ドスン」。


 まあ時にはそれが自分の音だったりする。

 それならそれで、泥を払って立ち上がりゃいいんです。


 落ちた経験が増えりゃ、次はひょいとよけられるかもしれない。


 人生なんざ、ままならぬものときております。


 ままならぬから笑いが生まれ、転ぶからオチがつく。


 転ばぬ人にゃ、笑いも物語もやってこない。


 さあ皆さま、ゆっくりまいりましょう。

 落ちぬように、落ちても笑えるように。


 そんで、罠を掘る時は、どうぞご自分の足元もお忘れなきよう。


 お後がよろしいようで。

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