第7話 魔法使いの真実。
「あなた誰ですか? あなた、今、何をしたんですか?」
母親は、そう言って、ぼくに怒鳴りつけた。
ぼくは、頭が真っ白になって、何も言い返すことができなかった。
「子供をどうやって助けたんですか? あなた、誰なの?」
「子供が水から浮いてきたよな」
「俺、見たよ」
「なんだか、おかしくないか?」
周りの人たちもぼくを変な目で見ている。
「ちょ、ちょっと待ってください。ぼくは・・・」
「バケモノ・・・」
「えっ?」
「あなた、どんな力を使ったの? 人間じゃないわよね」
「ちょっと、待ってください。ぼくは、その子を助けたんですよ」
なんで、そんなことを言われなければならないのかわからないぼくは、ちょっと剥きになって言い返した。
「それなら、どうやって助けたんですか」
「それは・・・」
魔法を使ったなんて言えない。ぼくは、黙るしかなかった。
「助けてくれたことは、感謝します。でも、あなたのようなバケモノは、近寄らないでください」
そう言うと、母親は、子供を抱いて行ってしまった。
周りの人の視線が痛い。なぜ、そんな目で見られないといけないんだ。
ぼくが何をしたって言うんだ。子供を助けただけで、感謝こそされても、バケモノ呼ばわりされるなんて心外だ。
周りにいた人たちは、ぼくを変な目で見ながら、ひそひそ話を始めた。
ぼくは、いたたまれずに、その場を離れようと一歩足を踏み出した。
「近寄るな」
「あっち行け」
ぼくの耳に、信じられない言葉が聞こえてきた。
見物人たちは、さっと道を開けてぼくから避けていった。
「なんで・・・」
子供を助けたぼくが、なんでこんなことを言われるんだ?
ぼくは、とても居たたまれなくて、走って逃げることしかできなかった。
「うおぉぉ・・・」
ぼくは、声を上げて走った。一刻も早く、ウチに帰りたかった。
もう、魔法は、使えないのか、早く走れと言っても念じても、ちっとも早く走れない。
それでも、ぼくは、走り続けた。こんなところにいたくなかった。
空飛ぶ絨毯も使えない。走ることしかできない。それでも、足が遅くて運動が苦手なぼくは、すぐに息が切れて、もう走れない。悔しくて、悲しくて、泣けてきた。
足を引きずりながら、ぼくは、やっとの思いで帰宅した。
「お帰り、どうしたの?」
母親の声も耳に入らなかった。ぼくは、階段を昇って、二階の自分の部屋に入ると
そのままベッドに倒れ込むと、枕に顔を埋めて、声を出して泣いた。
悔しくて悲しくて、涙が止まらなかった。
「なんでだよ、どうしてだよ」
いくら声に出しても、答えは返ってこなかった。枕を拳で何度も叩いた。
「ちくしょう、ちくしょう・・・」
そんなとき、泣き続けるぼくの肩を誰かが優しく触った。
「起きろ」
そっと顔を上げると、涙で真っ赤の目に、先輩の姿が映った。
「先輩!」
ぼくは、跳ね起きると、先輩に縋りついた。
「先輩、ぼくは、ぼくは・・・うわぁ~ン」
もう、言葉にならなかった。ぼくは、先輩に抱き付いて声を上げて泣き崩れた。
先輩は、そんな僕の背中を優しく摩って、頭を撫でてくれた。
涙が止まらなかった。先輩の顔を見た途端、涙が止まることはなかった。
「男がいつまでもメソメソ泣くな」
先輩は、ぼくの肩に手をやると、体から離して、跪まずいて泣き崩れたぼくをベッドに座らせた。
「涙を拭け」
先輩は、ベッドの脇に置いてあるティッシュの箱をぼくに渡す。
ぼくは、ティッシュで涙を拭いて、ついでに鼻をかんだ。
だけど、涙が止まることはなかった。涙をしゃくりあげながら、鼻をすするぼくの隣に先輩は腰を降ろすと、静かに話し始めた。
「魔法を使って、楽しかったか?」
ぼくは、頭を横に振った。
「魔法使いになれて、よかったか?」
下を向いたまま頭を横に振る。
「魔法を使うと、どうなるか、わかったか」
ぼくは、首を縦に振った。
「どうだ、まだ、魔法使いになりたいか?」
ぼくは、左右に首を振る。
先輩は、ぼくの肩を優しくポンと叩くと話を始めた。
「昔、中世ヨーロッパではな、魔女狩りってのがあった。お前は、頭がいいから、世界史で勉強したことあるだろ」
ぼくは、黙って首を縦に振る。それは、思い出したくもない、恐ろしい話だった。
「魔女と疑われた女は、問答無用に拷問にかけられて、処刑されたんだ。もちろん、そんな女たちは普通の人間で魔女なんかではない。ただの噂で、処刑されたんだ」
ぼくは、黙って先輩の話を聞く。
「あたしは、そんな女たちを助けようと思った。だけど、逆に魔女と言われて、処刑された。もっとも、あたしは、本物の魔女だから、死ぬことはなかったけどな。その時、あたしは、今のお前と同じで、悔しくて、悲しくて、たまらなかった。人間の恐ろしさと怖さを知った。人間が信用できなくなった」
先輩の話を聞いて、また、悲しくなった。そんな悲惨な話をなぜ、聞かせるのかぼくにはわからないが、 ぼくは、続きを黙って聞いていた。
「いいか、魔法使いというのは、神じゃない。救える命もあれば、救えない命もあるんだ。魔法というのは、万能の力じゃないんだぞ」
「でも、あの時、魔法を使わなかったら、子供は・・・」
「そうだな。もしかしたら、子供は、溺れ死んでいたかもしれないな」
「だったら、ぼくのやったことは・・・」
「そうだ。お前がしたことは、正しかった。お前は、子供を助けたんだ。いいことをした」
「それなら、どうして・・・」
ぼくは、先輩に抗議するように、涙目のまま声を荒げた。
「人間という生物は、自分にはない特殊な能力は信じない。例えば、超能力。例えば、魔法だ」
先輩は、静かに話を続けた。
「自分にはない能力を持つものを排除する。それに、魔法や超能力など、信じていない。それが、例え目の前で起きたとしても認めない。だから、お前のしたことを信じたくないんだ」
「そんな・・・」
「それが、現実だ。それが、人間という生物なんだ」
ぼくは、悲しくて、また涙が溢れてきた。それじゃ、ぼくのしたことは、何なんだ?
「それじゃ、あの時、ぼくは、どうすればよかったんですか? 子供を見殺しにすればよかったんですか? 他に、方法はなかったんですか?」
ぼくは、自分でも声が大きくなっているのがわかった。
興奮のあまり、立ち上がって、先輩を見下ろして言った。
「お前は、子供を助けたかったんだよな」
「当り前じゃないですか。だけど、ぼくは、泳げないから、助けに行けないんです。
だから、魔法を使ったんです。それのどこが悪いんですか?」
「そうだな。お前の気持ちはわかるよ。でもな、使い方を間違えただけなんだ。
最初に言ったよな。人前で魔法は使うなって。それで、どうなった?
人前で魔法を使った結果、どうなったんだ?」
「それは・・・」
ぼくは、あの母親や見物人に言われた言葉が聞こえてきそうで、両手で耳を塞いだ。
「あたしだったら、まず、時間を止める。子供を助けるのは、その後だ。
そうすれば、魔法を見られる心配はない。そんなことを咄嗟に思いつけというのは、
無理な話だがな」
「・・・」
「まぁ、今日のことは、さっさと忘れろ。お前は、いいことをしたんだ。使い方を間違えただけだ。一晩寝て、忘れちまえ」
先輩は、事も無げに言った。
「先輩は、強いですね」
「バカだな。何を当たり前のことを聞いてるのよ。あたしは、魔法使いで、魔女なのよ」
「そうですよね。ぼく、先輩を尊敬します。魔法使いの大変さを知りました。
これからも、先輩について行きます。先輩の力になります」
「なにを言いだすと思ったら・・・」
先輩は、笑いながら言った。
「もう、大丈夫だな」
「ハイ」
ぼくは、涙を拭いて、先輩を尊敬の目で見詰めた。
「先輩、これからも、よろしくお願いします」
そう言って、深く頭を下げた。
「ちゃんと付いて来いよ」
「ハイ」
「まだ、魔法使いになってみたいか?」
「いいえ」
「正解だ。いい答えだ」
先輩は、ニコッと笑った。
「ちょっと、誰かいるの? もうすぐ、夕飯よ」
階段の下から母親の声が聞こえた。
「おっと、見つかるとまずいな。それじゃ、あたしは、帰るから」
見ると、先輩の手には、空飛ぶほうきを握っていた。
「あの、ぼくは、魔法を使っているのを見られたんですけど、どうしたらいいんですか?」
やっと、落ち着いたぼくは、現実的なことを聞いた。
「大丈夫よ。あたしが魔法であのときの記憶は、全部消しておいたから」
先輩は、空飛ぶほうきに跨りながらあっさり言った。
ホッとすると、やっぱり、先輩はすごいと思った。
「それじゃな。また、明日、学校でな」
「ハイ、今日は、ありがとうございました」
先輩は、そのまま空飛ぶほうきに乗って、夜空に飛んで行った。
ぼくは、窓から先輩が飛んで行くのをいつまでも見ていた。
今日のことが、夢だったら、どんなにいいだろう。でも、そんなことはないのだ。
ベットに入ると、今日のことは寝て忘れよう。
翌日、ぼくは、いつものように登校した。
学校が近くなると、クラスの生徒たちと挨拶を交わしながら校門に向かった。
上履きに履き替えるために、昇降口に入った。靴を履き替えていると、肩を叩かれた。
「よぉ」
「先輩。おはようございます」
そこに先輩が待っていたのだ。ぼくは、明るい声で挨拶をする。
「少しは元気になったようだな」
「ハイ、昨日は、すみませんでした」
「もう、いい。何のことか忘れた。それより、今日も部活動するからな、遅れるなよ」
「ハイ」
そう言って、颯爽と去っていく先輩の後姿を見詰めていた。
やっぱり、先輩は、カッコいい。女子にしておくのは、もったいない。
そんなことを思っていた。でも、口に出したら、きっと、魔法で犬にされるだろう。
ぼくは、自分の教室に向かった。自分の席に座り、一時間目の数学の教科書を机に出して用意する。
もうすぐ、ホームルームの時間だ。その時、またしても、教室のドアが勢い良く開いた。ぼくもクラスのみんなも一斉に音のする方を見る。すると、そこには、知らない女子が立っていた。ネクタイが緑なので、先輩と同じ二年生だった。
しかし、その女の先輩は、ぼくは知らない。なのに、その先輩は、教室を見渡すと
ぼくの方に歩いてきた。頭の中で、誰だろうと考えるが、まったく思いつかない。
「おい、千葉秀一ってのは、アンタか?」
その先輩は、ぼくの前に来ると、睨みつけながら見下ろして言った。
「ハ、ハイ」
力のない声で返事をすると、彼女は、グイと顔を近づけた。
すると、いきなり、ぼくのネクタイごと胸倉を掴んだ。
「ちょ、ちょっと・・・」
「お前か、マコをたぶらかした人間というのは」
「ちょ、離して・・・ 首が、苦しい・・・」
「やかましい。聞いたことに応えろ」
ぼくは、首が閉まって苦しくて声も出ない。
それでも、必死に首を横に振った。彼女は、スッと手を離した。
ぼくは、その拍子に、椅子にドスンと座ってむせ返って咳き込んだ。
「ゴホ、ゴホッ・・・」
「ちょっと、顔、貸せ」
そう言うと、ぼくの腕を掴むと、有無を言わさず教室から出て行く。
「ちょっと、離してください」
抵抗しようと口を開いても、彼女は、一切無視して、ぼくの手を掴んだまま廊下を歩いて行く。
連行されるぼくたちを見て、廊下に出て見ているほかの生徒たちは、道を開けていく。必死で腕を振りほどこうとしても、ビクともしない彼女は、いったい誰なんだ?
そのまま、ぼくは、屋上まで連行されていった。
屋上のドアを乱暴に足で蹴って開けて、外に出たところで、やっと手を離してくれた。ぼくは、痛かった腕を押さえていると、彼女が大きな声で叫んだ。
「マコ、そこにいるのは、わかってるんだ。出て来い」
ぼくは、やっと落ち着きを取り戻して前を見る。
魔法部の部室のドアが開いて、先輩が顔を出した。
「呼んだのは、誰? お前、こんなとこで何してるんだ? 授業が始まるぞ、教室に戻れ」
先輩は、ぼくに向かって言った。
「うるさい。私を無視するな!」
彼女がもう一度叫んだ。もしかして、先輩の知り合いなのか?
「あら、もしかして、アンタ、メグ?」
「久しぶりだな、マコ」
「なんで、アンタがここにいるのよ?」
「やかましいわ。お前こそ、ちっとも魔界に帰ってこないで、なにをしてるの?」
「アレ? 聞いてないの。あたしは、下界に留学してるんだけど」
「なにが留学だ。人間の男にうつつを抜かして・・・ お前もお前だ。こんな男にたぶらかされてそれでも、次期女王か!」
彼女は、魔界から来た、魔法使いなのか? いったい、なにしに来たんだ?
「おい、大丈夫か?」
先輩は、そこで不安で一杯の顔をしているぼくに近づいて声をかけてくれた。
なのに、彼女は、その行く手を遮るように邪魔をした。
「メグ、何のつもり?」
「うるさい。お前こそ、こんな人間なんかに触るな」
「いいから、退きな」
先輩は、彼女を無視して、ぼくの体を支えてくれた。
「大丈夫、ケガとかしてない?」
「平気です」
「ひょっとして、お前、メグに何かされたか?」
「いえいえ、大丈夫です」
「それならいいが、メグは、乱暴だからな」
「マコ、お前、あたしを無視するとは、いい度胸ね」
そう言って、先輩の肩を掴もうとした。しかし、先輩は、その手を軽くかわして見せた。
「マコ、お前・・・」
「さっきから、訳がわかんないんだけど。何を怒ってるのよ? 言っとくけど、あたしの子分に手を出したらメグでも承知しないからね」
「おもしろい。やってみろ」
「本気で言ってるのか?」
「それがどうした」
危ない。先輩が本気で怒った。目が、本気だ。表情が険しい。
先輩が彼女の方に向き直った。このままじゃ、なにが始まるかわからない。
ここは、学校だ。その時、騒ぎを聞いて、先生やほかの生徒たちが屋上にやってきた。
「こら、そこで、なにをしている?」
先生の一人が言った。
「うるさい。人間は、黙ってろ」
そう言うと、彼女は、右手を高く上げると、先生たちに指を刺した。
彼女の指先から小さな星の川が見えた。次の瞬間、そこにいた先生や生徒たちは、
まるで、逆再生でもしたかのように、屋上から出て行った。
「これで、邪魔者はいないわ。今こそ、積年の恨みを晴らしてやる。今日こそ、勝負よ」
彼女は、そう言うと、先輩に両手を付き出して構えた。
「ちょっとやめてください。ここは、学校ですよ」
「うるさい、ケガをしたくなかったら、黙って見てろ」
ぼくは、二人の間に入った。しかし、あっさり拒否られる。
それどころか、睨み返される。背筋が凍るというのは、このことか。
「先輩もやめてください。乱暴は、ダメです」
「わかってるわよ。でも、メグは、聞く耳を持ってないようだから、ちょっと痛い目に合わせてあげる。お前は、危ないから部室の中に入ってろ」
「でも・・・」
「心配ない。あたしは、これでも、次期女王の魔女だから」
そう言って、先輩は、ぼくに軽くウィンクして、いつもの笑顔を見せた。
二人の魔法使いの決闘が始まった。普通の人間のぼくは、部室の隙間から顔を覗かせて見ていることしかできない。下手に止めようとしたら、ケガじゃ済まない。
目の前に繰り出されたのは、まさしく魔法使い同士の魔法による戦いだった。
星の嵐。金色の稲妻。槍の雨。魔法使い同士の戦いは、魔法のぶつかり合いだった。
「クソっ・・・」
「その口の利き方は、直さないとモテないわよ」
「うるさい」
彼女は、防戦一方のように見える。やはり、先輩のが魔法使いとしては、強いのかもしれない。
それでも、彼女は、頭に血が上っているので、やたらに魔法の攻撃を仕掛けてくる。
「もう、いい加減にしなよ」
「やかましい」
銀の鎖が先輩を締め付ける。
「先輩っ!」
「心配するな。大丈夫だ」
先輩は、余裕の顔で言った。でも、ぼくは、心配でならない。
彼女は、銀の鎖で締めつけて、先輩を引き寄せると、思いっきり魔法で電撃を食らわせた。
「やるじゃないか。強くなったな、メグ」
先輩の体から煙が上がっている。来ている制服が焦げて、ところどころ破けていた。
「先輩っ」
「来るな!」
思わず部室から飛び出すぼくに、先輩が叫んだ。ぼくは、その声を聞いて、足が止まった。
「あたしは、大丈夫。メグなんかに負けないから。お前は、そこで見てろ」
先輩は、そう言って、唇を上げて笑って見せた。
「まだ、そんな口が利けるとは、さすがだな」
彼女が不気味に笑った。だが、次の瞬間、先輩の体が金色に光ると、銀の鎖が粉々に切れた。
「今度は、こっちの番だ。覚悟しなさい、メグ」
そう言うと、先輩の目が赤く光った。
「マハリクマハリタ・・・」
呪文を唱えると、彼女に強烈な雷が落ちた。
まともに浴びた彼女の体が真っ赤に燃える。しかし、すぐに大量の水が降ってきて火が消える。
「アンタの力は、その程度かい」
彼女は、雷をまともに浴びて、着ている制服が焦げて先輩より破れていた。
顔や手足が黒くなっている。
「ヘェ~、まだ、立てるんだ」
先輩は不気味に笑うと、ゆっくり彼女に近づく。
すると、彼女は、いきなり先輩に襲い掛かった。不意を突かれた先輩は、押し倒されるように床に転がる。馬乗りになった彼女は、先輩に殴りかかった。
「痛っ! よくも殴りやがったな」
「うるさい。貴様のその顔が昔から気にいらなかったんだ」
しかし、先輩は、膝で彼女の背中を蹴り上げた。
すかさず、今度は先輩が馬乗りになって、彼女を殴る。
しかし、彼女は、手を伸ばして先輩の髪を掴んだ。
「こらっ、離せ」
「うるさい。誰が離すか」
二人は掴み合いの大喧嘩を始めた。髪を掴んで引きずり回したり、焦げた服をさらに破いたり頬を叩き合ったり、凄まじい女の喧嘩に、ぼくは、ただ見ていることしかできなかった。
しかも、二人は、魔女だ。ぼくが間に入ろうものなら、ただでは済まない。
ぼくは、おろおろするばかりで、どうすることもできない。
二人は、組み合ったまま、床を転がり回りながら掴み合いの喧嘩が激しくなるばかりだった。
スカートが捲れようがちっとも気にしてない。激しい平手打ちの音が聞こえて、殴られた頬が赤くなっていく。
「この野郎」
「バカ女」
激しい戦闘に言葉遣いも荒くなっていく。
「なんで、お前が、女王なんだ」
「なりたくてなるわけじゃない」
「うるさい、女王は、私だ」
「なれるもんなら、なってみろ」
二人の殴り合いは、いつまでも続いた。だけど、このままでは、キリがない。
それに、女同士の喧嘩なんて見たくない。でも、ぼくでは止めることができない。
「だいたい、人間の男のどこがいいんだ」
「お前に言われる筋合いはない」
「人間なんか、どうしようもない生き物だろうが」
「もう一度言ってみろ」
「何度でも言ってやる」
「うるさい、黙れ」
二人の喧嘩は、さらに激しくなる一方だった。
いつのまにか、二人は、傷だらけで制服もボロボロになっている。
息遣いも荒く、肩で息をしている状態だ。誰か止めてくれ・・・ そう祈らずにはいられない。
その時だった。真っ赤な雷が、一直線に二人の前に落ちた。
激しい音に、ぼくは、耳を塞いでその場にしゃがみ込んでしまった。
そっと目を開けると、二人もその場に固まったまま立ち尽くしていた。
そこには、またしても知らない大人の女性が立っていた。
「女王」
「ママ」
二人が同時に声を上げた。もしかして、この人が、先輩の母親で、今の女王様なのか?
「いい加減にしなさい。メグ、無断で魔界を抜け出すのは、禁止しているはず」
「す、すみません」
彼女は、その場にしゃがんで頭を下げる。
「マコ、あなたもあなたです。なんですか、その姿は」
「ごめんなさい」
先輩も、すぐに謝るところを見ると、女王様には、頭が上がらないのだろう。
「メグ、あなたの気持ちもわかります。しかし、これは、仕方がないことです。
あなたは、あなたのできることをして、魔界のために働くのです」
「・・・」
「マコ、あなたもまだまだ修行が足りないようですね。このままでは、次期女王どころか、魔界に戻ることは、許しません」
「・・・」
二人とも、黙ったまま言葉が出なかった。
「そこの人間、隠れてないで出てきなさい」
突然言われて、ビックリしたぼくは、部室からゆっくり出てきた。
そして、先輩たちの隣に膝を揃えて頭を下げる。
「顔を上げなさい。千葉秀一と言いましたね。マコが・・・ いえ、娘が世話になります。ありがとう」
女王様に言われて、ぼくは、思わず顔を上げてしまった。
その顔は、先輩をそのまま大人にしたような、きれいで美人だった。
ピンクのドレスを着て、頭に乗せた王冠は、どんな宝石よりも輝いて見えた。
細身の顔は、目がどこまで澄んで、ピンク色の唇が光って見える。
首元や指には、これ以上ないというような、高価なネックレスと指輪が光り輝いていた。
「さぁ、メグ、立ちなさい。私といっしょに魔界に戻りますよ」
「ハイ」
「マコ、あなたは、まだまだこの世界で勉強を続けなさい。秀一とやら、これからも娘を頼みます」
「ハイ」
ぼくと先輩の声が重なった。
「それと、魔法の使い過ぎに注意しなさい。王様が怒っているわよ」
そう言って、女王様は、初めて笑った。
そして、女王様は、もう一人の魔法使いを連れて、魔界に帰って行った。
それも、白い馬車に乗って。魔界という世界のすごさを垣間見た瞬間だった。
二人を見送って、先輩を見ると、アレだけ破れた制服や焼け焦げて黒くなっていた顔や手足が元に戻っていた。いつものように、白い素肌に、きれいになっている制服だった。
ぼくがビックリして、先輩を見ていると、いきなり頭を叩かれた。
「痛いですよ」
「お前が、じっと見てるからだ」
先輩は、そう言って、少し赤くなっていた。
「すまなかったな。ビックリしただろ」
先輩に言われて、ぼくは、黙って頷いた。
魔法部の部室に入ったぼくは、先輩と差し向かいで座ると、またしても驚く話を聞いた。
「あいつとは、魔法学校で同級生だったんだよ」
あいつとは、あのメグと呼ばれた魔法少女のことだろう。
先輩は、昔を思い出すように話し始めた。先輩の過去の話をするのは、初めてなので
ぼくは、静かに話を聞くことにした。
「魔法学校じゃ、メグとはライバルでな。だけど、成績は、あたしのが上だった。
常に一番で、メグは、二番だった。それが、あいつには、悔しかったんだろう。
何かと、突っかかってきて、ケンカが絶えなかった。でも、楽しかったんだ」
先輩は、椅子の背もたれに寄りかかって、両手を頭の後ろで組みながら、
楽しそうに話している。ぼくは、先輩の話に興味があったので、静かに聞いている。
「でも、どうしたって、あたしが次期女王の座になることは、決まっているわけだよ。あたしは、ママの・・・ 今の女王の娘だからな。そればかりは、メグでもどうすることもできない。ところがだ、パパ、じゃなくて、今の王様が、あたしとメグを競わせようとしたわけだよ。成績はもちろんだけど、魔力とか、下界の人間たちのこととか、いろいろね」
ぼくは、下手に相槌など討たずに、先輩の話に聞き入った。
「あたしに勝ては、メグが女王になる可能性もあったわけだよ。だから、あいつは、目の色を変えてあたしに挑戦してきた。必死に勉強して、魔法も使うようになった。それでも、結局、あたしには勝てなかったんだ。それが、我慢できなかったのね」
この時の先輩は、少し寂しそうな顔をしていた。競い合うライバルの存在が大事なのは人間も魔法使いも同じなのだ。
「悔しかったんだろうな。結局、あたしが下界に留学することになった。
となると、次期女王は、あたしに決まったようなものよね。だから、こっちの世界まで、あたしを追いかけてきたのよね。それも、無断でね。きっと、今ごろ、王様にみっちり怒られてるわ」
そんな話を聞くと、なんか可哀想になってくる。
「メグはね、あー見えて、すごい努力家で、成績だってあたしの次によかったし、
メグの家は、代々パパ、じゃなくて、王家の執事として、使えていた家系なの。
だから、メグは、いずれ、あたしが女王になったら、あたしに使えるわけなのよ。
そりゃ、メグからしたら、悔しいわよね。なんで、あたしがって、思うものね」
先輩は、そう言って、遠い目をしていた。そして、話は、魔界のことに話が続いた。
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