崩壊
投稿した十分後には、もう感想が流れ始めた。
「泣いた」
「この作者、天才すぎる」
「この人にしか書けない世界観」
「唯一無二の才能」
コメントを読むたびに、吐き気がした。
唯一無二? この文章は、誰でもAIに頼めば書けるのではないか。
天才? 僕は何も考えていない。ただAIの提案を選んだだけではないか。
スマホを放り投げた。ベッドに倒れ込んで、目を閉じた。
しかしまぶたの裏に浮かぶのは、あのコメントたちだった。
「第三章の主人公の独白、心に刺さった。あの言葉選び、どこから出てくるんですか?」
誰かがリプライで聞いてきた。
答えられなかった。
なぜなら、あの独白を書いたのは僕ではないから。AIが提案した文章を、そのまま採用しただけだから。
ここで僕は、ある恐ろしい認識に至った。
みんなが愛しているのは、「僕」ではない。AIが作り上げた、「僕という虚像」なのだ。
そして僕は、その虚像を演じ続けることしかできない。なぜなら、もう「素の僕」では、誰も満足させられないから。僕は自分自身の影に、囚われてしまったのである。
一ヶ月後、フォロワーは一万人を超えた。
毎日のように、リプライが飛んでくる。
「先生の文章、本当に大好きです」
「この表現、どうやって思いつくんですか?」
「次回作も楽しみにしています」
一つ一つに丁寧に返信しながら、僕の中で何かが音を立てて崩れていった。それは自己というものの輪郭だったのかもしれない。
深夜、パソコンの前に座った。
新しいドキュメントを開く。カーソルが点滅している。
何も書けなかった。
一文字も。
もう、「自分で考える」ということができなくなっていた。思考という行為そのものを、僕は放棄してしまったのだ。
AIツールを立ち上げようとして、手が止まった。
画面に映る自分の顔が、見知らぬ誰かのように見えた。これは誰なのか?この顔の持ち主は、本当に僕なのだろうか?という疑念がこびりついて離れなかった。
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