放棄
タイムラインには、「続きまだですか?」「次も楽しみにしてます」というリプライが並んでいた。読者の期待は、僕にとって喜びであると同時に、重圧でもあった。
僕はパソコンの前に座って、新しいドキュメントを開いた。
何も思いつかなかった。
このペースでは間に合わない。読者からの反応が、焦燥感が、じわじわと胸を締め付けてくる。
AIツールのアイコンを見つめた。
推敲だけじゃ、もう間に合わない。そう思った瞬間、指が勝手に動いていた。
「大学生が過去のトラウマと向き合う物語のプロット案を考えてください」
エンターキーを押す。
三秒後、AIは五つのプロット案を提示してくれた。どれも、僕が一週間悩んで考えるよりも、よくできていた。論理的で、感動的で、完成度が高かった。
「これをベースに、もう少し詳細なあらすじを」
僕は、次の指示を打ち込んだ。
推敲という表層的な作業にAIを使うことと、物語の核心部分である構想をAIに委ねることは、本質的に異なる行為だった。だが当時の僕は、その違いに気づかなかった。いや、気づこうとしなかったのかもしれない。
書き上げた。
画面には、投稿された文がずらっと並んでいる。
予定より早く仕上がった。効率的だと、僕は自分に言い聞かせた。
しかしマウスを持つ手が、震えていた。
プロットはAIが提案してくれた。構成もAIが整理してくれた。文章はAIが磨いてくれた。
では、ここにある原稿のうち、どこまでが「僕」なのだろう?
キャラクターの台詞? しかし、その言い回しはAIが修正したものだ。情景描写? それもAIが「より詩的に」してくれたものだ。物語の核心? それすら、AIが提案した五つのプロットのうちの一つに過ぎない。
僕がやったのは、ただ「承認」しただけではないか。
AIの提案を見て、「いいね」とクリックしただけではないか。
ファイルを保存して、立ち上がった。窓の外は、もう夜だった。部屋の灯りを消すと、パソコンの画面だけが青白く光っていた。
あの光の中に、「僕」はいるのだろうか。
この問いに、僕は答えることができなかった。
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