運試しの傘立て(通称:ガチャ立て)

仁木一青

第1話(完結)

 私が通っていた女子高には、「ガチャ立て」と呼ばれる傘立てがあった。


 カプセルトイのガチャガチャのように当たりはずれがある傘立て、という意味だ。


 当たると女の霊が出る。


 あれは、忘れもしない高二の梅雨の日のことだ。

 私も、その「当たり」を引いてしまった。


 その日に限って、私はひどく急いでいた。自分の傘が、あのガチャ立てに移動させられていることにまったく気づかなかった。


 バサッ、と何も知らないまま傘を開いた瞬間、視界いっぱいに青白い顔があった。


 二十代くらいの女が、傘の真ん中から逆さまに私をじっと見つめている。


 声も出せずに傘を開いた動作のまま呆然と固まってしまった。

 幽霊の口は閉じているのに、わずかに笑っているようにも見えたのを覚えている。


 そいつは満足したのかあるいは飽きたのか、静かにすうっと消えていった。私は立っていられなくなり、その場にへたりこんでしまった。


 ガチャ立ては円筒形の傘立てで、特別棟の入口においてあった。

 何度か生徒会を通じて撤去てっきょの要望が出ていたらしいが、由緒ある備品だからという理由で結局はそのままになっていた。被害にあうのが生徒だけということもあるのだろう。


 本当かウソかわからないが、放課後にこっそりガチャ立てを移動させたら、次の日の朝に特別棟の入り口に戻っていたという話を聞いたことがある。


 家庭科室や理科実験室のある特別棟は校舎から少し離れていて、そこまでの通路には屋根がない。


 少々の雨なら走っていく子も多かった。でも、大雨の日はどうしても傘が必要になる。特別棟で授業がある日に、外から激しい雨音が聞こえてくると憂鬱になった。


 レインコートを着れば、と思うかもしれない。でも、特別棟に着いた後が問題だった。家庭科室や理科実験室に、びしょ濡れのレインコートを持ち込むわけにはいかない。もちろん、傘を持ち込むのも授業の邪魔になるので先生から禁止されていた。それに、何十人分もの雨具を置く場所もなかったのだ。

 結局、傘立てに差せる傘が事実上、唯一許された雨具だった。


 もちろん、ガチャ立てとは別に大人数用の傘立てもあるので、私たちはそちらを使う。

 その大きなスチールの傘立てに入れるスペースがなかったら、壁に立てかける。ところが、授業が終わって傘を取ろうとしたら、なぜかガチャ立てに移動していることがある。


 そうなると覚悟を決めるしかない。

 ガチャ立てから自分の傘を抜いて、ぎゅっと目をつぶりながら、おそるおそる開く。幽霊がいるかどうかは、本当に運しだいだ。


 ひとつだけ幽霊を避ける方法があった。一度「出た」傘には、二度と現れないのだ。

 だから、どうしても幽霊に会いたくない子は、私のように「すでに出た」傘の子と相合傘をして、建物と建物の間の薄暗い通路を渡っていた。


 ところが幽霊が出た傘は、どういうわけか半年くらいで骨が折れたり布が裂けたりして、使い物にならなくなる。

 私の傘も、結局その年の秋には骨が折れてしまった。

 もしかすると、あの女の重みでそうなるのかもしれない。


 そんな怪異がまかり通っていたあの女子高も、私が卒業して数年後に共学になった。

 すると、あの霊の出現はぴたりと止んだそうだ。


 本当に最後まで勝手な怪異だった。

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運試しの傘立て(通称:ガチャ立て) 仁木一青 @niki1blue

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