第11話
ようやく女子の部屋にいる緊張を忘れられていた俺を、絶対零度が襲う。
体感では寒いと感じるのに、不思議と全身から汗が噴き出した。
「ねぇ神崎、柱間なんとかって、誰?」
いつの間にかリラックスして、無意識に
「あ、あの、あの……へ? い、いるじゃないですか、サブヒロインの……」
雨野の豹変に動揺した俺は、焦りから
しかも、うっかり敬語が出た。
そんな俺へ間違いを指摘するように、雨野の鋭い声が静かな部屋に響く。
「何言ってるの神崎? ギャル妹のヒロインはメルっちだけだよ」
「いやいや! 確かに一巻だとあんまり登場しないけど、主人公の幼馴染がいただろ!」
「いないよ」
即答だった。
雨野は、どうしても柱間サナの存在を認めようとしない。
目が、がん開きになっていて、瞳孔までもが開いているように見えるのは気のせいだろうか。
こ、こいつ、どうしてここまで頑ななんだよ……。
だが、サナの存在を認めさせる証拠なら今、目の前にある。
「ったく、それなら俺がサナのことを思い出させてやるよ。ちょっと借りるぞ」
俺はテーブルに置かれたギャル妹の一巻を手に取った。
記憶が正しければ、一巻の挿絵のひとつにサナが写っていたはず。
俺は手早くページをめくっていき、サナの姿を探した。
だが――。
「ん? あれ? ……あれ?」
いくらページをめくってもサナの挿絵が見当たらない。
俺の記憶違いか?
一巻には、サナのイラストはまだ出ていないんだっけ?
でも、一巻の冒頭の方で小太郎とサナが、2人で喋ってるシーンがあったような……。
今度は目を滑らせるようにして、初めから内容を確認してみる。
「ん〜〜〜?」
しかし、柱間サナという名前は一向に見つからない。
「ほらね? いないでしょ?」
「そんなはずは……」
穏やかに言い聞かせるような雨野。
俺は反論しようとしたが、その材料を提示できない。
クソゥ……俺の記憶違いだったのか?
なにぶんギャル妹を読んでいたのはだいぶ前のことだから、俺の方が勘違いをしている可能性もある。
もしかすると、サナが登場するのは二巻からだったのかもしれない。
「わ、悪い。確かに一巻だと出てないみたいだ……。まあ、ネタバレになっちゃうけど、二巻には新しいヒロインが出てくるんだよ。その子が、小太郎の幼馴染で柱間サナっていうんだ」
この話はこれで終わり、俺の単なる勘違いだった。
それで済めば、どれだけよかっただろう――だが雨野の返答は、俺の許容範囲を超えた。
「は? 二巻って何? ギャル妹は一巻で完結でしょ。小太郎とメルっちが、互いの気持ちを確かめ合ってハッピーエンド。その先なんてないよ」
「ちょっと待て! それは流石に嘘だ! ギャル妹は四巻まであるぞ! 二巻から幼馴染のサナとメルっちに挟まれて修羅場展開になるんだよ! そこから三角関係のラブコメが続いて、四巻で完結。どっちと付き合うとかは、結論が出ないまま、読者にその後の想像を委ねる終わり方をするんだ!」
「何それ? ギャル妹はそんな『俺たちの戦いはこれからだ』みたいな終わり方しないよ。一巻でスッキリ終わり。柱間サナなんて邪魔な女は出てこないし、2人はちゃんと想いを伝え合って完結したの」
雨野の真顔と微笑みの中間みたいな表情が、絶妙に俺の恐怖心を煽る。
だが、ここまで言われて黙ってはいられなかった。
「ぬぁぁあああ! だったら俺から四巻までお前にしっかり読ませてやるよ! 家にあるから明日にでも貸してやる!」
「いらない! 読まない! そんなクソみたいな展開、アタシは認めない!」
強情な雨野に俺は頭を抱えた。
認めないってなんだ⁉︎
原作を全否定する気かよ!
俺はオタクとして、原作無視は許せん。
作者が血の滲むような思いで生み出してくれた作品を否定するのは良くないと思うのだ。
少なくとも、俺の道理には反している。
たとえ自分にとっては気に入らない展開になろうとも、創作者の大切な想いを否定する理由にはならないはずだ。
これまで、この考えを人に押し付けるつもりはなかったが、俺はちょっとだけ雨野の頑なすぎる姿勢に反感を持ってしまった。
だからだろう、俺は反射的に大きな声で言い返していた。
「クソ展開なんかじゃねぇ! 三角関係にはロマンがある! ギャルと清楚に挟まれてデレデレするのは男の夢なんだ!」
女子の部屋に上がり込んで、俺はいったい何を叫んでいるのか。
それでも、バカな俺は叫ばずにはいられなかった。
正直に言えば、雨野の意見に対する反感だけが理由ではなく、誰かと――雨野と熱く作品について語り合うことが楽しくて、ただ夢中になっていたんだと思う。
「信じらんない! 神崎は、そのサナって女に浮気するんだ! 最っ低!」
「待て待て! なんで俺の話になる! 浮気するのは小太郎……ってか、小太郎も別に浮気したわけじゃないけどな! 2人は別に付き合ってないだろ!」
瞬間、雨野が押し黙り、次第に表情を苦しげに歪ませる。
「ふ、2人は、付き合ってるもん……付き合ってるんだもん!」
そして、雨野は子供みたいな泣きべそをかいていた。
俺か⁉︎
俺が悪いのか⁉︎⁉︎
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