第5話

 美少女と一緒に帰るというのは、こんなにも胃が痛くなるものなのか。


 俺は今、これまでの下校史上、最も注目を集めている。

 教室を出る瞬間から何となく人目を感じてはいたけれど、校舎を抜けたところから格段にそれが増している。

 通りすがる男という男たちが、みんな雨野を見て、目を見開く。

 それから、その隣を歩く俺をチラ見した。


 釣り合ってないとか思われてるのかなぁ。

 いや、そもそもそんな風に見られてすらいないか。

 実際、彼氏でもなんでもないしな。


 しかし、俺はともかく、毎日これだけ人から見られている雨野は、よく気疲れしないものだと感心する。

 もしかすると、顔に出さないだけでストレスになっているのかもしれないが。


 でも、そういう風にも見えないか……。


 俺の隣を歩く雨野は、今にも歌い出しそうなほどルンルンの状態だ。

 なんならちょっとスキップとかしてた。


「雨野、機嫌良さそうだな」

「え? そ、そうかな?」

「そうかなって。自覚してないのか?」


 人目を集めているのは雨野の可愛さもそうだが、彼女のニヤケきっただらしない顔にも理由があるだろう。

 これだけ機嫌良さそうに歩いている人がいたら、俺だって気になる。

 いったいどんな良いことがあったのだろうかと。


「なんか、今日はテンションおかしいぞ?」


 昼休みのときから、と言いかけて止めておいた。

 理由は良く分からないが、本能的になんとなく、昼の一件には触れない方が良い気がするのだ。


「ま、まあ、友達と一緒に帰るって楽しいじゃん? 神崎は、私と居るの、楽しくない?」


 雨野は少し前かがみになって、上目遣いに俺を見た。

 大きな胸がたゆんと揺れ、角度的に俺の方からは彼女の開けた胸元が若干見えてしまっている。


 気付いた瞬間、俺は首を全力で明後日の方へ曲げた。

 ゴリッと危険な音が鳴ったが、気にしない。


 雨野は友達、雨野は友達、雨野は友達。


 3回唱えて自分の邪な感情をかなぐり捨てる。


「そ、そうだな。俺も誰かと一緒に帰るなんて、最近では少ないし、楽しいよ。やっぱ良いもんだな。人と話しながら歩くってのは」


 俺は特に考えることもなく思ったままの感想を話した。

 けれど、いったいどこで地雷を踏んでしまったのか、ピシッとその場の空気が凍る。


「最近では…………」


 俺の言葉を小さく復唱する雨野。

 俯いた彼女の表情は見えない。

 しかし、何故だろう。

 見えていないことが、俺にとっては良いことのように思えてならない。


「お、おう。なんだ? 一緒に帰る友達なんて、そもそもいないだろってことか? 俺だってなぁ、友達の1人や2人くらいはいるぞ!」

「二組の柊木ひいらぎ君と、四組の新田にった君……」


 雨野は、速攻で俺の頭に浮かんだ人物の名前を言い当てる。

 頭の中を覗かれたのではないかと恐ろしくなるほど的確な答えだ。


「大正解だよ……」


 2人とも去年同じクラスだったオタク友達。

 進級してから顔を合わせる機会が極端に減ったが、それでも帰宅部同士、2年になってからも一緒に帰ることはあった。

 最近では2人ともそれぞれのクラスで新しい友達ができたようで、俺とは帰ってくれなくなったが……。

 まあ、そんなこと今はどうでもいいんだよ。


「他には?」

「他? いや、他は特には……悪かったな、友達が少なくて」

「女は?」

「お、女って……いや、一緒に女子と帰るのなんて、雨野が人生初だよ!」


 なんで俺、こんな恥ずかしい告白してるんだろう。


「ホント? アタシが初めてなの?」


 雨野は未だ俯いてその表情を見せない。

 いったいどんな顔でこんな質問をしているんだろうか。

 実はめちゃくちゃ嘲笑していたりしないだろうな?


「そうだよ! お前が初めてだよ! 恥ずかしいから何回も言わせないでくれよ!」


 ホント、恥ずかしいこと言わせないで欲しい。

 道端だから、さっきからちょいちょい通りすがる人が俺のことを見てるんだよ。

 こちとら普通に羞恥心で全身燃え上がりそうだわ。


「うぇ、うぇへへ。そっかぁ、アタシが初めてかぁ」


 どんな顔をしているのかと思いきや、顔を上げた雨野はだらしない笑みを浮かべている。

 嬉しそうで何よりだ。


「も~、神崎はもうちょっと友達作った方が良いよ~」


 ニヤニヤしながら俺をたしなめる雨野に、俺は思わずデカい声でツッコんだ。


「うるせぇ! こっちは頑張ってこれなんだよ! ほっとけ!」

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