第3話 おっさん、死にかける

 土下座した俺。

 茶髪ショートカット少女は腹を抱え笑っていた。そしてそんな彼女に促され、一緒に部屋を出た。


 どうやら俺は昨日、知らない間にこの女の子のパーティーに再就職したらしい。

 知らないうちに再就職なんて新しい営業のスタイルだが、どうせ就職先の宛てもなかった俺には棚から牡丹餅。ある意味ラッキーだ。

 彼女は一階にある、食堂へと俺を連れて行った。


「あ、おっはよ~。おじさんもおはよ~。昨日はだいぶ飲んでたけど、大丈夫だった?」


 薄いピンク色の髪を肩まで伸ばした少女が、エプロンを付けて朝食の準備をしている。


「おー、アンジェおはよう」と茶髪ショートカット少女が返す。


「おっ、おはよう……ございます」


 俺もとりあえず合わせて挨拶をした。だがヤバさは変わらない。目の前のこの少女も記憶にない。誰だか分からない。困った。

 かろうじて、名前が「アンジェ」ということは理解した。


「それがさぁアンジェ、聞いてくれよ」


 茶髪ショートカットの少女がそう言って切り出すと、今しがたの俺とのやり取りを笑いながら全て話した。

 当然の流れかもしれないが、恥ずかしいからやめてほしかった。今更遅いが。


「ははは、何それおもしろ! それでそれで?」と楽しそうに聞くアンジェ。


 前のめりになって、話の続きをせがんでいる。


「焦るなよ。続きは皆が揃ってからにしようぜ。どうやら、私達ももう一度自己紹介しないといけないみたいだしな。おっさんも一度で済んだ方がいいだろ。なんかパニくってるし」


 確かに、それに関して異論はない。

 自己紹介を何度もするのは手間だが、まだ何も問題が解決されていない。俺は罪人未遂だ。この状況を把握するのが最優先だし、そもそも彼女のいう通り頭の中がパニックだから、異論を唱えるだ気力もない。


 やがて、食堂にこのパーティーメンバー全員が集まってくると、皆がそれぞれ指定の席へと座った。人数は全員で四人らしい。いずれも皆、若い女の子だ。

 全員が座って、席があと一つ空いている。どうやら俺の席らしい。直後に「座って」と言われたので、俺は素直に座った。同時に、さっき挨拶を交わしたアンジェという女の子が立ち上がる。


「じゃあ改めて自己紹介ね。ボクの名前はアンジェリーナ。皆にはアンジェって呼ばれてるから、アンジェでいいよ。このCランクパーティーのリーダーで、剣士かな。よろしくね」


 アンジェの正式な名前はアンジェリーナというらしい。

 なるほど。呼ぶには長いし、本人もせっかく言ってくれているのだから、俺もアンジェと呼べいいのだろう。

 それにしてもこの子、薄いピンク色の髪をしてるけど、絶対に淫乱に違いない。

 これでも俺は、社会経験豊富なおっさんだ。童貞だが、この判断にきっと間違いはない。

 

 俺は自分が思ったことを微塵も悟られずに「おう、よろしくな」と返した。


「じゃあ次は私な。あたしはマリア。斥候をしてる。そして、おっさんと熱い夜を過ごした女だ。よろしく~」


 俺と一夜を過ごしたと言い張る、茶髪ショートカットの子の名前がマリアだということが遂に判明した。

 改めて見ると、マリアはそれほど背が高くはないが、足は長い。体格は細く、引き締まっている。ウエストのくびれとかひょうたんみたいだ。胸も相応にあるし、かなりのメリハリボディをしている。

 どうやらさっき胸を触ったことは、不問になりそうだ。

 なんだよ。それなら、もっと揉んでおくんべきだった。


 そんなことを思いながら、「おうっ」と俺は返した。


「では、次は私ですわね。私はルーベル、魔法使いですわ。おじさま、どうぞよろしくお願い致します」


 艶やかな金色の髪色。縦ロールにウェーブがかかったロングヘア。

 どこからみても「お嬢様」という言葉が最もしっくりくる外見だ。なんで君はこんなところで冒険者なんてやってんの?


 率直にそう思ったが、当たり前に口には出していない。

 俺も少しだけお上品に「こちらこそよろしく」と返した。

 俺は一応、最低限のことはできる大人だからな。


「私、レビィ。エルフで、弓を使います、です。よろしくお願いします」


 最後はエルフのべっぴんさんときた。うわー、やっぱりエルフは美人だな。もう顔の造形が人族とは根本から違う。肌もめっちゃ綺麗。背中まである金色の長い髪の毛も神々しい。

 レビィは元々無口で、喋り方がたどたどしい。だけど年上である俺には敬意を表そうと頑張ってるのがよく分かるな。

 流石、エルフは年功序列が厳しい種族と言われるだけある。

 うむうむ、そういう年上を敬う子、おっさんは好きだぞ。


 俺は「こちらこそよろしくお願いします」と丁寧に返した。


 これが、俺の再就職したパーティーのメンバーのようだ。

 こうして俺達は、後から振り返っても運命としか言いようがない、奇跡的な出会いを果たした。


「じゃあ、最後におじさんね」とアンジェ。


「うん? ああ、そうだな」


 皆の自己紹介が終わったんだから、最後は当然俺か。

 アンジェに指名され、椅子から立ち上がった。

 たかが自己紹介と言えど、わきまえるのが大人の男というものだ。いつもはふざけている感じでも、決めるときは決める。これが大人のコツである。


「名前はジョニーといいます。昨日までSランククラン『鋼鉄の武装』で事務職をしていました。えー、色々ありまして……この度辞めることになったのですが、特に不正や問題行動をしてのものではありませんので、ご安心下さい。事務全般できます。よろしくお願いします」


 ぺこりとお辞儀をして、俺は席に座った。


「Sランククランの『鋼鉄の武装』ってあのクラン御三家の一つでしょ? そんな凄いところの事務だったんだ~。でも、そんないいところどうして辞めちゃったの? 私達が雇って、やっぱり後で戻って来いとか言われない?」


 あー、やっぱりそう思うよな、普通。

 俺の古巣は『鋼鉄の武装』という、そこらの冒険者でもみんな知ってる超有名クランだ。

 自慢じゃないが、この街周辺ではトップ3に入る名門クランで、御三家とも呼ばれている。


「ああ、まぁ辞めたというよりも、恥ずかしい話、辞めさせられたというか……追い出されたというか……」


 俺は一応こういう理由で辞めさせられたんだ、という説明として、昨日のバルムとのやり取りを皆に聞かせた。


「何それ、酷い! そんなことってないよね!」

「そうですわね。横暴というかなんと言うか、全くもって失礼ですわ」

「多分その人、現場しかしてない奴だったんだろ? 事務仕事がどれだけ大変か理解してないんだろうな」


 アンジェ、ルーベル、マリアがそう言って、俺に同情してくれた。

 この子達、若いのに皆なんて良い子なんだ。俺も結婚して娘ができたら、こういう娘に育てたいな。

 まぁ、まずは嫁さん探さしからとなるが。


「じゃあ、おじさん。もう戻ることはないよね」とアンジェ。


「ああ。じゃなくて、はい。俺にも意地がありますから」

「もう、そんな畏まった口調しなくていいよ!」

「いや、でも一応雇い主なわけだし……」


 アンジェはパーティーリーダーだし、末端の俺がタメ口で喋ったら格好もつかないだろう。


「それなら、パーティーリーダーとして命令します。おじさんは、私達に一切敬語は不要。気軽に話すこと」


 アンジェが、たった今決めたであろう命令を口にした。


「え、あ……そういうことなら、分かりました。いや、分かった──でいいか?」

「うん。じゃあ改めてよろしくね、おじさんっ!」


 元気なアンジェに続き、ルーベル、レビィ、マリアからも再度「よろしく~」と言われた。


「はいは~い。早速、そんなおじさんに質問で~す!」


 一段落ついたと思った瞬間、アンジェがまた元気に声を掛けてきた。

 俺の古巣話でしんみりしてしまった空気を吹き飛ばす、いい元気だ。こういうところでこのパーティーのリーダーを任されているのだろう。


 いいぞ、受けて立とうではないか。


 俺は鷹揚に「よかろう」と頷きを返した。


「おじさんは、奥さんとかお子さんはいないんですか?」


 ぐほっ。

 メンタルに会心の一撃を食らった。死んだ──。


「お~い、おっさん。生きてるか?」とマリア。


「どうやらその質問は、おじさまにとってセンシティブな内容だったようですわね」と心中お察ししたルーベル。


 俺は魂が抜けかけた状態で、なんとか頷きだけ返した。


 彼女達に、俺というおっさんの事情を一つ理解してもらった。

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