最高峰パーティーを支えるは裏方の事務職おっさん~拾ってくれたパーティーをちゃっかり支援して超絶活躍!~

きょろ

第1話 おっさん、捨てられる


「おい、おっさん! これ見てみろ!」


 街の冒険者の情報を扱う新聞『冒険者タイムリー』の号外を手にし、一人の女の子が俺の部屋に飛び込んできた。


 彼女は俺が事務をしている冒険者パーティーのメンバーの一人。名前はマリアという。

 記事には「とあるSランククラン」が降格処分となり、Cランククランになったという旨が書かれていた。


「何をやったらいきなり3ランクも下がって、Cランクに降格になるんだ?」とマリア。


 確かに、長年冒険者業界にいる俺としても、そんな話は聞いたことがない。

 不祥事の場合は通常1ランク降格。よほどのことでも2ランク降格となるかどうかが相場だ。

 それが異例の3ランク降格となれば、もはや冒険者タイムリーの号外に載るに相応しい、前代未聞の珍事である。


「え~と、無許可でダンジョン探索をし、他のパーティーへの攻略妨害、それから──、」


 続けて記事を読むマリア。


「それだけで3ランクも降格になるのか? ちょっと見せてくれよ」


 俺はユリアから号外を受け取り、詳細にまで目を通した。


「はぁ~」


 大きく溜息をつきながら、俺は部屋の端に置かれているベッドにドカッと腰を下ろした。ベッドが重みで軋む。

 だがその軋み以上に酷い、あんまりな内容に、頭痛がした。


「こらこら、おっさん。どうしたんだよ。もっと喜べって、ここはおっさんを追い出したクランなんだろう?」


 マリアが明るく言った。


「ああ、そうだよ。ただ、このクランは元々、俺の恩人に当たる人が作ったクランなんだ。後継者がアホだっただけだから、内心はちょっと複雑なんだよね。まぁ俺としては追い出されたお陰で、こうしてマリア達と一緒にいられるわけだし、今にして思えば逆に感謝してるくらいだよ」

「かぁ~、おっさん。それは人が良すぎだろ。だけどそんなおっさんだから、私達は……」


 途中まで言い、目の前のマリアが急にモジモジし始めた。


 どうしたんだろう。トイレにでも行きたいんだろうか。

 何はともあれ、確かに今思い返してみれば、全ては“あの日”が始まりだったなぁ。


**


「なぁ、おっさん。お前はクビにするから。とっとと出ていってくれよ」


 俺がクランで事務仕事をしていると、俺を雇っているクランのトップ──つまりは全決定権のあるクランマスター、バルムから突如そう宣告された。


「はぁ? おい、バルム。お前急に何言ってんだ?」


 バルムは年下とはいえ、一応俺の雇い主。何度も言うが、このクランのトップ。

 彼は最近クランマスターに就任したばかりであったが、俺はクランマスターであるバルムのことを「マスター」と呼ぶようにし、それなりの口調で話していた。

 

 しかし今、あまりに急に、それも意味不明なことを言われたせいで、思わず以前の感覚で返してしまった。


「うるせぇな。俺達が外で汗水垂らして身体張ってんのに、お前はここでのんびりしてるだけじゃねぇかよ。それがイラつく」

「当たり前だろ。俺は事務職だ。それが仕事だよ。当たり前にやるべき事をやっているだけだし、少なくとも、誰にも迷惑を掛けてはいないはずだが」


 自慢ではないが、俺が働いているこのクランはSランククランだ。この街周辺では最高峰のクランであるし、そんなクランを裏方として支えているのが俺の地味な自慢でもある。

 だから、裏方の事務としてそれなりにこのクランには貢献してきたつもりだ。それが俺の役割だから。

 しかしバルムは以前から、何かと俺に対する当たりが強かった。好かれていないことは正直、分かっていた。


 でも急だし、やはり納得はいかない。


「おっさんの取柄はその『マジック』とかいうペンのアーティファクトだけだろ? それで書類を書いてるよな。だがもうこのご時世、手書きの書類なんてアナログは流行らないんだよ。今や魔道デジタルの時代だ。うちもこれを導入して、書類は全てこれですることにしたからな」


 バルムはニヤニヤしながら、部屋の隅に置いてある大きな箱を指差した。

 どうやらさっきバルムがこの部屋に運び込んでいたのは、魔道デジタルと呼ばれる魔道具だったようだ。

 最近、魔道技術の進歩でデジタルなるものが出始めているということは噂では聞いていた。

 俺達の仕事や生活にまで関わってくるのはまだまだ先の話と思っていたんだが、新しい物が好きなバルムは、見事に流行りに乗っかった。


 いや──メインは俺への嫌がらせか、それ以上の理由かもしれないけどな。


「つまり、手書きでしか事務書類を作れないアナログな俺はもう、このクランには必要ないってことか? デジタル化の邪魔だと?」


「おっさんにしては理解が早いじゃねぇか!」と嬉しそうに言ったバルム。


「その役立たずのアーティファクトが何かに使えればまだいいんだがよ、結局ただのペンでしかない。これまでは何とか使ってやれたが、どちらにしてもお前はもう要らない。使い道がねぇな」


 これまでに『マジック』をバカにされた回数は、両手の指の本数を合わせても足りない。でもだからといって、俺も言い返すことはできない。

 残念ながら、俺のアーティファクトは「外れ」だ。確かに使えない。


「これで分かったろ。そういうわけだからさっさと出て行け! こっちは今から魔道デジタルをセッティングしないといけないから忙しいし、その席が魔導デジタルの置き場なんだよ」


 バルムは早口でまくし立てた。

 実力では、事務職の俺なんかが現役冒険者であるバルムに敵うわけがなかった。

 

 だから俺はやりかけの仕事もそのままに、本日、めでたくクランを追い出された。

 ついでに、クランが借り上げていた住居からも追い出された。

 元々私物が少なかったことと、以前たまたま手に入れた、容量が大きなマジックバッグがあったお陰で荷物の運び出しには苦労しなかった。

 不幸中の幸い、というのだろうか。


「あー、これからどうすりゃいいんだ」


 俺は行きつけの酒場のカウンターで、店のマスター相手に愚痴を吐いた。マスターは何度目とも分からない俺の話を、黙って聞いてくれる。

 さっきまでは隣の席にいた、俺よりちょっと年下ぐらいの男がいて話を聞いてくれていたが、いつの間にか帰っていた。

 初対面なのに妙に聞き上手で、思わず色々と喋ってしまった。だがまだまだ、俺はまだ喋り足りないようだ。

 俺は独り身。ある程度は節約していたから、数か月程度であれば何とか生活できるだけの蓄えはある。しかし、その先のことを考えると流石に不安だ。


「これがもうちょっと、役に立ってくれればなぁ……」


 右手に『マジック』を顕現させた俺。何百回見ても、ただのペンだ。

 この世界では十三歳になると、神から『ギフト』と呼ばれるスキル、もしくはアーティファクトという専用のブツを授かる。

 同年代の子供達がその年、一斉に教会に連れていかれて儀式を受けるのが一般的だ。

 ここでどんなギフトを授かるかで人生が決まると言っていい。残酷なものだ。

 優秀なスキルやアーティファクト授かった者は人生の勝ち組となり、そうでなければ、俺のように三十過ぎたおっさんにもなって、嫁の一人か彼女もまともに出来ないも寂しい負け組人生になってしまう。


 俺のアーティファクト──マジック。

 十三歳で手に入れたときから、一向にレベルが変わらない。

 スキルもアーティファクトも通常、レベルが上がっていく。そしてレベルが上がれば、アーティファクトはより高い性能を発揮するアイテムとなる。

 一般的には。


===================

【マジック(レベル1:普通のペン)】

黒色のペン。

ペン先の太さを極細・細・普通・太・極太から選ぶことができる。

インクの代わりに魔力を消費する。キャップも黒色

===================


 アーティファクトのステータス画面も、何千回見たところで変化はない。見る度に溜息が出るだけ。

 それに、レベルが上がったとて、このたかが『マジック』の性能に期待なんて到底できない。せいぜい「色つき」になるとかその程度が関の山だ。


「冒険者パーティーでもクランでもいいから、どっかで事務職募集してないかな……」


 八杯目のエールビールのジョッキを飲み干した俺は、空いたジョッキをカウンターに置いて突っ伏した。

 普段なら、ここまで酒を飲むことはない。

 これが酒に飲まれるというやつか。情けない。


「おじさん、冒険者パーティーの事務できるの?」


 カウンターに突っ伏し意識を失いかけていたその瞬間、俺の耳に、女の子の声が響いてきた。

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