それでも魔術師です

@kaoruru

第1話 魔術師、保護される

<プロローグ>


功名心にかられた人間はその力を見誤った。

眠っていた水龍に火矢を射かけた愚かな兵士たちが報いを受けていた。

パニックをおこした幼い水龍が暴れまわり、近くの木々をなぎ倒している。

たまたま近くで山菜を探していた魔術師に、水龍の放った衝撃波が命中した。

吹き飛ばされた魔術師は、頭から藪のなかに突っ込んだ。

しばらくして彼は目を覚ました。

麦藁色の髪のひょろりと背の高い青年は、不思議そうにあたりを見回した。


***


<レイ視点>



「あーあ、ひどい目にあった」


なんとか灌木から脱出し、髪に絡まった枝葉をとりながら唸る。


「この山にこんな場所あったか?」


あるはずない。

師匠から譲られた山小屋を拠点に、この山に知らない場所はないんだ。

誰かが運んできた?

ぼくを?

まさかね。

まだ昼前だったはずが、もう暮れかけている。

ずいぶん長いこと気を失っていたようだった。


「【灯火】」


ひとさし指をピンとたてて唱える。

拳大の白球があたりを明るく照らす、はずだった。


だけど指の先にともったのは、小指の爪ほどの小さな火で、それもすぐに消えてしまった。


「えええっ」


ぼくは悲鳴をあげた。

天涯孤独の身でなんとかやってこれたのは、魔術の才のおかげだった。

唯一のとりえを失ったとしたら、お先はまっくらだ。


そんななか、日は落ちて山は闇に包まれようとしていた。



ぼくは魔術師、名前はレイ。

家名はなくした。

それなりに良い家の出ではあったが、母親は早くに死んだ。

後妻とその子には疎まれたが、父には才能を認められていたと思う。

だが、その父が事故で亡くなり、学業半ばで家を追い出された。

学院を卒業しなければ、国定魔術師にはなれない。

在学時の教官の紹介で、在野の魔術師の助手になった。


それから10年。

今は26だ。

昨年高齢だった師匠がぽっくり逝ってからは、その仕事をひきついでくらしている。

恋人も、友人と呼べるほど親しい相手もいない。

それ以前に、人に会う機会が少ない。

それも気楽でいいと割り切って、半ば山にこもって暮らしていた。


そんなことを、打ち明けている相手はトマスさんという。

息子に村長を譲って隠居した長老だった。


あのあと、ぼくはあてもなく山をさまよい、疲れはてて座り込んで眠ってしまった。

だけど恐れていた魔獣の襲撃はなかった。

せいぜい、どこかでフクロウが鳴いた程度だ。

夜の森で襲われないなんて不思議なことだった。

ここは特別な場所なんだろうか。

ぜんぜんそうは見えないけど聖地とか?


朝になり人の手のはいった細道をみつけ、たどっていった。

降りてくると村があった。

やはり知らない村だった。


魔術が使えない。

魔獣がいない。

見覚えのない村。

なにか奇妙なことが起こっていた。


「すみません。道に迷ってたどりついたのですが、ここはなんという村ですか?」


自分でもバカみたいだとおもいながら、出会った農夫に尋ねた。

言葉が通じたのは幸いだった。

農夫は親切に村長の家に案内してくれた。

そして、村人の信用が厚く、時間に余裕のあるトマス老に預けられたのだった。


「レイさん」


「レイと呼んでください」


「わかった。大変だったのぉ、レイ。じゃが、簡単には信じられん」


「ラーマゲートの都はここから遠いのですか?」


眉を寄せ尋ねると、トマス老は困ったように顎を撫でた。

「いいや、そんな街は聞いたことがないんじゃ」


思わず息をのむ。

「誰もが知っている魔術の都を?」


「魔術も魔法もおとぎ話じゃと言ったろう。子どもでも本当にあるとはおもわん」


「そんな……」


自分はどこに紛れ込んでしまったんだろうか。

気の毒なものを見るような視線がつらい。


「だけど、ぼくは」

たしかに、そこで生きていたんだ。


「落ち着くまで、うちの離れに泊まるといい。この村は小さいがよいところじゃよ」


そしてトマス老は食事に誘ってくれた。

大きなパンとチーズ、炒り卵、しゃりしゃりするこぶし大の果物。新鮮なミルク。

どれも、素朴だが美味しい。

いろいろありすぎて空腹を忘れていたけれど、食べ始めたら止まらなかった。

ありがたく完食し、与えられた離れのベッドにもぐりこんだ。


魔獣に怯えながら山で夜を過ごした疲れもあったが、それより、現実を受け止めきれなかった。


いったいどうなっているんだろう。

おとぎ話なんかじゃない。

ぼくは魔術師だし、精霊も見た。


ぼくを吹き飛ばしたのは水龍だ。


みんな、ほんとうのことのはずだ。


眠って目覚めればすべて元に戻っていますように。

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