トリック・オア・トリート
楸
トリック・オア・トリート
かぼちゃが割れた。
かぼちゃを割った。割るべきだから割っていた。割ってしまった。それだけの話である。
人の頭を割った。かぼちゃに見立てて割ってみた。思いのほか固く存在する骨のそれを大きく割った。そうするべきだと思ってしまった。特に後悔はなかった。
恋人の頭を割った。確かに愛している彼女の頭を割ってしまった。割ってやった。憤りが感情の大半を占めていた。そのための衝動が僕の中にはあった。それを行うこと自体は容易かった。歯止めを効かせる何かは、彼女の姿を見た時に消え失せていた。
恋人だった女と隣にいた男の頭を割った。割るしかなかった。割るべきだと思ってしまった。割って尚もその気持ちは変わることなく、後悔というものは何一つ感情には宿らなかった。罪を犯すということに、これだけ罪悪感が宿らないことを僕は初めて知った。
二人の頭を割った。かぼちゃに見立てて割ってやった。それが彼らの望みであるようにも思えた。だからそうした。僕の持ってきた祝いの品はハロウィンに向けてのものだった。彼女を驚かせようと思って、仕事を早めに切り上げて家に帰った。それが事の始まりだった。
知り合いがいた、友人がいた。長くからの付き合いだった友人がそこにはいた。彼女と付き合い、そのすべてについて相談していた男だった。それほどまでに信頼は厚く、僕以外にも彼は好意と信頼を寄せられていた。だから、帰ったその時の景色について信憑性がないような気がした。
二人がいた。男と女だった。それは獣と獣と言っても差支えはなかった。僕が帰った音に気がつくことはなく、ただお互いの体を貪るようにしていた。
まずくないか、まだ大丈夫だから、あの人いつも遅いもの、そっか、あいつはそういうやつだもんな。そんな声が聞こえていた。
彼の言う通りではあった。結ばれてからというもの彼女との関わり方が分からなくなっていった。逃げている訳ではなかった。ただ分からなくなったと同時に仕事が嵩んだだけに他ならなかった。
僕はそれを理由にして家に帰ることを蔑ろにしていた。いつも帰った時には冷たくなった夕食と寝ている彼女の姿だけがあった。
それでも用意されている夕食を見て、僕は愛されている、とそう実感した。償いをしなければいけないと、ハロウィンのイタズラにかこつけてお祝いをしようと。彼女に対して労おうと、そう思った。
その時、二人がかぼちゃに見えた。見えてしまった。ハロウィンにかこつけて二人をかぼちゃに見立ててやった。見立ててしまった。何ら違和感を覚えることはなかった。しばらく獣がかぼちゃを被っている様を眺めながら、ああ、かぼちゃなら割らなくちゃ、とそう思った。そのための準備を台所で済ませた。
物音が立ってしまった。気をつけていたはずなのに、傍らに置いてあるカトラリーに触れ、耳にとって障る音が響いてしまった。それに連なって音が消えた。ぎい、ぎいと軋む音を立てていた場所から静けさだけがこだましていた。そしてしばらくしてから蝶番を鳴らす音が聞こえた。
そこには二つのかぼちゃがあった。
ああ、だから割ってやった。
僕の持っているものを見て、心底驚いたような声を上げていた。かぼちゃが声を上げるなんて、なんてイタズラなんだろう。それならイタズラを返さなきゃいけない。
かぼちゃを割ってやった。かぼちゃを割ってやった。割ってやった。割ってやった。割ってやった。割って、割って、追いかけて、割って、逃げ道に縋る手を滑らせて、割った、割った、割ってやった。
割ってしまった。
割ってしまった。
……割ってしまった。
トリック・オア・トリート 楸 @Hisagi1037
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