クロス・ディメンション ࿐境界を超えし者 ࿐

༄MuSuKu༄

第一章 ࿐目覚めの路地࿐

 MuSuKu(ムスク)は、どこにでもいる普通の少年だった。

 学校に行き、友達と笑い、時々ため息をつく。

 そんな、平凡で何気ない日々。

 けれど、その静かな世界はある日の夕暮れに、突然音を立てて崩れた。


 放課後の帰り道、空がやけに赤く見えた。

 胸の奥が熱くなって、心臓の鼓動がいつもより強く鳴る。

 風の流れが一瞬止まった気がして、手のひらを見つめると、微かに光っていた。

 「……え?」

 その瞬間、自分の中に“何か”が目を覚ましたような感覚が走った。

 けれど何が起きているのか理解できず、MuSuKuはただ息をのんだ。


 その時だった。

 「……ムスク?」

 背後から、聞き覚えのない――でもどこか懐かしい声がした。

 振り返ると、そこに立っていたのは見知らぬ女性。

 肩までの髪が淡い金色で、瞳は透き通るような碧。

 見た瞬間、心臓がまた高鳴った。

 「ひ、誰……?」

 そう言いかけたMuSuKuに、彼女は一歩近づき、微笑んだ。

 「久しぶり。会いたかったよ。やっと会えた……!」


 そして彼女はためらいもなく抱きついてきた。

 その温もりに、MuSuKuは完全に固まった。

 「え、え? 何言って……? 俺、君のこと知らないけど……!」

 彼女は悲しそうに微笑むと、耳元で小さく囁いた。

 「今は思い出せなくてもいい。でも、あなたには“力”があるの。」


 訳が分からないまま、彼女はMuSuKuの手を取った。

 「ここじゃ話せない。ついてきて。全部話すから。」

 そう言われて、気づけば足が勝手に動いていた。


 彼女に導かれた道は、見慣れた町のはずなのに、どこか違う。

 狭い路地をいくつも曲がり、入り組んだ道を抜けていくうちに、

 MuSuKuは気づいた。「こんな場所、あったか……?」

 街灯の届かない薄暗い裏路地の奥。

 行き止まりに見える古い壁の前で、彼女は立ち止まった。


 すると――壁の中央に、光る紋章のような模様が浮かび上がる。

 低い音を立てて壁が左右に開いた。

 そこには、まるで別の世界のような街が広がっていた。


 夜のように静かな空の下、点々と灯る明かり。

 見たこともない素材で作られた建物。

 そして通りの奥に、ひときわ輝くネオンの文字があった。


 ――BAR「NOX(ノクス)」


 彼女はその扉を見上げて微笑む。

 「さぁ、ようこそ。ここから、あなたの物語が再開するわ。」


 MuSuKuの平凡な日々は、もう二度と戻らなかった。

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