己の正義を貫く者たち

@Riber-0039

第1話

【今日もお疲れ様です。作戦は順調に進んでいます。

あと少しですが、気を抜かないように。】

「気なんて抜いた事ねえよ。」

男はそう静かに呟いて手紙を燃やした。ミッションインポッシブルを再現するのはまだ難しいらしい。

飯島蓮(いいじま れん)、7年ほどスパイをやっている男だ。もちろんスパイなので、この名前は偽名である。年齢は…三十路辺りか。

今は犯罪組織の中心に潜って情報を流している。映画やドラマではトラブルをかっこよく対処するが、現実は地味だ。目立たずにこっそり情報を盗み出す。

今はネットも監視カメラも普及しまくっているから、どこから見られているか分からない。少しも余計なことは出来ない。頭の中すらスパイの自分を消さないといけないと思い込む者もいる。

だが飯島は違う。良くも悪くも不真面目だ。だからこそスパイとして長く息をしてる。7年目くらいならどの業界もたくさんいるだろうが、現代のスパイはなかなか人材が育たない。なので飯島はベテラン2歩手前くらいだろうか。とりあえず、仕事はしっかりやり遂げる男だ。危機管理能力はしっかりしているので安心して欲しい。


11月8日、飯島が潜入していた犯罪組織が壊滅した。情報を中心から流したおかげで、幹部などの重要な人物情報を大量に仕入れることが出来た。そしてその犯罪組織に関わっていた外部の人間も大勢逮捕された。有名人が何人も逮捕されたので、少しだけ社会現象になったほどだ。

【今回の仕事もミスなく成功に終わりました。ありがとうございます。

これからの仕事も期待しています。】

きっと飯島は、この手紙を読んでこう思っているだろう。ボスは相変わらず用心深いな、と。あぁ言い忘れたが、「飯島蓮」は先の潜入作戦で使った偽名だ。本名は出せないが「グラス」というコードネームを使用している。

「グラスさーん、今回はでかい仕事しましたねー。これで出世しちゃったりしてー?」

「知らねえよ。うるせえよ。どうでもいいよ。」

グラスの部下のミューズだ。いつも気だるげそうに語尾を伸ばして話している女性である。グラスとそこそこ相性がいいらしく、めんどくさい性格のグラスに面倒くさがられるという大物だ。美しい女性だが、上の血縁者の人種が多様すぎて、人目見ただけではどこの国の人物か全く分からない、アジア系にも見えるし、ヨーロッパ系にも見えるし、アフリカ系にも見える。本当に綺麗に中間の容姿である。そして外見も内面も不思議な魅力のある女性で、ひっかからない男性はいない。しかし、所属している組織の男性陣は一度ミューズと関わると必ず、世界一めんどくさい女だ、と言う。

「グラスさーん、あーし思ったんですけどー、ボスのコードネームって「ボス」なんですかねー」

「知らねえよそんなこと、よくそんなどうでもいいこと思いつくな。感心するよ。」

「だって気になるじゃないですかー、あーしら基本的にコードネーム自分でつけるのにー、あのボスが自分で「ボス」って呼ばせるのなんか納得しずらくてー。」

「勝手に周りがボスって呼んでるだけだろ。」

「でもあーしボスから初めて手紙貰った時ー、【私の事はボスと呼んで欲しい】って書いてましたよー。」

「そういや俺も書いてた気がするな。呼ばれるようになって気に入ったんじゃねえの。」

「だとしたらー、ボスってお茶目かもですねー。」

「手紙の口調は優しいけど、筆跡が分からねえから、性格の推測なんてできねえと思うけどな。」

「なんでですかー?確かにパソコンで打ち込んでるっぽいから筆跡は分からないですけどー、よく使う単語とか1個くらいありますよねー?」

「普段特徴的な言い回しとかねえし、AIに人の口調ぽく代筆させてるかもな。」

「そういうのもあるのかー、そもそもボスなんていなかったりしてー。」

「いなかったら、誰が何のために犯罪見つけまくって、正義のヒーローやってんだよ。」

「それはわかりませんけどー、正義のヒーローならいいんじゃないですかー?」

「まぁ、そうかもな。」


1月1日、グラスに仕事の依頼が入った。依頼内容は、ボスからの手紙に書かれて送られてくる。手紙を送ってくるのはグラスが所属している組織の運搬係だ。合言葉付きで直接本人に渡される。緊急時以外は基本的に決まった時間に手紙が来る。

【こんにちはグラスさん。最近の調子はどうですか?あなたは優秀な方ですから、体調を崩されては困りますよ。あと、私はコードネームとかありません。ただのボスです。

さて今回の仕事内容ですが……】

グラスは衝撃で固まった。当たり前だ、聞かれていたのだから。筆跡すら知らない相手が、自分と部下のテキトウな会話の内容を知っているのだから。グラスにとってこんなことは初めてだ。他の仲間からも会話を聞かれてたなんてことは聞いたことがない。たまたま周りにいたのかもしれないが、それを知る術はない。

これは、私の詮索をするな、ということか。つまり警告か。

「おっかねぇな」

普段独り言なんて滅多に言わないグラスも、さすがに口から出てしまった。


1月28日、グラスはボスからの仕事をしていた。内容を端的に言うと、人身売買が行われている組織の証拠を集めて、それを匿名でリークするというもの。

今回は危険レベルが高い仕事なので複数人で潜入している。

グラス、ミューズ、サイファー、エコー、この4人である。

サイファーは元暗殺者の超効率重視男である。ボスが直接スカウトしたやり手で、身体能力も頭脳も文句無しの天才だという。彼の特徴は身の回りのものを全て武器にするところ。銃やナイフなどという武器も手馴れた手つきで使用するが、来ている服、靴の紐、部屋の埃まで利用する。世界一、戦場で発揮される才能を持った男だと言っても過言では無いだろう。

エコーはおちゃらけたムードメーカー的な存在だ。いつ死ぬか分からない仕事で、印象に残る振る舞いをするのは危険だが、エコーは印象を残さない。どんな人で、どんな言動をして、どんな行動をとったか、思い返してみようとするとなかなか出てこない。おそらくそれは才能である。ちなみにいかにもモテそうな男である。

「調子はどうですかミューズさん?僕のこと、頼っていただいていいんでね。」

「あなた、私がめんどくさいの知っててよくそんなに押してこれるね。」

「美人は大好きなので。それにしても、聞いてた方と違いますね。もっと気だるげそうな話し方するって聞きましたよ。」

「仕事中だからね。振る舞いには気をつけてるのよ。あなたと違って印象残っちゃうから。」

「確かに、僕のスキルは才能ですからね。昔からなんですよ、印象薄いの。それがコンプレックスだったんですけど、この仕事するようになってからは武器になって、結構嬉しいです。」

ミューズはエコーがフッと笑ったのを横目で見た。そして、多分この笑顔は本心だろうと思ったのだった。

「こんなとこで談笑してて大丈夫か?自殺行為と変わんねえぞ。」

「大丈夫ですよグラスさん。私そこまで雑魚キャラじゃないです。」

「そうですよ。僕らちゃんとあなたの足音だってわかってました。1人だってこともね。」

「残念、もうひとりいます。」

グラスがそう言い終わる前にサイファーが後ろから出てきた。

「やっぱりお前らは弱い。」

「そりゃ、ボスがスカウトしたんだから僕らより強いのは当たり前だよサイファーさん。」

「全っっ然気づかなかった。気配すらなかったし。ていうか、足音たてずに歩いてるの?」

「足音くらい消せ、誰なのかも居場所も警戒心も全部バレる。」

「いやだいぶ消してるんだけど、それに消しすぎても逆に警戒されるし。」

「まぁ振る舞いとかわかりやすい職業あるしな。でもそういうのを逆手にとって潜入で使うんだよ。形を整えてれば疑われねえからな。」

「それ訓練で当たり前に習うしもう200回くらい聞かされましたよー。」

ミューズがだるそうに早口でまくし立てた。呆れ顔を超えて笑顔になっている。目は笑っていない。

「ごめんごめん、久々に人と話したから饒舌になっちゃって。」

「実はグラスさんってお喋りタイプなんですか?僕も人と喋ってないと死んじゃうんですよね。あでも大丈夫ですよ。大事なこと全く喋ってない自信あるんで。」

『当たり前。』

エコー以外の声が綺麗に揃った。正直声質の相性はそんなに良くない。

「それより、こんなとこでべらべら喋ってていいのかよ、確かに監視の目は薄いけど。」

「大丈夫です。盗聴器もカメラも色々見ましたけど、なーんもなかったんで。僕そういうの調べるのまじで得意なんで、信じてもらって大丈夫です。」

エコーの仕事ぶりは確かに信用できるものだった。

「じゃあ私、そろそろ持ち場に戻らないといけないので。あ、高沢望(たかざわのぞみ)です、よろしくどうぞ。」

ミューズはいろいろな人種の血が混ざりまくっているので、ちょっと顔が濃い日本人にも無理なく見える。

「頑張ろうね、望ちゃん♡」

「殉職しろ。」

「ひどーい」

歳が近いせいか、エコーにいろいろ言いやすいのか、潜入中なのによく言い合っている。言い合っていると言っても、望が一方的にさしている事がほとんどだが。それをグラスは微笑ましそうに見ていることが多い。父親面のようなものか。

「若いっていいねぇ、元気があって。」

「グラスさんは30代でしたっけ?まだまだこれからじゃないですか。僕ももう20代後半ですよー。入った時は10代だったのに。」

「少年兵だったってことか?若いのに大変だな。」

「僕はまあ、大変なとこに産まれましたからね。別に入らなくても良かったんですけど、どうせなら何か守りたいって思って。守りたかった人守れなかったんで。」

辛い思い出から身を守るためにおちゃらけるようになったのだろうか。心も体も傷だらけの兵士は世界中にいる。グラスたちも例外ではない。それでもやり遂げたい何かを胸に、人生をかけて世界の一部を犯罪から救い続けている。

「ドラマチックだな。」

サイファーは相変わらず口数が少ないが、何とか慰めようとしているのだろう。人を殺してきた人間にしては優しいやつだ。

「それ慰め?慰めなら感謝するよ、ありがとね。ていうか、僕サイファーさんのこともっと知りたいんですよね。」

「お前も恐怖心のないやつだな。」

「だってボスが直接スカウトした人ですよ?せめて、なんで所属しようと思ったのかくらい聞きたくないですか?」

グラスも正直気になっていた。サイファーがどんな人生を送ってきたのか。どうやってボスはサイファーのことを知り、接触したのか。なぜ人を殺してきた人間が、犯罪から人を救う組織に入ったのか。

「教える必要は無い。」

「必要とかじゃなくて、知りたいから聞いてるんですよ。」

「やめとけ、お前みたいに仲間にならなんでも喋るような人間ばっかじゃねえんだよ。しかもこの組織に入ってるんだ。言いたくないこと無いわけないだろ。」

この組織は犯罪者に制裁を下す側ではあるが、それでもやはり汚れ仕事ではある。何も無かった人間が来る場所ではない。

「そう…ですね。すみませんサイファーさん。出しゃばりすぎました。気をつけます。」

「いい、俺は気にしない。感情的にもならない。」

「大人な人で助かるよ。でも年齢くらいは知りたいな。」

「なんでだ。」

「いや、何となく。こんなに強いのに自分より若かったら腰抜かすかもみたいな?あとサイファーくん全く年齢推測できねえ。」

「…言いたくなったら言う。」

「じゃあ僕、言いたくなって貰えるように頑張るんで。」

「健気だな。若いって素晴らしいねー。」

「もう20後半ですけどね。…いや、まだ20後半か。」

「そうだよ、まだ人生50年以上残ってんだから。」

「グラスさんもまだ50年以上あるでしょうよ。」

「どうだかな」

人の足音が聞こえてきた。この音とリズムは望じゃない、歩幅が大きく体重がしっかりある。この場の3人全員がそう考えた。そして部屋の入口から、いかにも犯罪を犯してそうな男が顔を出した。

「おい、ちゃんと仕事やってんのか?」

「大丈夫ですよー。」

「ご心配なく。」

「……やってます。」

「お前ら見ねえ顔だな、新入りか?名前は?」

「高間進二(たかましんじ)です。」

「イグリス・デミールです。」

「…トーマス・カーミーです。」

「タカマシンジ?日本人か?珍しいな。」

日本を拠点としている犯罪組織ではあるが、所属している者は海外の人間がほとんどだ。なので日本にいるのに日本人だと珍しがられる。他の国より犯罪率が低いので尚更だ。ミューズも日本人として潜入しているが、ここのボスが日本人が好きという情報があったので、ハニートラップを仕掛けるために日本人のフリをしている。

グラスは1番得意な言語が日本語のため、日本人の名前を使うことが多い。顔も日系なので日本人の振りをするのが1番安全だ。

エコーとサイファーは一目見てヨーロッパ系だとわかる。一応いろいろな言葉を話せるようにはしているが、見た目が典型的な白人すぎて、現地育ちとしての潜入はヨーロッパ圏かアメリカか日本くらいだろう。

「そうか、まあどうせ俺はお前らの名前なんてすぐ忘れるけどな。しっかり仕事してねえとぶっ殺すからな、それだけ覚えとけ。」

そう言って男は部屋を出ていった。自分の名前も名乗らずに。

「こんなに殺気を出したのに、全く気付かず行っちゃうなんて、どんだけ雑魚なんだよ。2人もそう思いません?」

「殺気なんて出すな。もし気付く相手だったらどうすんだ。そもそも俺たちが四人体制で潜入するような犯罪組織だぞ、もっと緊張しろ。」

「グラスの言葉は正しい。エコーはこのままだと今回の潜入で死ぬ。拷問されても俺を売るなよ。」

「ごめんごめん、緊張感が足りないのは反省します。すみません。」

「じゃあ俺もそろそろ別のとこで情報漁ってくるわ。ちゃんと警戒しろよ。イグリスくん?」

「分かってますよ。高間さん。僕は大丈夫です。」

「トーマスも、できるだけ殺しはするなってボスからの命令覚えてるか?」

「善処する。」

「まぁいい。信用できる人間なのは知ってるからな。」

そう言いながらグラスは別の部屋へと向かった。

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